第15話 モブ、精霊と話をする
「ラナ、だな……これからよろしく頼む、ラナ」
『うん♪』
ラナは人懐っこい笑顔を浮かべると俺達を包んでいた光が消えていく。
そして先程と同じ訓練場で俺の前にラナが立っている。
随分長い時間だったようにも思えるがあの光に包まれた空間は精霊と契約者だけが入れるものらしく時間の進み方も違うんだろうな。
『それじゃあ早速契約しよっ!ほらほら、手を出して』
「はいよ」
『それじゃあタッチ!』
俺の手にラナが触れると俺達の右手が光りだす。
そして何かの魔法陣みたいな綺麗な模様の紋章が浮かんできた。
おそらくこれで契約完了ってことなんだろうな。
「できたか、エドワード」
俺が少しぼーっと自分の手に入った紋章を見つめると先生が近づいてくる。
先生の手には少し不思議な色の紙がある。
「はい、多分問題ないと思います」
「能力に関しての報告は後々でいい。今はその手に入った紋章だけ見せてくれ」
「わかりました」
俺が手を出すと先生は紙を俺の手に乗せる。
すると俺の紋章が版画のように紙に写された。
こういう紋章の記録を取っておいて過去に同じような精霊がいたか、とかそういう研究をするためらしい。
「終了だ。一度生徒たちのところへ戻れ」
「はい」
俺がハンクの隣に歩いていくとハンクはニヤニヤと俺を見つめてくる。
その目にはからかいの色が浮かんでいてなんだか居心地が悪い。
「……なんだよ」
「精霊は心を映す鏡って言うもんな。お前ってもしかして……少女趣味とか?」
いきなり失礼だな!?
あまりにもストレートすぎるハンクの言葉に俺は言葉を失う。
『へ〜?マスターって少女趣味だったんだ〜、まあ私は?大人のお姉さんだから該当しないかもだけど?』
「ラナはどう見ても子供だろうが。大人のお姉さんというのは現実を見れていなさすぎだ。もっと自分を客観視したほうがいい」
『結構辛辣なこと言うね!?マスター!?私だってこれからいろんなところ大きくなるもん!』
「精霊は何年経とうが姿は変わらないらしいけどな」
『うぅ……!マスターのいじわる!』
ラナが文句を言ってくるのを俺が聞き流しているとハンクが苦笑いしながら仲裁に入ってくる。
ハルは既にハンクの中に戻ったらしくその姿はない。
「ほら、先生の話も始まるみたいだぜ?」
ハンクが指差した先にはさっきまでずっと静かに書類を見ていた先生が顔を上げ、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。
俺は一度話をやめ、先生の方へと体を向ける。
「みな、ご苦労だった。今日はもうこれで解散とするので各々自分の精霊と対話し、コミュニケーションを取るといい。明日以降は霊剣を用いたカリキュラムも始まるので心しておくように。では解散」
先生の解散宣言にクラスメイトたちは、ワラワラと訓練場を出ていく。
俺とハンクは地べたに座ったままだ。
「さて、そろそろ俺は行くかな」
「おいおい、エドワード。俺達同室だろ?帰るなら一緒に帰ろうぜ」
「いや、俺は少し確認したいことがあるから先に部屋に戻ってていいぞ」
「そうか?じゃあ俺は先に部屋に戻ってるよ」
そう言ってハンクは手を上に上げる。
俺は一つ頷いて立ち上がるとラナのほうに目を向けた。
「行くぞ、ラナ」
『はーい、了解』
そして俺とラナは訓練場を出るのだった──
◇◆◇
俺達が歩いてやってきたのは生徒用に貸し出された完全個室の訓練室。
本来、霊剣と契約したばかりで色々試したいことがある生徒が多いためすぐに満室になるのだがちゃんとこれを見越して先日あらかじめ予約しておいた。
中に入るとまあまあ広いスペースが広がっていた。
「さて、ラナ。まずは君のことを色々と聞かせてもらおうか」
『いいよ。何が聞きたいの?』
「まず一番大事なのは能力だな」
俺はそれを一刻も早く理解して最大限に使いこなせるようにならないといけない。
そうでもしない限り登場人物たちに一生勝てない。
『私の属性は氷だよ。何かを凍らせたり、凍らせたもので攻撃とかができるよ』
「なるほど。氷、ね……」
氷属性の魔法や特技はちゃんと全て把握しているがこれはゲームではない。
