第22話 モブ、提案する
「エドワード様、少々よろしいでしょうか」
俺が遠い目で去っていくシャーロットを見ていると後ろから突然声をかけられる。
一瞬ビクッとなって後ろを振り返るとシャーロットの従者が立っていた。
その視線は結構厳しい。
「改めまして、シャーロットお嬢様の専属侍従をしておりますリサと申します」
「は、はぁ……俺はエドワードです」
そう言えば確かに名前は聞いていなかったので自己紹介の機会は必要だったかもしれない。
シャーロットに仲の良い従者がいるって話はゲームで出てたけど名前は出てこなかったので教えてもらえるのはありがたい。
だけどなんでこの人はこんなに怒ってるんだ?
「その……なんで怒ってるんですか?」
「なんで怒ってるか、ですか?」
リサの目つきは更に厳しくなる。
まるで親の仇でも見るかのように俺のこと殺すんじゃないかっていう視線だ。
「貴方がシャーロットお嬢様にあんな辱めをしたから……!公爵令嬢たるシャーロットお嬢様に対してあの仕打ちをするなんて死にたいんですか?」
「死にたい人間なんてほんのごく一部だろう。残念ながら俺はそのごく一部には該当しないので生きたい人間だな」
「口のききかたには気をつけてください。これでも私は貴族家の娘です。校則だけでなくこの国の法で裁かれますよ?」
そんなの卑怯だと思う。
だってさっき名前しか名乗らなかったじゃんか。
だから同じ平民なのかなって思ったのに後出しでそんなこと言ってくるなんて卑怯すぎやしないか?
「では言い方を変えます。生きたいです。死にたくありません」
「ではあの仕打ちに対する償いはしていただけますね?」
「償い?何も償うことなどありはしませんよ」
「なっ……!?」
なるほど、コイツもこういうタイプか。
でもまあ、シャーロットにはこれから仲間になってもらいたいなーと思ってるしそのシャーロットと仲の良いコイツと絶交ほどに決裂するのはあまりよろしいことではない。
ということでコイツもシャーロットと同じように更生させるとしますかね。
「逆に何を償えと?」
「ですからシャーロット様にあのような辱めを……!」
「俺は正々堂々決闘を戦いました。そしてあの条件も予め契約書に記載していましたし先生方にも受理されています。貴女の今の行動はマクスウェル様の品位を損なう結果になりかねませんよ」
「くっ……」
俺の言っていることは正論だからこそ彼女に深く刺さる。
そしてリサもそのことは頭のどこかで理解しているのだろう。
自分の怒りが正当性の無いものだということに。
そして巡り巡ってシャーロットに迷惑をかけてしまうことに。
「だったら……だったらどうしろっていうんですか……!シャーロットお嬢様にあのようなことをさせてしまって……!私は何もできなかった……!私は……シャーロットお嬢様の一番の味方でなければならないのに……!」
なんかリサの一人語りが始まったので興味が失せ、俺は後ろを振り返るとラナがゼーハーと肩で大きく息をしながら地面に倒れ込んでいた。
流石に心配になって近づくとラナが飛びかかってくる。
「うわっ!?」
『ギルバートとかいう精霊怖すぎるよ!?何回も死んじゃうと思った!そんな場所に自分の相棒を笑顔で送り出すなんてマスターのバカ!アホ!アンポンタン!』
もうさっきまで半泣きだったのがガチ泣きである。
精霊は人間より遥かに寿命が長いと言われているので間違いなく俺より長生きしているはずだが見た目が幼女なので泣かれるとおまわりさんが来ちゃわないかめちゃくちゃ焦る。
「ご、ごめんって。部屋にラナの好きなチョコレートが置いてあるからそれで許してくれ」
『チョコレートは食べる。でもマスターは許さない』
チョコレートは食うんかい。
でも困ったなぁ……
普通にラナとは一生の相棒になるわけだしこ流石に喧嘩したままだと思うように戦えないからなぁ……
「あ、じゃあクッキーを作るのはどうだ?そのチョコレートを使ったクッキーを焼いてやるよ」
『本当!?』
ラナの目が一気に輝く。
ラナと契約してから一度だけクッキーを作ったことがあったのだが、ラナは大層気に行ったらしく俺とハンクとハルの分まで焼いたのに一人で全て食べきってしまった。
それから俺は訓練や宿題などで時間が無かったのとラナが食べすぎるのでクッキー作りを封印していたのだが今日くらいは解いてもいいかもしれない。
「ああ、本当だ。チョコクッキーは美味いぞ。チョコの味も活かしつつラナの大好きなクッキーが作れるんだからな」
『……ゴクリ』
「でも許してくれないのに大変な思いをして作るのはちょっとなぁ」
『う、うぅ……卑怯者め……!わ、私はそんなクッキーなんかに釣られないから!』
「それじゃあ仕方ないな。クッキーは俺とハンクたちで食べるか」
『え……』
ラナの表情が絶望に変わる。
さっきからラナの表情がコロコロ変わって楽しい。
もう完全に意識がチョコクッキーに持っていかれている。
『う……わ、わかった。マスターのこと許すからチョコクッキーを……』
「ん、了解した。それじゃあ帰ったらチョコクッキーを作るとしよう」
『わーい!やったぁ!』
ラナの機嫌はすっかり直ったらしい。
よかったよかったと思って立ち上がるとめちゃくちゃお冠なリサが立っていた。
そう言えばこの人が話しているのをすっかり忘れていた。
「人が真剣な気持ちで悩んでいるというのにあなたという人は……!」
「ま、待ってください!逆に俺にどうしろって言うんですか!?」
「うるさい!何か解決策を出しなさい!このままでは私がシャーロットお嬢様のおそばから離れてしまうことになるやも……」
言っていることが無茶苦茶である。
だがこの人にシャーロットのそばを離れてもらうわけには行かない。
リサがシャーロットの心の拠り所ならばシャーロットの実力をいかんなく発揮してもらうためにはこの人が必要なのだ。
「とは言っても俺が何を言ってもあなたは怒るのでは……?」
「良い案を出したら怒らないであげます」
それが人に物を頼む態度かい。
まあこの人も貴族って言ってたしこれが当然のことなのかもしれないが。
俺は腕を組んで考え込む。
そして──
(待てよ……?もしかしたらこれをやれば……)
上手く行けばリサの矯正とシャーロットにさらなる屈辱を与えることができるかもしれない。
俺はその様子をつい想像してニヤリと笑みをこぼしてしまう。
『うわぁ……マスターがまたなにか悪い顔してる……』
「ケダモノ……男って本当にいやらしい……!あなたに聞いたのは失敗だったかもしれません」
俺はまだ何も言ってないのにリサはおろかラナにも厳しい言葉をかけられる。
というかラナくらいはせめて俺の味方をしてくれよ。
「そう言わないでくださいよ。ちょうど今名案を思いついたところですから」
そう言って俺は今さっき思いついた名案を話し始める。
そして話すこと約一分。
俺の計画を聞いたリサは怒りにプルプルと体を震わせていた。
いや、これ以上ないくらいの名案だろうに何を怒ってるんだよ。
結局説得に30分以上を要し、リサは渋々と納得することとなった。
その一部始終を見ていたラナはこう言ったという。
『マスターのド変態。女の子の敵。最低』




