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『僕で童貞を捨てたくせに』と言いたいサキュバスと、そのサキュバスと結婚したいが為に魔族との和平を実現した勇者の話

作者: 脱出

 世界観は中世ファンタジーでよろしくお願いします。

 タイトル通りの内容です。直接的な表現はないですが、そういう表現も多いので、苦手な方はご注意ください。


 

 魔王軍。

 1000年以上の間、人類を脅かし続ける脅威の軍勢。

彼らが滅ぼされず今なお人類の脅威として存在しているのには理由があった。


「今回も予言があった。予言の種類は『勇者の目覚め』。危険度はCといったところか」


 背丈は10メートル(※この世界はメートル法を採用しています)もある巨漢。背中には雄々しい翼。頭部には禍々しい角。魔王軍の長。【魔王エポカリプスカイザー】。通称カイザー。

 彼には予言といって、自分たちを脅かす存在の発生を予知する能力があった。特に勇者と呼ばれる存在が生まれることを人類側より先に知ることが出来た。

 その存在が本当の脅威になる前に先んじて潰す。

 魔王軍が滅ぼされず健在な理由である。


「しかし現在は王国軍の処理で四天王は動かせない……。いや、この予言は……なるほど。おもしろい」


 カイザーは邪悪な笑みを浮かべ、一人の部下を呼び出す。

 

「お呼びでしょうか。魔王様」


 カイザーは自分で呼び出しておいて、思わず息をのんだ。

 呼び出したのはサキュバス。名前は【フィビラ】。

 すらりとした体躯に豊満な胸。黒いドレスは露出面積が広く、褐色の肌が露わになっている。真っ白で腰まで延ばした髪。左目は前髪に覆われ見えないが、右目は蠱惑的に赤く輝いている。

 白髪目隠れ高身長褐色サキュバス。 ちなみにボクっ子でもある。

 カイザーも思わず『人間に生まれて搾り取られたかったぁ』と思うレベル。


「フィビラよ。新しい勇者の発生の予言があった。お前にはその勇者の対処をお願いしたい」


「……お言葉ですが魔王様。僕は戦闘力が高くはありません。勇者の対処は難しいかと思います」


「安心しろ。勇者は殺さなくて良い。お前に命じるのは――勇者の童貞を奪ってほしい」


「……ハァ???」


 フィビラは「何言ってんだこのおっさん」と言わんばかりの蔑みの目をカイザーに向けた。カイザーは思わず「無様に敗北したい」という欲求を抱いたが今は置いておくことにした。


「まぁ聞け、フィビラよ。予言の内容について詳しく説明しよう」


 カイザーが指を鳴らすと、空中に映像が浮かぶ。その映像には10代後半らしい人間の男が映っていた。両手をすりあわせて何か一心に祈っている。彼はカジノにいるようで、目の前にはルーレットがあった。


「この男が予言の対象だ。名前は【ヤスオ・ネーカ】。人間族の男で年齢は25歳。無職だ」


「……予言の内容は勇者の誕生なのでしょう? この男が勇者になりうる人物だとは思えませんが」


「勇者とは戦闘力が高い者を指すわけではない。この男、ヤスオはいずれ【人類の希望】となりうる男だという予言が出た。今は人類側も国同士で分裂している。その中でヤスオは腕力ではなく話術とカリスマで人類を統一する人物になりうるのだ」


「この男がですか……」


 映像の中のヤスオはギャンブルに負けて膝から崩れ落ちている。とてもそんな大層な人間には見えなかった。

 しかし予言が言うのならばその通りなのだろうとフィビラは気を引き締める。

 予言が外れたことはない。

 ヤスオは必ず魔王軍の脅威となる。


「では脅威となる前に始末しなくては」


「まぁ落ち着け。ここで最初の話に戻る。お前にはヤスオと接触し関係を持って欲しい。そして童貞を奪うのだ。なに、コイツは年上キャラが大好物らしくて、お前なら難なく落とせるだろう。

 『俺は年上のお姉さんに童貞を捧げるために生きている。『いつの間にか年上キャラの年齢を追い越してしまった』とか日和るそこら辺の雑魚とは覚悟が違う。何歳になっても、その夢を諦めない覚悟がある』とヤスオが酒場で豪語していたという証言もある」


