屍の星
その星は宇宙から見ても実に奇妙だった。
まず形が四角い。
地球を始めとする星のように球形でなくとも、丸みを帯びていたり、あるいはその辺を転がる石ころのように無秩序な形をしているわけでもない。
完全なほどに正方形なのだ。
まるで数学の授業に使われる教科書に描かれている図形がそのままに出てきたように。
自然界に完全な球体が存在しないのと同じく完全な立方体は存在しない。
宇宙を自然界に含めて良いかは微妙なところではあるが。
いずれにせよ、そんな星を宇宙間の飛行さえも可能にした種族が放っておくはずもない。
彼らはただちに宇宙船を用意してその星へ降り立った。
宇宙船を着地させ、その中から降りて来た探索隊はこの星に生物が十分に存在し得る環境であることを確認する。
「しかし、どこにもいませんね。生物は」
「あぁ。どこにもいないな」
隊長と一人の隊員が話し合う隣で地面に触れていた者が驚愕の声をあげた。
「隊長。これらは全て鋼鉄です」
「それも非常に緻密且つ堅牢に精錬されたものです」
報告を受けた隊長も慌てて手を触れて驚いた。
「確かに……だが、これはどういうことだ?」
「隊長。これはおそらくシェルターです」
「シェルターだと? では、これは星ではなく星を覆うシェルターなのか?」
「あるいは星そのものをシェルターにしてしまったのかもしれません」
隊長と隊員たちに抗いがたい好奇心が沸いた。
シェルターと言えど所詮は鋼鉄で出来たもの。
星と星を移動できるほどに技術が発達した彼らにとって、この程度の物質を破壊することは容易いことだった。
「ただちに破壊しろ」
興奮を抑えきれない隊長の声を待たずにシェルターは破壊された。
そして、開いた穴から中を覗いた者達は口々に呟いた。
「またシェルターだ」
「しかし、いくつかに分かれている」
そう。
シェルターの中身はさながらマトリョーシカのようにさらに小さな正方形のシェルターが幾つも存在していたのだ。
「いくつもあるが取り急ぎこれからだ。破壊するぞ」
そう言って探索隊はシェルターの中でも比較的小さいものを一つ選んで破壊する。
すると、その中からはまたしても一回り小さなサイズのシェルターが幾つか現れた。
「とりあえず、このシェルターをどんどん破壊していくぞ」
隊長の号令と共にシェルターは次々に破壊され、その大きさは段々と小さくなっていく。
それと同時に中に存在するものの数は少しずつ増えていく。
だが、未だ生物の姿形は見つからない。
それどころか、その痕跡さえも。
変化が訪れた頃にはシェルターの大きさは信じられないほどに小さくなっていた。
「隊長! 形が変わりました!」
丁度、民家ほどの大きさのシェルターに詰め込まれるようにして並べられた幾つもの長方形。
「素材は同じようだが……しかし、この形はまるで」
隊長は自身の脳裏に浮かんだ答えを自ら飲み込むと、隊員から道具を受け取り自らそれを砕いた。
果たして、現れたものは隊長の予想通りのものだった。
「死んでいるのですか? これは」
「あぁ。どうやらな」
中にはこの星の支配種と思われる生物の干からびた遺体が入っていた。
「棺桶か? これは」
隊員の呟きに幾人かが頷いていたが、隊長は無言でシェルター内を調べていた。
すると破壊したシェルターの表面には経年劣化により完全に機能が停止していたが、実に高度な機械が埋め込まれていることが分かった。
ディスプレイがついていることから察するに指先一つで何らかの娯楽を傍受することが出来たに違いない。
「では、これは棺桶ではなく、彼らにとって立派な生活スペースだったと?」
「かもしれない」
「しかし、あまりにも小さすぎます」
「あぁ、だが。こうまでもシェルターを重ねてあるのだ。彼らにとって安全とは何よりも代えがたいものだったのだろう」
ぽつりと呟いて隊長は未だ幾つも残るシェルターを見つめていた。
「この星に生きている個体はいると思いますか?」
「いや、分からん。だが、もし居たら聞きたいことがある」
隊長の言葉に皆が頷いた。
この生き物たちは何を恐れていたのか。
どうして、こんなにもシェルターを重ねていたのか。
シェルターとは一般的に避難所を意味するが、彼らは一体何から避難して過剰という言葉でさえも足りないほどに幾つものシェルターを用意したのだろうか。
その謎を知るため、探索隊は手分けをして作業に戻った。
きっと、この謎が迷宮入りになるだろうと察しながらも。
事実。
探索隊は遂に真相に辿り着くことは出来なかった。
何故なら彼らはこれをシェルターと認識してしまったからだ。
そもそもがこれはシェルターではなくただの仕切りでしかない。
その中に入っていた生命体自身に与えられた各々の場所。
各々がそれ以上を侵せぬように造られた堅牢な仕切り。
つまり、この星の支配種はあまりにも強大であったが故に増えすぎて、遂には生まれた頃から死んでいくまで一所で過ごすことが強要されてしまったのだ。
けれど、彼らにとってそれは大きな問題にはならなかった。
何せ、自分が横たわる程度のスペースの中であっても娯楽は十分なほどに存在していたから。
探索隊は知る由もないが、この星の支配者たちは生まれた頃から享楽の中で過ごし、誰とも出会わないままに幸福のままに死んでいった最も幸せな命だったのだ。
しかし、そんなことを知る由もない者達からすれば。
「屍の星だな」
隊長がぽつりと零した言葉が無機質な立方体に満ちた世界に空虚に響いていた。
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