第16話 モブ、ストーリー破壊の布石を打つ
『ねえ、本当にやるの?マスター……』
(当たり前だ。俺達が今まで何のために特訓してきたと思ってる)
『そうだけどさぁ……』
貴族たちが多く在籍するフリージア学園本校舎。
そこを歩く俺にラナが心の中で文句を言ってくる。
本校舎はA〜Cまでの上位のクラスがある場所で底辺を更にぶち抜いた底辺中の底辺な貴族以外はほとんどの貴族がこれらのクラスとなっている。
そして上位貴族が推薦した平民も上位クラスに配属されている。
ジェシカは上位貴族であるハミルトン伯爵家に推薦されたのと既に次期光の巫女であることは王国上層部では知らされているので一番上のAクラスに配属されているのだ。
(覚悟を決めろ。出会ったときからやるって教えておいただろうが)
『私は出会ったときから一度も納得なんてしてないんだけど……』
(はいはい)
『適当!?そんな適当にあしらわないでよマスター!』
こいつもなんだかんだ文句を言いつつちゃんと協力してくれることは今までの特訓で理解している。
だったら説得するよりさっさと力を貸さざるを得ない状況に持っていったほうがいい。
俺は黙って目的の場所へと歩く。
貴族たちも上位クラスの平民なんて一々覚えていやしないから下手に目立つこともない。
(あった……あれか……)
俺の視線の先にある教室のプレートには『1-A』という文字。
まさに俺と同い年の上位貴族の中でも実力、勉学共にトップである者だけが入れるこのクラスは雰囲気から既に他のクラスとは一線を画している気がする。
(さて、他クラスの俺が堂々とAクラスに入るわけにはいかないし、かといって貴族に取次をお願いするなんて無理だ。なんとかお目当ての人に会いたいんだけど……)
Aクラスの平民はジェシカだけ。
だからこそ目障りに思った貴族たちからのいじめの標的になったわけだが。
そこを全く考えていなかったことに気づき内心焦り始めるが運は俺に味方した。
「ちょっと、そこどいてくれる?邪魔なのだけれど」
「っ!」
美しいが冷たく全てを引き裂くような声。
俺はこの声に聞き覚えがあった。
そしてその声の持ち主こそ俺が探し求めていた人物。
(は、はは……背中からだってのになんて威圧感だよ……)
俺はゆっくりと後ろを振り返る。
するとそこには腰まで伸ばした艶やかな黒髪を揺らした美少女が俺を睨みつけていた。
黒き双眸は俺を視線で射殺そうとしているんじゃないかと思うほど鋭く冷たい。
「あら?あなた平民じゃない。平民ごときがこの私の行く道を邪魔し、あまつさえ足を止めさせるなんて不遜にも程があるわ。殺されたいのかしら?」
「ご不快に思われたのならば申し訳ございません。貴女様の邪魔をしようなどこのエドワード、全く思っていませんとも」
俺は笑顔を作り頭を下げる。
こんなのは呑まれてしまえばおしまいだ。
周りを圧する威圧感もそうだが、それ以上にこの目の前の人は同じ人間としての底が知れない。
「へぇ……じゃあこの私をシャーロット=マクスウェルだとわかったうえでのこの狼藉ってわけ?私も舐められたものね」
目の前の少女の眼光はより一層鋭くなる。
シャーロット=マクスウェル。
俺たち第1学年フリージア生の圧倒的トップに君臨し、実家であるマクスウェル家はクリミナル王国公爵の地位にあり爵位だけでなく実力も折り紙付き。
まさに、実力と権力と美貌の全てを持った彼女本人もアレック王子の婚約者ともう既にクリミナル王国という氷山の一角に数えられる超重要人物であった。
そしてゲームでは……
(ようやく出会えたな……!悪役令嬢……!)
原作での彼女は完璧すぎるがゆえに孤立し、王子に捨てられる。
そして実家のマクスウェル家もこれに激昂するがそのタイミングで黒魔術に手を染めていたことが発覚し、破滅の道を辿ることとなる。
天涯孤独となった彼女は魔王の手先となり終盤最難関の最強の中ボスとして主人公たちの前に立ちはだかり最後には討たれるという結末を迎えるのであった。
「とんでもございません。私はマクスウェル様を侮ったことなどただの一度もございませぬ」
「薄っぺらい言葉などどうでもいいの。それより汚らしい平民などと同じ空気を吸いたくないし言葉も交わしたくないからさっさと消えてくれる?不愉快極まりないわ」
「それは申し訳ありません」
「はぁ……もういいわ。この時間が無駄でしょうがないもの」
彼女は一つため息をつくと右手で髪を軽く払って歩き出す。
俺は下げた顔が緩むのを抑えるので精一杯だった。
(ふふ……あははははは!!!!!そうだ!あれでこそ悪役令嬢なんだ!実は悪役令嬢だけど性格がよかった、なんて展開は必要ない!悪役令嬢は悪役だからこそ誰よりも輝くんだ!)