「救いようがないですね」


「可哀想なことを言ってやるな。とにかく童貞を奪うのだ。その後お前は身を潜めろ。時が経てばヤスオは頭角を現し、指導者として人類をまとめ上げる。人類の希望となるのだ。いずれ対魔王軍の旗印ともなるだろう。そのときこそお前の出番だ」


 カイザーは邪悪な笑みを浮かべた。


「演説の場、王様の前。どこでも良い。ご立派な演説をしている場にお前は現れるのだ。多くの人間が見るヤスオの側で言ってやるのさ! 『僕で童貞を捨てたくせに』となぁ!!」


 ひゃーはっはっはっは!とカイザーは笑い、自分の作戦の説明を続ける。


「人類の希望となった男がその実! 一時の欲望に身を委ねて悪魔と交わったというスキャンダルは人類に大きな打撃を与えるだろう! 大きな混乱が巻き起こり、まとまっていた人類は分裂する! 人類に大きな隙ができて、その隙をわれわれ魔王軍がつく!!

 更にヤスオの件は人類史に残る汚点となるだろう! 彼を持ち上げた国や王にもダメージが入る! くっくっくっく! 想像しただけで笑いが止まらんなぁ!」


 カイザーの望みは人類をただ滅ぼすだけではなかった。人類側の尊厳もメタメタに叩き折り、人類史を鼻で笑い、徹底的に人類を馬鹿にして、その上で滅ぼしたいというカス極まりない欲望があった。

 カイザーの作戦を聞いたフィビラは


「なるほど。かなりイイですね、その作戦」


 邪悪な笑みを浮かべた。

 彼女もカイザーと同様の欲望を持っていた。どれだけ屈強な戦士でも、崇高な理想を持った騎士でも、彼女の前には無様に敗北する。『無様に懇願する様を見て、自分はクスクス笑いながら焦らす時こそ一番脳汁が出る』と、彼女はよく語っていた。救いようがない。


「では早速、コイツの元へと行ってきます」


「おう頼むぞ! これで魔王軍の未来は安泰だぁぁ!!」


 わっはっはっはと笑い合った後、フィビラはヤスオの元へと向かった。



◇◇◇◇

 勇者になりうる男ヤスオ。

 彼の元へと行くのは驚くほど簡単だった。

 そもそもサキュバス召喚の黒魔術を行っていたからだ。

 本当に勇者になるんかコイツ、とフィビラは思った。

 召喚魔術に応じてフィビラは現れれば良かった。呼び出されたのはヤスオの自室らしく、部屋の中は綺麗に整頓されていた。

 目の前にいる男、ヤスオを見る。全体的に薄汚れている印象を受ける男だった。ほつれが目立つ衣服。もじゃもじゃな髪の毛。無造作に伸びたひげ。しかし目だけは異様な生気に満ちあふれ、らんらんと輝いている。道行く人に犯罪者予備軍と警戒されても仕方がない、そんな不気味な雰囲気を醸し出している男だと、フィビラは思った。

 

(とにかく早く仕事を済ませよう)


 フィビラは挨拶をしようと口を開く。


「僕の名はフィビラ。サキュバス。召喚に応じた以上、アナタに極上の快楽を与えよう」


 とお辞儀をすると、次に絶叫が聞こえた。


「おっしゃああああああああ!」


 ヤスオが叫んだのである。

 地獄の蓋を開いたような叫び声だった。

 ヤスオはすぐにフィビラに向かって言う。


「召喚に応じてくれてありがとうございます! じゃあ、さっそくベットインといこうぜ!」


 あまりにも高いテンションにフィビラはちょっと引いた。


「ええ、まぁ。良いけど……少しは警戒とかしないの?」


「するわけないだろう! 呼び出しておいてそんな失礼な態度は取れない! 俺はね! そういう所はしっかりとしているので! 意外と倫理観は高い男だと自負しているんだ!」


(倫理観高い奴は淫魔を召喚しないだろ……)


 フィビラの方が警戒してしまった。


(まぁイイか。さっそく仕事をしよう)


