第14話 モブ、精霊と契約する
そして月日は流れ、学園のDクラスの教室にて。
「それでは今日は全員に霊剣と契約をしてもらう。霊剣との契約は主人たるお前らが死なない限りは一生の付き合いとなる。張り切ったところで結果は何も変わらないが心してかかるように」
俺達はある日、全員揃った状態で先生に告げられる。
ついにこの日が来たかと俺は机の下で小さく拳を握る。
この日をずっと待っていた。
自分だけの霊剣を手にしこの世界に楔を打ち込むこの日を。
「おいおい、楽しみだなぁ……!エドワード!」
隣の席に座るハンクが身を乗り出しながら俺に話しかけてくる。
ハンクの目はキラキラと輝いていてまるで少年のようだった。
俺は一つため息をついて口を開く。
「はぁ……ちょっとは落ち着けって。先生も言ってたようにそんなにはしゃいだって結果は変わらないぞ?」
「冷めてんなぁ……そうだけどテンション上がるじゃんか。お前にとって霊剣はそんなに特別じゃないってことか?」
「まあこの学園に入るって決まったときからこの日が来るのは知ってたわけだしな」
嘘である。
この男、自分だけの霊剣が欲しすぎて禁断症状が出そうなのを赤羽式活法でなんとか抑えていた。
なんならあわよくばストーリーで出てくる霊剣が出てきたらいいなとか思っちゃってるぐらいの浮かれ具合である。
「ふーん、まあいいや。取り敢えずこれから霊剣とは一生の付き合いになるわけだし、良い奴だといいなぁ」
ハンクは手を頭の上で組み笑う。
そんなことを話していると先生の話も終盤に差し掛かっていた。
「まあこんな浮かれ具合では何を話そうがほとんど頭に入っていないだろう。早速行くとするか」
先生の言葉に教室のいろんなところから歓声が上がる。
俺達は続々と教室を出て自分だけの霊剣に思いを馳せ一歩を踏み出すのであった──
◇◆◇
そしてやってきたのは室内訓練場。
霊剣との契約は狭い場所でできないわけではないが学園がどの生徒に対してどんな霊剣が発現したかをしっかりと記録、管理するために先生の前で1人ずつ契約が行われる。
そんなの非効率的で時間の無駄だろ、とも思うがそれだけ霊剣というのはこの世界において重要なものであり、力を持った存在なので契約の日だけは授業を全てストップさせ1日かけて生徒たちの契約を行うのだ。
「さて、これが魂の石だ。これに触れると精霊が現れ契約完了となるわけだ」
先生の手にはソウルクリスタルと呼ばれる特殊な鉱石がある。
青く美しく光る石で俺も当たり前ではあるが実際に自分の目で見るのは初めてだ。
ゲームしてたときのイメージよりも大きいし綺麗だな。
ちなみに先生がソウルクリスタルを持っていても大丈夫な理由は1人の人間が一生の間に契約できる霊剣は一つだけだからである。
先生はフリージア学園の卒業生って言ってたし既に霊剣を所持しているのだろう。
特殊な布に包めばまだ未契約の人が触れても問題ないらしいが高価な物だし未契約の人がソウルクリスタルの管理に駆り出されることは殆ど無いらしい。
「よし、それじゃあ早速始めるぞ。一番最初に契約したい者はいるか?ちなみに石によって霊剣の個体差はないと言われているのが通説だが一生物だし自分の目で見て決めていいぞ」
しかしあんなにソワソワしていたクラスメイトたちは誰も前に出ない。
いざ目の前にすると手を上げづらいのもあるだろう。
なんだか日本人みたいだなと思いつつ、俺も1番手は嫌なので見守っていると隣のハンクがいきなり手を上げた。
「じゃあはい!俺やります!」
「ハンクか。いいぞ。それじゃあ前に出てこい」
「へへっ、やった」
「いいのか、ハンク。1番手で」
「別に一番でも最後でも大して変わらない気がするしな。じゃ、行ってくるわ」
ハンクは俺にニヤッと笑いかけ堂々と前に出ていく。
先生が頷いたのを確認してハンクはソウルクリスタルに触れた。
その瞬間、まばゆいほどの光がソウルクリスタルから放たれ訓練場内全体を照らした。
「う、うおぉぉぉ!?!?」
ハンクの驚いたような声が聞こえ、そして次の瞬間には光が静まる。
ゆっくりと目を開けると肩や髪に炎を纏った爽やかな青年がハンクの前に立っている。
青年はハンクを見るとニカッと笑った。
『君が俺を呼び出した子かい?』
「え?あ、あぁ……」
『はは!面白い!熱く良いものを持っている!君になら我が力、喜んで貸すとしよう。ほら、手を出して』
「おう……?」
ハンクと青年がグータッチをした瞬間、青年は姿を消した。
