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終局

「今度は、ちゃんと楽しめるところで」


 無料案内所。濡れている上に傷だらけの俺は、無料案内所のスタッフをいくらかビビらせた。


 大丈夫だ。現金はある。さっき切ったのは親のカード。言い訳は後で考えればいい。今度はキャッチの紹介ではない。


 忘れていた。歌舞伎町ではキャッチに付いて行ってはいけない。大体がぼったくり。歌舞伎町の不文律。そういったトラブルを防止するために無料案内所がある。


 風が冷たい。服は乾いてきた。寒気。体調不良の兆候。服の乾燥がリスクに見合った利益かは分からない。


 店に着く。やはりうさんくさい店だったが、照明が凝っているなど、客を騙してはいつでも退去してやるといった心理は感じられない。


 またタブレットで嬢の写真を見せられる。


どうせ加工しまくっているのに、ここで嬢を選ぶことの意味が分からない。だが、そんなことを考えても人生の時間を無駄にするだけなので、さっさとお気に入りの娘を選んだ。


 今度は色黒のギャルを選んだ。ベースがどれだけひどくても、ギャルメイクは顔面に絵を描いているようなものなのでいくらでもごまかしが利く。俺も婚活をしに来たわけじゃない。見た目の悪さはお互い様だ。


   ◆


 嬢が来る。今度は当たり。人生の運を無駄に使う。


 愛想もいい。スタイルもいい。この娘であれば11万支払っても全く心は痛まない。そもそも親のカードだが。


 軽い会話。それから互いの体を触っていく。キスをしながらあちこちに手を触れる。室内に甘い嬌声が漏れた。


 ――この娘と、本番がしたい。


 ごく自然にそのような考えが浮かんだ。


「挿れてもいいかな?」


「え、だめだよ~♡」


 そう言われて引き下がるような奴は男じゃない。俺は何度も彼女に本番をお願いした。


 いたいけな可愛らしさを持った顔。それが少しずつ引きつっていく。構いやしない。男には時に強引さも必要だ。


「なあ、いいじゃないか」


 両手首を掴んで、そのままベッドに押し倒した。


「はい、ちょっと正座!」


 ふいに響く鋭い声。思わず、指示に従って正座した。


「あのさ~。さっきから本番はダメって言ったじゃんね」


 中部風の訛り。地のキャラが剥き出しになった嬢から延々と説経をされる。


 スマホを取り出す嬢。止めなければいけないと分かっているのに、石化したみたいに体が動かない。途轍もないミスを犯したらしいことだけは理解出来た。


 呼び出されるスタッフ。リーゼント。またリーゼント。流行っているのか。いや、そんなことはどうでもいい。


 状況を説明する嬢。俺はそのさまをただ眺めていた。リーゼントの目が鋭くなっていく。


「お客さん、困るんですよね~。女の子だって嫌がっていたでしょうに」


 間延びした声に似合わない鋭い眼つき。どうやら俺はとんでもない地雷を踏んでしまったらしい。


 嬢を見やると、当初の愛想の良さはどこかへと消え失せており、完全に害虫を眺める視線へと変わっていた。


「罰金が50万になりますね」


「は?」


 耳を疑う。50万あったら高級ソープに行けるではないか。


「ま、ま、待て……。そんなの、どこに書いてあるんだ?」


「あんたがサインした契約書に書いてあるよ」


 入店時にサインした簡素な契約書を見る。通常料金のところしか見ておらず、よく見ると本番強要などの迷惑行為を行った場合は罰金50万円支払うことに同意しますという記載があった。小さい字。ロクに見もせずサインしていた。


 ――謀られた。


 ……いや、俺が契約書をちゃんと読んでいなかっただけの話か。


 50万など持っていない。


 途方に暮れる。気付けば地べたに膝をつき、土下座への兆候。


「おい、オッサン、土下座なんかで許してもらおうなんてすんなよ」


 先回りして土下座を防がれる。


 この世界は生きづらい。俺はどこに行ったらいいのか。


 安いカーペットに沁み込んだ黒いシミをずっと眺めていた。


 俺がシミを見つめている間も、リーゼントは延々と説経を続けていた。


   【了】

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