「じゃあ、早速やりましょうか。何か要望とかある?」


「俺のことは『少年』呼びでお願いしますッ!」


「……少年って呼べる年齢じゃなくない?」


「ちっちっち。『男は幾つになっても少年だ』という言葉があるんだよ……な?」


「な? と言われても。まぁ、良いけどさ」


 フィビラはヤスオの手を取る。

 思っていたよりゴツゴツとした手だった。

 そのままベッドに行く。

 ―――――――

 ―――――――


 事は終わった。

 あまりにも簡単な仕事だったとフィビラは思った。

 ベッドに横たわるヤスオは心安らかな顔で満足げなので良しとしよう、とも思った。


 フィビラは直ぐにドレスに着替えて帰る準備をした。


「料金は召喚時に供物としてもらった魔石で足りたので、これで帰るね」


 するとヤスオはベッドから跳ね上がった。

 思わずフィビラはびくっと身構えた。


「待ってくれ! 帰る前に話をさせてくれ!」


「……はぁ、何?」


「惚れました。俺と結婚してください」


 ひゅぅと風の音がした。

 自分が息をのんだ音だと、フィビラは気づいた。


「…………はい?」


「フィビラさん。俺と結婚してくれ。俺は無職で金もなく、正直この先も大して努力する気も環境を改善する気もない。出来る限り楽して生きていきたいので、ギャンブル出たい金を得ようと考えている。そんな俺ですがアナタと結婚したい気持ちは本物だ」


 ヤスオの表情は真剣そのものだった。

 フィビラは死の危機を全身で感じ取っていた。


「…………待て待て待て待て。落ち着いて」


「落ち着いた」


「え、コワ……。意味が分からないよ、何? 初めてだから舞い上がって勘違いしちゃった? 一時の気の迷いだよ?」


 と言うとヤスオは考えるように目をつぶる。

 そして次に目を開けて言った。


「確かに一時の気の迷いかもしれない。明日にはアンタのこともどうでも良いと思っている可能性も否定できないな。でも、今この気持ちは本物だから」

  ヤスオの表情は真剣そのものだった。

 

 (なにコイツ……。本当に人間か?)

 

 怖くなったので適当に煙に巻いて退散しよう、すぐに。


「あー。その。アレだよ。悪魔と人は結婚できないよ。というか魔族と人はね。長年争っている敵同士だから」


「なら俺がその戦いを終わらせよう。俺が生きやすいように社会の方を変えるぜ!」


(なんでコイツまだ捕まっていないんだ……! 過去に法を犯しているって!)


「あ……ああそう。本当にそれができたら考えてもイイかなっ!」


 フィビラは捨て台詞を残してテレポートの魔術を発動した。

 テレポート先は随分と離れた平原。

 テレポートが終わった後、フィビラは大きく溜息をつく。


「……なんだかどっと疲れた……」


 いつもの仕事の何倍も疲れた。暫くは休みたい気分だ。

 空に浮かぶ満月を見てつぶやく。


「流石に今回の予言は外れだろうな。あんなのが人類の希望となるわけがない……。まぁ暫く身を隠せっていわれたし、ゆっくりしよう」



 フィビラは暫く仕事を離れバカンスすることにした。ありとあらゆるニュースを遮断し、身を休めていた。

 そして10年後。

 突如として魔王に呼ばれ魔王城にやってきたフィビラは、この10年間に世界の情勢が大きく変わったことを知る。

 人間の王国が発行している新聞を見て目を見開く。

 大きな見出しで、こう書かれていた。


『人類と魔族。恒久的な平和条約の締結』


 挿絵には魔王とヤスオが握手している様子が描かれていた。



◇◇◇◇

 再び魔王城。10年ぶりに出会った魔王カイザーは昔と姿は変わらないが、どこか表情は爽やかなになっている印象をフィビラはいだいた。


「久しいな、フィビラよ」


「こちらこそ久しぶりです。で、魔王様。要件は?」


「ブラザーがお前を探していてな。おっと、ブラザーとは勇者ヤスオのことな」


(とても仲良くなっている……!)