おそらくさっきの青年の姿をした精霊はハンクに宿ったのだろう。
これで契約は成功したと言える。
ハンクは先生といくつか話をするとVサインをしながらこちらに戻ってきた。
「へっへー!俺の精霊、契約成功だぜ!」
「やっぱりお前の中にいるのか?」
『ああ、いるとも。俺はこれからハンクといつも一緒さ。よろしくな、ハンク』
「へぇ……俺まで声が聞こえるのか」
確かにゲームでも精霊が契約者以外のキャラと話している描写はあった。
魔力があるトンデモ世界なんだからなんらおかしいことでもないし、一々驚くことでもない。
「ハルバートって言うんだってさ。俺はハルって呼ぶことにした」
「シンプルだが良いあだ名じゃないか?呼びやすくて良いと思うぞ」
その瞬間、目の前にハルが出てくる。
こうして近くで見ると結構デカイ。
普通に強そうだ。
『マスターをよろしく頼むぞ、エドワード殿』
「俺の名前を知ってるのか?」
『基礎情報くらいが限界だが精霊は契約者に宿るといろんなことがわかるようになるんだよ』
「そりゃ便利だな」
一々解説しなくて済むわけか。
ゲームではその辺りサラッと流されてたしまあそういうところは快適設計で安心だ。
「武器になれるのか?」
『もちろんだとも。それが俺達精霊というものだからね』
「俺も気になるな……よし、ハル。一度武器化してくれ」
『お安い御用さ!』
そう言うとハルが光を帯び、姿が変わっていく。
光が収まった時、ハルがいたところには立派な槍が地面に突き刺さっていた。
ハンクが槍を引き抜くと切っ先が小さく爆ぜる。
「これはすごいな……体の奥底から力が湧いてくる……!」
「炎系の魔法は攻撃力や破壊力に長けてるらしいな。契約する精霊は本人の心を写したものって言われてるくらいだが……そんなにお前って暴力的だっけ?」
霊剣とは言うものの武器化したら剣になるとは限らない。
一般的に慈愛の心を持った奴からサポートや回復が得意な精霊が出てくるなど本人の心が霊剣に一番重要な要素と言われている。
もしかしたら攻略対象たちは心の奥底では魔物たちや民たちを蹂躙できる強さを求めていて強い霊剣を手にできるっていうゲームの裏側だったのかもしれない。
今となってはどうでもいい話ではあるが。
「エドワード。前に出てこい」
それからしばらくハルについてハンクと話していると俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
俺が首をかしげるとハンクがトンと軽く肩を叩く。
「おい、お前なんか先生に呼ばれてるぞ?」
「取り敢えず行ってくる。お前はハルと話でもしておけ。霊剣と仲を深めるのは大切なことだからな」
「おう、そうする」
俺はハンクに一言残し、前にいる先生のほうに歩き出す。
先生の前に出ると先生は頷いた。
「次はお前の番だぞ」
「俺ですか?」
「ああ、もうお前が最後だからな」
もうそんなに時間が経っていたのか。
確かに見るとクラスメイトたちはみんな思い思いに精霊たちと話をしたり武器化させたりしている。
まだ契約できていないのは俺だけのようだった。
「じゃあソウルクリスタルに触れて契約するんだな」
「わかりました」
俺は目の前に置かれたソウルクリスタルを見つめる。
この綺麗な石が良くも悪くも俺の人生を左右することになる。
そう思うと緊張やら、楽しみやら、怖さやらが一気に溢れてきた。
俺は一つ大きく息を吐いてゆっくりソウルクリスタルに触れる。
(な、なんだこの感覚は……!?)
自分の何かがソウルクリスタルに吸い込まれているような不思議な感覚になる。
その瞬間、ハンクのときと同じように石はまばゆい光を放った。
眩しいはずなのに眩しくない。
目を閉じることもなく普通に立っていられる。
すると光の奥から小さな影が見えた。
『へぇ……半分諦めてたのに私を呼び出すことができる人間さんがいるなんて思わなかったなぁ』
その姿はだんだんと輪郭がはっきりしていき、少女の姿に成った。
薄い水色の髪を背中くらいまで伸ばした小学校高学年くらいの女の子。
しかしその見た目とは裏腹に確かに人外としか思えない精霊特有の力を感じた。
『あれ……?でも君よく見たら……あー、うんうん。そういうことね』
「俺に何かついてるか?初対面でそんなジロジロ見てこられても困るぞ」
『あはは、ごめんなさい。私の名前はラナ。これからよろしくねっ!ご主人さま!』
これがこれから世界の運命を大きく変えていくことになるエドワードとラナが初めて出会った瞬間だった──