第1話 モブ、転生する
「あぁ……終わっちまったな……」
パソコンのモニターの前で俺はそう呟く。
画面に写っているのはゲームのエンドロール。
声優やらクリエイターやらの名前が流れる画面を俺は虚ろな目で見ていた。
ゲームをクリアし終えた後特有の謎の達成感や虚無感が俺を支配する。
そしてこの作品がいわゆる名作と呼ばれるに相応しい作品だったからこそ余計にその感覚は大きかった。
「ふわぁ……眠い……クリアするまで何時間寝てないんだっけ……」
壁にかかっている時計に目を向けると針はすでに午前の6時を指していた。
今日、というか昨日で週末は終わりでありもうあと1時間後には出社のために家を出なければいけない時間帯だ。
ちゃんと眠るつもりだったのについ熱中してゲームをしてしまった。
エンドロールが終わり再びタイトル画面に戻ったモニターを見つめる。
つい先日発売されたばかりの某有名ゲーム会社が開発した新作乙女ゲーム『マジックロマンス〜平民の私が王子様たちに溺愛されてます!?〜』
乙女ゲームなんて全然普段やらないし男と恋愛して何が楽しいんだ?とも思う。
だが俺はこのゲームを作ったディレクターのファンでありその新作ともなれば乙女ゲーを買ったことが無いと言えど自然に手がこのゲームの購入に向かっていた。
(まぁ……意外と乙女ゲーってのも悪くなかったな。俺が食わず嫌いだったのか、もしくはやっぱりあの人が手掛けたからよかったのか……)
個人的には後者なんじゃないかなと思う。
シナリオも良かったし何よりもバトルシステムや難易度調整が秀逸だった。
自由な戦略性と育成理論、使いこなせればどっぷりと浸かってしまうコンボ。
正直恋愛要素を全く抜きにしたRPGとして売り出しても売れるんじゃないかと思う。
このゲームにはノーマル、ハード、ベリーハードと難易度があるわけだがそのうちのベリーハードはその名に恥じず相当しんどかった。
戦闘中のキャラの死はそのままの意味の死であり永遠に復活することはない。
神に祈るくせに金を払わないと復活させてくれない悪徳教会や食えば生き返る最強の葉っぱも無い。
攻略対象の男や仲間たちが死んで二度と復活しないのは恋愛が本来の目的である乙女ゲーにおいてどうかと思うが、この一手でも間違えられないヒリヒリとした緊張感の中自身の考える戦略でクリアしていく快感はゲーマーにとって何物にも変えられないほどのものだった。
「……出社する前にもう一周するか」
1時間もできないとはいえ多少はストーリーを進められる。
今から寝ると逆に起きられなくなるので寝ないほうがいい。
依存症のような思考をしているな、と自分でも思いつつ再びベリーハードを選択してセーブデータを作った。
そしてオープニングの映像をスキップしつつ早送りで話を進める。
30分くらい進めたあと俺はセーブしてパソコンの画面を消しスーツに着替え始める。
(遅刻するわけにはいかないしちゃっちゃと準備して行くか……)
洗濯されたワイシャツに袖を通しネクタイも締める。
仕事に行く前のこの準備の時間が一番嫌だった。
ずっとゲームだけして生きていきたいが親に迷惑はかけたくないと一応仕事はちゃんとやっている。
「戸締まりよし、ガスよし。さて行くかぁ……っ!?」
急に視界がぐわんとねじ曲がる。
体の感覚が無くなっていき立っているのかすらわからない。
まぶたが急速に重くなっていき目を開けていられない。
息も苦しいし体も動かない。
(ヤバい……これ死ぬ……まだ30行ってないのにもう死ぬのか……?まだまだプレイしたことない名作もたくさんあるのに……!)
そこで俺の意識は暗闇に沈んでいった──
◇◆◇
(……あれ?ここは……どこだ?)
目が覚めるとそこは知らない場所だった。
頭にモヤがかかったようにぼんやりとしている。
だがこうして目が覚めたというか助かったのだろう。
そもそも俺はどうして倒れたのかさえわからず死ぬのは嫌だった。
(ここどこ病院だ?はぁ……上司になんて言われるかなぁ……)
体を起こして周りを確認しようとするとなぜか体が動かない。
それどころか首も動かないせいで本当に天井しか見えない。
え……?俺全身不随になったの……?
多少健康に悪い生活をしていたとはいえまさか全身不随にまでなるとは思ってなかった。
せいぜい入院一週間くらいだと思ってたのに。
「あら、今日は随分大人しいのね。エド」
江戸?
今は東京ですけど?
いつの間に江戸時代になったんですか?
「ふふっ、ポカンとしちゃって。ママですよ〜」
そう言って先程の声の主が俺を覗き込んでくる。
20代前半といった顔をしているその女性は髪は黒いものの西洋風の顔立ちをした美女だった。
今どきはナースさんがコスプレをして赤ちゃんプレイまでしてくれるのか。
すごいサービスだとは思うが俺は頼んでないしそういう趣味でもない。
「あぅ……」
(っ!?声がでない!?それに今の声は……)
結構ですと丁重にお断りしようとすると自分でも予想外の声が出た。
声変わりが終わった成人男性の声なんかではなく呂律も全然回らない高い声だったのだ。
これがどういう状況かはわからないがこの声が自分の声ではないことだけはわかる。
「あぅ……だぁ……」
「ふふっ、本当に元気な子ね。ほら抱っこしましょうね」
(っ!?)
女性はいとも簡単に俺のことを持ち上げ抱っこする。
体重も60キロ以上あるはずなのにどうしてこんなに簡単に持ち上げられるんだ!?
全然筋肉質なわけでもないし身長も高くないのに。
しかし一瞬視界の隅に俺の手が入り込む。
その手はなぜかめちゃくちゃ小さくいわゆる赤ちゃんの手だった。
(いや……いやいやいや!?そんなバカな!?)
しかし声が出ない、体が動かない、この女性に簡単に抱っこされていると三拍子揃った上に極めつけは後ろにある全身鏡。
そこには先程の女性が赤ちゃんを抱っこする姿が写っていた。
ここまで証拠を揃えられてしまえばもう逃れることはできない。
そんなことはフィクションの世界だけの話で全く信じていなかったはずなのにこれは認めざるを得ないようだ。
(俺……結局死んでるじゃねえか!)