 フィビラは状況を飲み込めずにいた。


「ど、どうしてです? 魔王様。いや10年の間、情勢に関わっていなかった僕が言うのも何ですけど! どうしてこんな事態に?」


 魔王城に来て愕然とした。まず普通に人間がいて、しかも魔族と一緒に働いている。「俺たちズッ友だもんな~」と魔王軍四天王と王国騎士団団長が肩を組んでいる光景は、たちの悪い冗談にしか見えなかった。

 カイザーは穏やかに微笑む。


「気にするな。姿を隠せと命じたのは私だからな……。簡単に言うと、我々は人類と和平を結んだ。もう戦うことはない」


「ど、どうして……。まさか洗脳されています?」


「いや、それはない。私たち魔族の個体としての能力は人類を凌ぐ。洗脳など効く訳がない。特にブラザー……ヤスオは何の力も持たない。非力な男だ。この前の飲み会では『今年で8歳になる姪っ子に腕相撲で負けた』と笑っていたよ」


「そ、それは弱すぎ……じゃなくて! では尚更どうして人類と和平など……!」


「簡単だ。我々はヤスオに負けたのだよ。ヤスオは身一つで魔王城に乗り込み、魔族一体一体と対話をしていった。そして一体、また一体と武器を捨てていった。敵ながら見事だったと言わざるを得ない……もう敵じゃないがね」


「そ、そんな……」


「彼は不思議な男だ。正直言ってマトモな男ではない。罪を犯していないのが不思議なくらいなクズだった」


(それは正直分かる)


 ヤスオの異様な雰囲気を思い出し、フィビラは頷いた。


「だが彼と話していると……不思議と……自分の中にあった嫌悪感や憎しみというのが消えてしまうのが分かった。『彼のようなクズが生きているのなら、自分たちのような存在でもこの世界に生きていて良い』と思えた。存在を許された気分になったのだ……分かっている!」


 フィビラが抗議するよう口を開きかけたが、カイザーが遮った。

 カイザーはまた穏やかな口調に、少し弱々しい口調になって続ける。


「分かっているとも。『許された』など、われわれが最も唾棄する考えだったな……。人類側(やつら)の『自分たちが許す側』だと言わんばかりの態度を否定するために戦ってきたというのに……。

 だが、気分が良くなってしまったのは否定できない。その時点で私も戦う意思をなくしてしまった」


 カイザーの表情は複雑だった。

悔しそうで、悲しそうで、嬉しそうだった。

 ただ同時に安堵もしているようにも見えた。

 魔王のそんな表情を見て、フィビラも何も言えなくなった。

 もう魔王は戦えない。彼と同じように他の魔族も同じだろう。


(ああ……。僕たちは負けたのか……)


 と不思議なくらいに穏やかに、フィビラも敗北を受け入れた。


「分かりました。魔王様達が良いのなら、僕も言うことはありません」


「そうか……」


「ええ。ヤスオの評価を改めないといけませんね。勇者の器ではないと思っていましたが、大した奴ですね」


「ああ。ブラザーはなかなかの人物だ」


「……そういえば僕を呼び出した要件というのは、ヤスオが僕を探していたんでしたっけ?」


「そうだ。ブラザーがお前と結婚したいそうでな」


「え……」


 言っている意味がなかなか飲み込めなかった。

 しかし次第に、10年前のことを思い出す。


(そ、そういえば……言っていた……)


「ブラザー曰く『世界平和を成し遂げた勇者のプロポーズ。これは勝ち確』だそうだ」


「自分で言っちゃうんですね……」


(評価を撤回しよう。やっぱりヤバい奴だった……)


