第19話 悪役令嬢、屈辱の先に新しい扉を開く(シャーロット視点)
最初からいけ好かない男だった。
平民のくせに私に臆さず、目を合わせて話をしてくるあの男の生意気な態度が嫌いだった。
平民ならば下賤な畜生らしく下を向いて貴族に媚を売っていればいいのだ。
そう……思っていたのに。
「私と決闘をしましょう」
「は……?」
その言葉は耳を疑うものだった。
決闘とは神聖な貴族の戦いの場。
平民風情が軽々しく決闘しよう、だなんて言っていいわけがない。
私に勝てると思っているその傲慢さと無遠慮な発言に怒りが湧いてくる。
「その生意気な口をきいたこと、一生後悔させてやるわ」
二度と再起できないくらいに蹂躙する。
身の程を分からせてやることも高貴なる者の責任だ。
決して手心は加えない──
◇◆◇
「ふん、逃げなかったのね。泣いて許しを請うたら一生私の家畜として生きていくだけで許してあげたのに意外と勇気はあるのね」
この決闘場に身の程知らずの平民が立つのは何年ぶりなんだろうか。
もしかしたら初めてのことなのかもしれない。
だからこそ平民が二度と貴族に逆らおうだなんて考えられないほどに目の前の男を圧倒する。
それこそが私の役目。
「始め!」
審判役の先生の合図と共に決闘を終わらせるべく霊剣ギルバートを握って振り抜く。
ギルバートも私の意志に呼応して黒雷が発生する。
だが──
(っ!?避けられた……!?初見で私の行動を見切ってる……!?)
だが動揺したのも一瞬のこと。
すぐに心を落ち着けて男と向き合う。
(思ったよりも実力はあるようね……私ほどじゃないけどよく訓練もされている……ただ私に勝てると思ったその思い上がりだけは感心しないわ)
『その通りだ、主よ』
頭の中に老人のような声が響く。
ギルバードが私に語りかけてきていた。
ギルバートは最強の私に相応しい最強の精霊。
雷を司るギルバートの一撃は誰よりも早く、強く、敵を屠る。
私と同じようにギルバートも最強たる矜持を持っていて、剣からギルバートの熱い怒りが入り込んでくるようだ。
(わかってる、ギルバート。この男は弱くはない。でも最強たる私達の敵じゃない)
私は一度仕切り直して攻撃を再開する。
しかし先程以上に攻撃が当たらない。
まるで全て動きを知っているかのようにこの男は私の僅かな動作で技を見抜いてくるのだ。
(私に癖がある……?いや、戦いにおいてたった数回見て癖で見破れるほど私の技は低レベルじゃない。だったらなぜ……)
なんだか目の前の男が気味悪く感じてくる。
まるで人間ではない何かと対峙しているようなそんな違和感。
どれだけ押してもフェイントで釣ろうとしてみてもこの男はのらりくらりと躱していく。
戦いの内容は圧倒的にこっちのほうが圧倒的に押しているはずなのにどうも押しきれない。
その得体の知れなさが私に嫌な予感をもたらしていた。
(ギルバート、『黒雷雨』を使う。準備して)
『なっ……!?こんな小僧どもに使うのか……!?』
(私達がすべきは泥沼の戦いではなく当然で完璧な勝利。そのためなら少しくらい全力を出すことは厭わないわ)
『ぬぅぅ……わかった。すぐに準備しよう』
ギルバートから魔力が放出され、黒雷を纏っていく。
そして頭上にはたくさんの小さな雲が完成する。
頭上と地上からの同時攻撃による回避も防御も不可能な完璧な技……だったはずだった。
なのにも関わらず目の前の男は無傷とは言わないものの防ぎきって見せた。
(何なのよ……!本当に目の前の男は一体何なのよ!)
私の焦りと怒りによって漏れた魔力が黒雷を生み出し剣に纏っていく。
そして目の前の男も同じように部屋の温度が下がったと感じるほどの冷気を剣に纏わせていった。
(これで決める……!勝つのは絶対私達よ……!)
『行くぞ、主よ。私も全力を出す』
ギルバートも私の意志に応えてくれる。
まず間違いなく今から放つのは私の人生の中で最強の一撃。
そう感じるほどに黒雷は大量の魔力を孕んでいた。
私と男の剣がぶつかり合う。
しかし私の最強の黒雷を男の氷は相殺するほどの力を持っていた。
「はぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「私は……!私はぁぁぁ!!!!」
私はシャーロット=マクスウェル。
クリミナル王国最強のマクスウェル家長女の私がこんな家名も持たない下賤な平民に負けて良いはずがない。
最後の力を振り絞って男を押し返そうとしたその瞬間だった。
(うっ……!?)
突然右足に鋭い痛みが走る。
見ると私の足を氷の刃が貫いていた。
「いい勝負だったぜ。最強」
「くっ……!?かはっ……!」
容赦のない勝者の一閃。
痛みに私が倒れ込むと遠くからわずかに審判が男の勝利を告げる。
私はこの結末にただただどうしようもない怒りと現実に呆然とするしかなかった──
◇◆◇
「貴女には今日一日……」
男から言われたことは信じられないことだった。
マクスウェル家の私に人間ですらなく畜生どもになれという。
そんなことがあって良いはずがない。
そんなことが許されるはずがない。
だというのに……
(どうして……!?どうして体が動かないの……!?)
私は自分の意志とは裏腹に自ら男から首輪を受け取って自分の首につけてしまう。
しかもそれだけでは足りず頭に猫耳のついた恥ずかしいカチューシャまで着けさせられてしまった。
(この男……!これが終わったら絶対に殺してやる……!)
ただ怒りしか湧いてこない。
しかもこの男は自分を主人として扱い私にペットになりきれという。
更に辱めはこれでは終わらなかった。
「猫は人の言葉など話さないだろう?ちゃんとやってくれ」
(ね、猫の真似をしろですって……!?そんなの……)
私はちらりと壁の近くに立っている使用人のほうを見る。
彼女の名前はリサ=ニールセンといい私にとって幼い頃からずっと一緒に育ってきた唯一心から信頼できる人物であり友達。
そんなリサに今の自分の姿を見られるのが嫌でたまらなかった。
(いや……リサにこんなところ見られたくない……でも魔法で縛られて……!)
「にゃ、にゃーん……」
言ってしまった。
その事実がなんとか抗おうとしていたシャーロットの最後の理性を粉々にぶち壊した。
ゾクッと今まで味わったこと無いほどの強い感覚が一気に背筋を通り抜ける。
恥ずかしくてたまらないはずなのに体が火照って頬が紅潮する。
(ああ……私……リサにこんな恥ずかしいところ見られちゃってるのに……)
心の中では今すぐ死んでしまいたいくらいの羞恥が襲ってくる。
だが自らの感情はなぜか今までの人生で一番の快楽を覚えている。
今すぐ引きずり下ろしたくて、殺してやりたいと思うほど怒りを覚えていたはずなのに、相手は下賤な平民のはずなのに何かを命令される度に体がゾクッと跳ねる。
人として大切な何かを失ってしまっているのにそれが嬉しくて……気持ちよくてたまらない。
(どうして……どうして私こんなこと……)
もっと罵られたい。
もっと命令されたい。
もっとこの恥ずかしい自分をリサに見てほしい。
理性がしっかりしている自分なら到底信じられないような考えが次々と浮かんできてしまう。
そのまま結局、その日一日中男のペットとして散々辱められ今日という1日を終えたのであった──