だからこそオリジナルの魔法やら特技やらは開発の余地があるし、技とも言えない僅かなことにも使えるかもしれない。
「じゃあ取り敢えず武器化してみてくれるか?」
『わかった。じゃあやるよ』
その瞬間、ラナが光を帯びて姿を変えていく。
そして次の瞬間、ラナは透き通った氷のような美しい剣になった。
スラリと伸びる剣身は光を反射し、キラキラと輝いている。
俺はゆっくりとその剣を引き抜くとハンクが言っていたように体の奥底から力が湧き上がってきた。
「へぇ……これはいい……」
『私たち精霊は武器化してその契約者が私達に触れていたら一々言葉を発しなくても思考を読み取っていろんなことができるようになるよ。必要なのは慣れと信頼関係かな』
「なるほど。じゃあ取り敢えず、振ってみるか」
剣を振ると空気を切るビュッという音と共に氷の刃が空気中から飛び出す。
勝手にアシストしてくれるなんて随分と便利なんだな。
剣先をスッと地面に添わせていくと地面が凍りついていく。
「面白い能力だな。出力はどこまでいけるんだ?」
『少なくとも室内で本気出したら君まで凍っちゃってマスターまで死んじゃうよ?出会って1日も経たずに契約終了なんて嫌なんですけど』
「なら精々俺が死なないように、ラナも頑張るんだな」
『死ぬって……マスターはまだ生徒?ってやつなんでしょ?死ぬような危険なんて無いじゃん』
ラナは剣の姿を解き、元の少女の姿になって首をかしげる。
ハルも精霊は浅い人間関係とかそういう僅かな情報くらいしか得られないって言ってたもんな。
ラナは俺の一生の相棒になるわけだし、最初から伝えておいてもいいかもしれない。
「死ぬつもりは毛ほどもないが残念ながら死ぬ可能性は十分にある」
『なんで?戦場にでも出るつもりなの?』
「いや、戦場を作るつもりなんだ」
『え?言ってる意味が1ミリもわからないんだけど?』
ラナはますますわからないといったような顔をする。
まあ大切な人を巻き込むような大戦争みたいなのは嫌だけど、正直主人公パーティーに挑むだけでも一国を相手にするようなものだ。
向こうの成長スピードは尋常ではなくいずれは魔王にも届きうるほどの力を持つのだから。
「俺達は最強にならないといけない。気に食わない奴らを全員叩きのめし世界をあるべき姿……いや、違うな。俺の理想の世界へと創り変える」
『ま、マスター……言ってることがなんか悪役みたいだよ?ちょっと怖いんだけど……』
「悪役みたい?違うな。俺は世界の運命にとって悪役そのものだ。この世界を縛る運命を全て破壊すると心に誓ったからな」
『ムリムリムリムリ!?!?私そんなのに加担できないよ!?無理です!無理!』
「できるかできないかじゃない。やるかやらないかだ。そしてお前は俺の相棒になり、俺がやると決めた以上最後まで付き合ってもらうぞ」
『………』
ラナは口をポカンと開け、ガーンと絶句する。
だが残念だがこれはもう既に決まったこと。
相棒たるラナには最後までやり遂げてもらわなくてはならない。
『嫌だ嫌だ!私はどっちかと言うと正義のヒロインになりたいのに!』
「いいか、この世界は勝ったほうが正義だ。なら勝てばいい」
『そんな簡単に勝てたら苦労しないしそんな悪役みたいな言葉は聞きたくない!それに負けたらどうするの!?』
「一緒に史上最悪の大罪コンビとして歴史に汚名を残すだけだな」
『最悪すぎるバッドエンドなんですけど!?』
自分が死んだ後の人々の評価なんて正直どうでもよくないか?
死んだら人間そこまでだ。
まあ俺の場合死んでもなぜかこの世界にきて2周目の人生を歩んでいるわけだが俺の場合は相当に特殊ケースだろう。
『け、契約なんてするんじゃなかった〜!!!!!』
完全個室の訓練室にラナの悲痛な叫び声が響いたのだった──
◇◆◇
そして月日は再び流れる。
貴族たちが多く在籍する本校舎、そこの廊下で俺はある人物と対峙していた。
「ということで、決闘。やりましょうよ」
俺の目の前では鋭く黒い双眸が俺を静かに睨みつけている。
ここまでくればもう後戻りはできない。
覚悟しろよ……この世界の攻略対象たち……俺がこの世界を取り巻く運命を破壊してやるその時まで──