 フィビラは溜息をついた。



◇◇◇◇

「フィビラさん! 久しぶりだなっ!」


「……どーも」


 魔王城の応接間に通され、そこでヤスオは待っていた。

 髪の毛は整えられ髭も剃っている。衣服もきっちりとしたもので、身だしなみは及第点といったところだった。

 しかし、なぜか昔と印象が変わらないのが不思議だとフィビラは思った。


「俺のことを覚えているか? ヤスオだ。自分で言うのもなんだが、世界を救った勇者でもある……いや、自分で言うのも恥ずかしいんだが世界を救っているんだ……俺」


「本当に自分で言わない方がいいよ……」


 椅子に座り、お互い向かい合う。

 フィビラの方から口を開く。


「で、何? 僕と結婚したいんだっけ……」


「ああ! そのために世界を救ったからな! 魔族と人間が和平を結び、魔族と人間が結婚するのもおかしいことではなくなった!」


「本当に実現させたからすごいよ」


「ああ。頑張った。で、返事は?」


 ギランとした目で見てくる。

 フィビラは少し考えてから言った。


「なんで僕なわけ? 世界を救った勇者なら婚約者にも困らないでしょう?」


 ヤスオは頷いた。


「ああ。正直困っていない。現時点で10人以上から求婚されている。王国の姫からもだ。しかもハーレムも許可されている」


「ふーん」


「しかしな。俺としては、ハーレムは止めておきたいんだ。嫌な気分になると思うんだよね」


「まぁ確かに。やっぱり自分一人を大事にしてほしいと……」


「嫌な気分になると思うんだよね、俺が」


「アンタがかよ」


「そう、俺が。どうしても女の子に順位をつけちゃうだろうし、そういうとき罪悪感を抱いてしまうだろうな、俺は優しいから」


 やっぱりコイツ歪んでいるな、とフィビラは思った。

 ヤスオは真剣な表情で話を続ける。


「第一、俺はアナタと結婚したいがために頑張ったんだぜ? それを諦めて他の女に手を出すなんて妥協だろ」


「言っていることはカスだけど、まぁ分かるよ……少なくとも気持ちは伝わった」


「本当か?」


「でも悪いけど断るよ。タイプじゃないし」


 とフィビラはヤスオの求婚を断ることにした。

 さて、どうなるか? とヤスオの反応を伺う。

 

「…………あ~、そっか~。マジか……でも仕方ねぇな」


 と残念そうに、フィビラの拒絶を受け入れていた。


「意外だ。無理矢理、僕をモノにしようとするんだと思ったのに。アナタならできるだろ?」


「ん。ああ。確かに俺には色んな手段がある。王国騎士団の指揮権も与えられているし、王宮魔術師の部下も何人もいるから、アナタを無理矢理従わせる方法なんて幾らでもある」


「だろうね」


「でも、俺はそれをしない。これでも俺は倫理観が高いからな」


「自分で言っちゃうんだ……」


「受け入れるかどうかの選択権はアナタにあるわけで、俺は俺を選んでくれるようできるだけ頑張るしかないんだよな~」


「それなら僕に選ばれるように、もう少し工夫しなよ。クズな面を抑えるとかさ」


「ちょっと難しいな」


「なんで?」


「俺は出来る限り俺のままで欲しいものを望みたいわけ。最終的に手に入れなくてもさぁ、好きに色々と欲しがりたいのよ。ぶっちゃけ言うと自分を変える努力とかしたくない」


 ヤスオはヘラヘラとしている。

 ただ嘘は言っていないようだった。


(……ふぅん。魔王様が負けたのもなんとなく分かる気がしたな。戦う気も起きない」


 フィビラは椅子から立つ。


「前言撤回。君の提案を考えるとするよ。少し時間をもらえる?」


 ヤスオは嬉しそうに笑った。


「マジか。ありがとうな!! 返事を待っているぜ!!」


「あんまり期待しないでよ」


 とフィビラも少しだけ笑った。



◇◇◇◇

 フィビラは自室で一人、考えていた。

 もちろんヤスオのプロポーズを受けるかどうかである。

 身だしなみは改善したし、正直言って顔立ちは好みの方ではある。

 ただし恋愛感情は今のところない。

 ただ、彼の考え方は面白くて興味もわいた。

 

(そうか。僕が選んで良いのか……)


 別に今までだって、多くの選択肢があり、自分で選んできた。

 他人に許可され、選択を許されるほど腹立たしいこともない。


(ただ……)


 ヤスオの顔を想像してみる。

 別にタイプじゃないけれど、好きではないけれど。

 簡単に切り捨てるのも惜しい気がした。

 自分のために世界を変える。そんな人間はなかなかいない――。

 

(そうだな。他の誰かの手に渡すのは――少し悔しい)

 

 フィビラは部屋から出る。

 魔王にヤスオの居場所を聞き、テレポートする。



◇◇◇◇

 人間の王国。その城。

 王の間にて。

 ヤスオは姫に求婚されていた。姫は後ろに兵士と王様を従え、「絶対にNO」と言わせない雰囲気を作っている。

 ヤスオはなんとか逃げだそうとするが兵士に囲まれて叶わない。

 姫は真剣な表情を浮かべてヤスオに迫る。


「ヤスオ殿。『心に決めた方がいる』と私の求婚を拒んでいましたが! とうとう、その方は現れませんでしたねっ! 私と結婚してもらいますよ!!」


「ま、まってくれ! 姫! もう少し待ってくれ! あとちょっとなんだ! もう少しで良い感じになれそうなので、三年くらい待ってくれ!」


「いいえ! 待ちません! 正直言ってヤスオ殿は私の好みではありませんが、世界を救った英雄の伴侶は、私がこの国の王となるための武器となりますっ! 結婚後はアナタの自由にさせてあげますので! 私の踏み台――じゃなかった伴侶に!」