攻略対象のときと違って平民だなんだと蔑まれたことが嬉しくてしょうがない。
あれでこそ彼女の本来の姿であり、俺が求めていた姿。
その期待に彼女は最大限応えてくれたのだ。
これを喜ばずして何を喜ぶだろうか。
『だ、大丈夫マスター!?なんか結構ヤバいことになっちゃってるよ!?』
(大丈夫だ。俺は至って冷静でいつも通りで穏やかだ。これを正常と言わずしてなんという)
『え!?いや、でも……え!?ちょ、ちょっと!?マスター本当に大丈夫!?』
もはやラナの言葉は頭に入ってこない。
シャーロットが俺の期待通りであったことが嬉しくてしょうがなかった。
自然と頬が緩んでしまう。
「お待ち下さい、シャーロット様」
俺がそう言うとシャーロットはピタリと足を止める。
そして凄まじいほどの殺気が溢れ出した。
「2度同じことを言わせないでくれる?それにファーストネームで呼ばないで。冗談抜きに殺すわよ?」
「そうですか。ではちょうどいいですね。私と決闘をしましょう」
「は……?」
俺の言葉にシャーロットは更に殺気だてる。
振り返った彼女の表情は美しいながらも、いや、美しいからこそ怖かった。
今の俺には恐怖心なんてものはなく喜びと快楽しかないので全く持って効きやしないが。
「決闘ですよ、決闘。わかるでしょ?」
「貴族と平民の決闘なんて受けるわけないでしょ。一方的に私が排除して終了よ」
この学園には決闘という制度がある。
特殊な部屋で決闘は行われ、どれだけ攻撃しても死なないが、魔法で常にジャッジされており致命傷を負うと負け判定になる。
つまり死なない命がけの本物の戦いというわけである。
この決闘制度は貴族同士の揉め事を家同士の対立という最悪な結末に持っていかないために学生の範疇で解決できるようにと考案されたもの、らしい。
だが貴族と平民だとシャーロットも言うように決闘するまでもなく貴族が気に入らない平民を処罰して終了、ということになるので基本的に貴族と平民では決闘は行われないのだ。
「ふざけたことばかり言わないで。不愉快よ」
「怖いんですか?」
「は?」
俺の言葉に食いついてくる。
もう俺の思った通りの反応しか返ってこなくて嬉しくなってしまう。
俺は最高の笑顔を浮かべて続けた。
「シャーロット様はあまりお耳がよろしくないようなのでもう一度だけ言って差し上げまししょう。俺に……普段からご自身が下等だと馬鹿にする平民に負けるのが怖くて逃げるのですか?」
その瞬間、シャーロットから凄まじいほどの殺気と魔力が溢れ出す。
あまりの重圧に他の生徒の何人かが泡を吹いて気絶していった。
俺にとってはこの程度どこ吹く風程度の生易しいものだが。
今の俺は間違いなくメンタル最強だ。
「それでしたら申し訳ありません。あのマクスウェル家史上最高の令嬢と名高いシャーロット様が腰抜けで貧弱なのは非常に残念ですが仕方ありませんね。怖いのならば」
『ま、マスター!そんなに怒らせちゃダメだって!その人の魔力とんでもないよ!?その中にいる精霊も相当力を持ってる!』
だからどうした。
最強たる彼女に勝つくらいじゃないとストーリーは動かない。
壊れない。
俺の命をかけてでも挑むと決めたからには遅かれ早かれ彼女に挑まなくてはならない。
だが彼女の才能は本物でどれだけ努力しようが差は開く一方なのは明確。
だからこそ早い段階で彼女を叩いて置かなくてはならないのだ。
「上等じゃない。その生意気な口を聞いたこと一生後悔させてやるわ」
「決闘で賭けるものは……シャーロット様が勝ったら私を好きにしていいですよ。一生奴隷でも殺すでもお好きにしてください」
「ええ、それでいいわ」
「私が勝った時はそうですね……決闘の契約書に書いておきますので後で確認しておいてください」
まずは彼女のプライドを完膚なきまでに叩き折る。
それから俺の計画は始動するのだ──