第21話 モブ、放課後に呼び出される
放課後、俺は今朝シャーロットに言い渡された約束を果たすべく校舎裏へと向かう。
放課後に美少女から校舎裏に呼び出しなんて普通は心躍る青春イベントのはずなのにどうしてこんなにも嬉しくないんだろう。
気分的にはヤクザに呼び出しをくらった一般生徒の気分だ。
俺が校舎裏に行くと既にそこにはシャーロットと今朝も会った従者がいた。
俺はなんて声をかけるのが正解かわからないが近づいていくと俺の気配に気づいたらしくシャーロットは振り返った。
「遅い。この私を待たせるなんて私のことを舐めてるのかしら?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。文句はホームルームが長引いた担任に言ってください」
「あっそ。わかったわ。じゃあ今すぐ学園にあの担任を解雇するように伝えて……」
「冗談です!冗談ですから解雇は止めて上げてください!」
この人が言うと冗談でもなんでもなく実現してしまうだろう。
ホームルームが多少長引いたのは事実とは言え、それで解雇されてしまうのはあまりにも可哀想過ぎる。
俺が慌てて言うとシャーロットの目つきは更に厳しくなる。
「へぇ……だったら私に虚偽の報告をしたってことかしら?」
「ちょっとした場を和ませるためのジョークですよ」
「残念ながら空気はもっと悪くなったけどね」
おっしゃるとおりです。
身分とか関係なしに遅刻した俺が悪いので取り敢えず頭を下げる。
するとシャーロットは呆れたように一つため息をついた。
「まあいいわ、早速本題に入るわよ」
「そうですよ、今日はどうして俺を呼び出したんですか?マクスウェル様はアレック第一王子殿下の婚約者でしょう?いくら二人きりではないとは言えあまりこうしてコソコソと会うのはあまり良いことでは無いと思うのですが……」
「へぇ……アンタって敬語を使えたのね。それに身の程知らずとは言え私を気遣う言葉も言えるのかしら?」
「いや、それはただ単に俺があなた達の不毛な争いに巻き込まれたくないだけです」
王子の婚約者の浮気相手と疑われるのなんて絶対に嫌だろ、誰だって。
俺だって例に漏れず嫌だわ。
何の後ろ盾もない平民がそんな疑われ方したら真偽がどうあれ文字通り死ぬぞ?
「ふん、別にそんなことはいいわ。それよりアンタを今日ここに呼び出した理由だけど……」
「なんですか?」
「昨日の決闘がお父様に伝わったの。一度私も含めてアンタも王都にある別荘に来るように、って命令が下ったわ」
「は……?」
シャーロットの父ということはマクスウェル公爵その人。
ゲームではシャーロットが闇落ちするダメ押しにもなったマクスウェル家取り潰しの際に最後まで家の為に戦った中ボス。
普通に強敵だったし何よりマクスウェル公爵は心が強すぎる。
家族愛なんてものはなく公爵の行動理念の全てはマクスウェル家のため。
その狂信じみた人間味の無さがマクスウェル家の強さの根源であり、クリミナル王国国内最強貴族の名をほしいままにした。
(ま、負けたシャーロットがお咎めを受けるとかならまだしもなんで俺まで呼び出されなくちゃいけないんだよ……!マクスウェル家王都別荘なんてところに平民を呼び出しちゃいけないだろうが!)
敵の本拠地も本拠地。
いや、敵って決まったわけじゃないけど……
少なくとも好き好んでいく場所じゃないってのは確かだ。
『ねえ、マスター。マクスウェル家ってそんなにやばいの?』
(当たり前だ。シャーロットなんてめちゃくちゃ可愛い方だぞ。性格的な意味で)
『……なるほど、あれで可愛い方なのね』
ラナはうーん、と唸る。
ラナはシャーロットに対して直接性格が悪いなどの類のことを言ったことはないがそれがまだマシだとなると話が変わってくる。
「あ、そうだ。話の途中だけどちょっとアンタの精霊を出しなさい」
「え?ラナを?なぜですか?」
「私の精霊……ギルバートが戦わせろってうるさいの。頭がキンキンするし早く戦わせるわよ」
(って言ってるけどラナどうする?)
『無理無理無理!?あの子の精霊めちゃくちゃ怖いんだもん!二度と戦いたくない!』
「わかりました。出しますね」
『マスター!?』
俺はラナの返答はフル無視しラナを召喚(というか身体から放出)する。
するとラナが俺の前に現れポテッと尻もちをつくとすぐに立ち上がって涙目で俺のほうに近づいてきた。
『ま、マスター!本当に無理!あなたの可愛い可愛い精霊さんが死んじゃう!?』
(大丈夫だ、俺の精霊は強いからな。ということで行って来い。あのときはあんなに楽しそうに戦ってたじゃないか)
『それとこれとは全然話が違うの!』
しかしラナ訴えも悲しきことにシャーロットから一つの小さな光が現れ姿を変えていく。
そして歴戦の老将のような姿になった。
(すっげー!本物のギルバートだ!カッコいい!)
『カッコいい!じゃないよ!?本当にヤバいって!』
『また会ったな小娘……!今度こそ我の力を見せつけてくれる!』
『いやあぁぁぁぁぁ!?』
そして精霊同士の鬼ごっこが始まる。
もちろんラナが逃げ、ギルバートが追いかける側だ。
わちゃわちゃしてはいるがラナだって簡単にやられるほど弱くないし少し話をする間なら大丈夫だろう。
部屋にラナのご機嫌取り用のチョコレートもハンクに頼んで用意してあるのでバッチリだ。
「それで……お父様から命令が下ったことまでは話したわよね。お父様はこれから外交の関係で国内を出ないといけないから『夏休みに入ったら時間を作るように』とのことよ」
平民に対しては『来ていただけますか?』ではなく『必ず来い』でも成り立ってしまう。
だって俺に断る選択肢なんてもはや存在してないし。
「……わかりました。夏休みの際は故郷への帰省の前にお伺いさせていただきます」
「ええ、それでいいわ」
シャーロットは満足そうに頷く。
俺はため息の一つでもつきたくなる気分だったが流石に今はつけない。
一刻も早く帰って現実逃避もとい最悪の場合を想定しての案を考えたかったのでいつ帰っていいものかとシャーロットの顔色を伺っているとシャーロットが視線に気づき顔を少し俯けながら近づいてくる。
「……なによ。また昨日みたいにこの私に惨めで哀れな命令を出すってわけ?」
「え?」
「男の醜い欲望をぶつけられているのにも関わらず私は魔法で逆らえないの……リサも目の前で見てると言うのに……はぁ、はぁ……」
シャーロットの目はトロンとし、頬は上気している。
完全に言ってることもやばすきて俺の頭は?一色になる。
(いやいやいや!?悪役令嬢だろ!?何ちょっと命令されるのを期待してるみたいな発言してるんだよ!)
「お、俺はもう命令なんてしませんよ……?決闘の条件は昨日1日だけでしたから」
「なっ……」
そのことに気づいたのかシャーロットは一気に顔を真っ赤にする。
そして急いで顔を背ける。
「ふ、ふん!今日はこのくらいで勘弁しておいてあげるわ!次はちゃんと覚悟しておくことね!ギルバート!行くわよ!」
一体何を覚悟すればいいのか全くわからなかったがシャーロットはツカツカと歩き去ってしまった。
というかよく見ればシャーロットの首に昨日までなかったチョーカーがついている。
(命令されるのにハマった……とかじゃないだろうな……?)
俺は一抹の不安を覚えながらも、少なくともシャーロットを原作とは全く違う形に導くことには成功しているとポジティブに考えることにしたのだった──