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第23話 悪役令嬢、歪み始める(シャーロット視点)

(はぁ……一体何がどうなってるのかしら……)


あの平民の男にお父様からの伝言を伝えた翌日。

授業が終わった私は部屋に戻り、ため息をついていた。

いつもならリサに紅茶を淹れてもらって午後のティータイムを嗜むところだったが今日は用があるからと別行動になった。


あのリサが私から離れるなんてとてもめずらしいことだったから許可したが、一体何のようだったのだろうか。

そしてそれ以上に私は自分の身に起こった変化が既に無視できないほどに大きくなっていることにため息を禁じ得なかった。


(明らかにおかしい……昨日あの男に命令されないとわかったとき私の心は反射的になぜか落胆した……でもそんなのはおかしい。私は公爵令嬢であの男は下賤な平民。命ずる立場は私だというのに……)


こんなことは生まれて初めてだ。

今までは序列こそが全てであり、自分より無能だったり身分の低い者に舐めた態度を取られることが死ぬほど嫌いだった。

家のためもあるが何よりも自分の……私が何者にも縛られず、命じられず、頭も下げずに生きていくために私は血反吐を吐く思いで努力した。


あの男は無能ではないが身分は比べるまでもなく下。

だからこの感覚は何かの間違いなのだ。


「はぁ……お茶でも飲んで一息つこうかしら……自分で淹れるのは久しぶりね……」


私は王妃ファースト・レディとして相応しいようにたくさんの花嫁修業を積んだ。

お茶を淹れるくらいはどうってことない。

私がお茶を淹れるべくお湯を沸かし始めるとコンコン、と扉がノックされた。


(……?リサかしら……?)


私は火を一旦止め、玄関まで歩いていく。

そして扉に魔力を込めると一部が透明になっていく。

これは貴族の部屋に用意された魔道具で扉を一部透けさせてドアの前に誰が立っているかを確認できる防犯用のもの。

もちろん透けたところで向こうからこちらの姿は見えない。


(リサ……とあの平民?)


扉の前に立っていたのはリサだけでなく例の平民の男もいた。

なぜ?という考えが頭を占めるが流石に判断材料が少なすぎていくつか仮定は浮かぶものの何も断定はできない。

リサもいるし、私は仕方なく扉を開けることにした。


「あ、こんにちは。マクスウェル様」


「ふん、なんでアンタがここに来ているのよ。あなたごときの身分で気軽においそれと訪れていい場所じゃないのよ、ここは」


「それは失礼しました。ですが彼女に招待されたもので」


そう言って男はリサを指し示す。

リサは顔を少し赤らめて俯いていた。


「アンタ……!リサに何かしたんじゃないでしょうね!」


「してないですよ。ただ彼女に相談されたのでそれに応えただけですよ」


「相談……ですって……?」


リサがこの男に相談するようなことに何も思い当たらない。

取り敢えず、リサが招待したというのならば死ぬほど嫌でも上げないわけには行かない。

リサも自分の部屋は用意されているものの私の命令で私の部屋に住むように命じているからこそ彼女にも招待する客人をこの部屋に権利はある。


他の貴族たちに私が男を招待しているように思われるのも面白くないからあまり見られたくない。

私はそう判断して男とリサをすぐに部屋に上げた。


「で?一体何の用なわけ?こんなところを見られて不貞を疑われると私はなんとかしてみせるけどアンタは間違いなく処刑よ?」


「ま、待ってください。シャーロットお嬢様……!」


「リサ?」


私が男を問い詰めるとリサが仲裁に入ってくる。

リサは目を少しだけ潤ませて口を開いた。


「少しだけシャーロットお嬢様のお時間をください。そう長くはありませんので……」


「え?ええ……それは別にいいけど……」


「それでは失礼します……!」


リサは少し小さな荷物を持って自分の部屋へと消えていく。

この場には私と男だけが残り沈黙が流れる。

男と同じ空間に二人きりだなんて吐き気がする。


「アンタ、リサに何かあったら命が無くなるだけで済むとは思わないことね」


「私に貴女様と敵対する意志は全くありませんよ」


「ふん、どうかしらね」


この男はなんだか得体が知れない。

何を考えているかわからないし、気味が悪い。


そしてリサが部屋に消えてから5分ほど。

私が静かにお茶を飲んでいると私の後ろでガチャリと扉が開く。


「あ、リサ。来たの……ね……」


私はリサを……いや、リサの格好を見て言葉を失った。

今のリサの格好は犬耳カチューシャに、煽情的に胸元が大きく開いたメイド服、お尻の方には尻尾までついている。

当の本人は今にも泣き出しそうなほど顔を真っ赤にして目を潤ませていた。


「ちょ、ちょっと!あなたどうしてそんな格好を!」


「こ、これは先日何もできなかった私へのお仕置きなのです……だから……止めないでください……」


「と、止めないでって言われても……」


すると男がニヤニヤとした表情を浮かべ、リサに近づいていく。

リサは恥ずかしそうに両足をスリスリと擦らせている。


「この人が貴女が恥ずかしい思いをしたのに自分が普段通りに過ごすのが許せなかったんですって。今日限定でこの人は犬耳メイドになりますので」


「やっぱりアンタのせいじゃない……!」


「提案したのは俺ですが相談されたのは本当のことですよ。俺はただ『主人より恥ずかしい思いをすればいいんじゃないか?』って提案しただけです。尻尾とかも頑張って用意したのでよりペット感が増していますよ」


私はもう一度リサを見る。

リサは確かに一般的に見ればめちゃくちゃ恥ずかしい格好をしているが先日の私も尻尾が無かったとは言え、似たような格好をさせられていたのだ。

そのことに気づいて頬に熱が帯びる。


「羨ましい……」


それは無意識に出ていた言葉だった。

私は慌てて自分の口を抑える。

あまりにも小さい声だったのでリサと男には聞こえていなかったらしい。

だが自分がそれを口にしたと理解するのにそう時間はかからなかった。


(羨ましい?こんなの人間の尊厳すら壊しているというのに羨ましいだなんてそんなことあるはずないわ……!)


「ほら、御主人様と俺に挨拶しなさい」


「わ、わかりました」


「返事はそうじゃないだろう?」


「わ、ワン……」


リサは恥ずかしそうに呟く。

その瞬間、ジュンとお腹の奥の方が熱くなった。

どうしてそこにいるのは私じゃないのか。

命令されるのは私だったはずだ。


(嫌だ嫌だ嫌だ。私だって……リサみたいに……)


めちゃくちゃにしてほしい。

もっと乱暴にしてほしい。

もっと恥ずかしい思いをしてみたい。


リサを見てそんな思いが湧き出てくる。

リサとだったらどんなことでも楽しいはず。

こんな恥ずかしい格好だってリサと……一緒なら……


「私も……」


「……?どうしましたか?マクスウェル様」


男はキョトンと首をかしげる。

そんな反応も一々腹立たしい。

だけどもうこの衝動を抑えられそうになかった。


「私も……猫ちゃんにしなさいよ……!」


その言葉は私をもう二度と後戻りできなくするには十分な一言だった──

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