 姫は援護を求めるように王様を見る。王は深々と頷いた。


「わしは正直、この娘の結婚相手は誰でも良いぞ。とにかく早く孫の顔を見たいのじゃ。子供たちはみんな野心家ばかりでウンザリしているんじゃ。無垢な孫をかわいがりたいのじゃ。三等親バンザイ」


 ヤスオは悲痛な悲鳴を上げる。

 そんな様子をフィビラは城の窓の縁に座り、呆れて眺めていた。


(なんだこの国は。自分勝手な奴ばっかり……)


 情けそうに泣きそうなヤスオを見る。

 端から見れば大した人間に見えないし、実際そうだろう。

 でも世界を救った英雄で、その英雄は自分と結婚するために世界まで変えてしまったのだ。

 ますます惜しい。


 フィビラは再びテレポートをして、ヤスオの直ぐ真横にたった。

 兵士達がざわつく。姫も王様も目を見開く。

 フィビラは思わずおかしくなって笑ってしまう。

 何より、口をあんぐり開けたヤスオの顔がおかしかった。


「ご機嫌麗しゅう、人間のみなさん。僕の名前はフィビラ。種族はサキュバス。そして――」


 隣にいるヤスオの腕に自分の腕を絡ませる。


「勇者ヤスオは僕のモノなので、手出し無用でお願いします」


 べぇと舌を出す。

 呆然とした姫達を尻目に、二人はテレポートをした。



◇◇◇◇

 二人は誰もいない平原へとテレポートする。

 フィビラは腕を放してヤスオに向き合う。

 ヤスオはまだ驚きが隠せていないようだった。しかし徐々に目がらんらんと輝いていく。


「ま、マジか……! フィビラさんッ! 俺と結婚してくれるのか!!?」


 喜ぶヤスオ。

 そんな彼にフィビラは近づく。

 意外と彼は背が高いな、とフィビラは気づいた。

 上目遣いで彼を見て、自分の指を彼の口に当てる。

 そして、言った。


「それは、まだ、保留」


「……………えええええ!」


 ヤスオは叫んだ。

 そんな彼の様子がおかしくてフィビラは笑った。


「考える時間をもらうって言ったでしょう。僕に選択肢があるんだし、取りあえず仮予約ということで」


 相手は世界を救った英雄だ。

 そんな男を自由に手玉に取れる。これほど愉快なこともないだろう。

 ヤスオはガックリとうなだれていたが、直ぐに持ち直す。


「よし、一歩前進だな。俺を選んでくれるよう、これからも祈るぜ」


「どうだろうね~。悪魔と人間だと寿命も全然違うから、僕と違って君はすぐ死んじゃうから、生涯の伴侶としては微妙なんだよな~」


「いやいや。フィビラさんの為なら俺は不老不死になる『程度』抵抗ないぞ。金と権力は腐るほどあるし、さっそく長寿化の研究を進めさせよう」


「…………ふーん」


 彼は出来る限り自分を変えたくないと言った。

 そして不老不死、自分が化け物になることは大した問題はないということなのか。


(…………いや、待て待て待て。ちょっと、ときめいていないか。僕?)


 そうだ。別に好きじゃない。ただ手放すのが少し、本当に少し惜しかっただけ。

 自分のために世界を変えたからなんだ。別に頼んでいない。

 

(うん。手元に置いておいても良いけれど、別に好きじゃない。世界を救った英雄を手玉にとる。そんな面白い状況を手放すのが惜しかっただけ。うん、本当にそれ)


「あんまり調子に乗らないでよね。僕の方が上なんだから……。だって……」


 呼吸を整える。

 まずは自分が優位に立つべきだと、フィビラは作戦をたてた。

 ついに『あの台詞』を言うべきだ。

 ヤスオが逆らえないように言ってやるのだ。


 再び近づく。

 彼の胸元に手を置く。

 心音がうるさい。

 

 顔を上げてフィビラは言った。

 

「ぼ、僕で童貞捨てたくせに……」


 台詞をかんでしまった。

 思っていたより言ってみたら恥ずかしい台詞だったからだ、とフィビラは納得した。


ありがとうございました。

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