金魚のパスワード
「困ったな」
エヌ氏は腕組みをした。ちょうどそこに彼の妻が通りかかる。
「なぁ。金魚に餌をあげたいんだけどさ」
「あげればいいじゃない」
「パスワード忘れたんだ」
そう言ってエヌ氏は餌の箱を差し出した。セキュリティが徹底された未来は、何をするにもパスワードがいる。
つい先日も、暖炉をつけるパスワードを忘れて、凍える思いをした。
昨日はたまごのパックのパスワードを忘れて、コクのないパンケーキを食べるはめになった。
「なんだっけ?だから書いて貼っておけとあれほど」
「それじゃパスワードの意味ないだろ」
「金魚の餌のセキュリティが脆弱で何が困るのよ」
「困るだろ!」
「だから何が?具体的に言ってよ!」
「例えば・・・」
「例えば?」
エヌ氏は憮然として腕組みをした。
「例えばスパイがウチに来たとするだろ」
「いや、設定がおかしい」
「可能性はゼロじゃないだろ!」
「まぁ、いいわ。で、スパイが金魚に餌をあげるの?ありがたいじゃない」
「そんなことするか!スパイを舐めるな!」
「う、うん。。で?」
「金魚の餌の残量をチェックする。そして、その情報を闇ルートに売るんだ。そうしたら餌が無くなる頃に闇ルートから広告がじゃんじゃん入るだろ」
「便利じゃない。その闇ルート。そのまま通販もしてくれそうだし」
「闇ルートを舐めるな!」
「何よ?」
「通販する場合は送料が別途かかる!しかも、そのことは、すっごく小さい文字でしか書いてないんだ!」
「・・・うん。もういいわ」
そう言うと彼女は携帯を取り出した。
「どうするんだ?」
「新しいの買うわよ。もったいないけど、しょうがない。スパイに困る前に、今現在お腹を空かせた金魚が困ってるんだから」
「届くまでに時間かかるだろ」
エヌ氏は不満顔だ。バスワードを貼らなかった為に発生した損失を認めたくないのだ。
「A社なら1時間で届きます」
「送料かかるだろ」
「A社は無料です」
「実はちっちゃい字で送料書いて・・」
「無い!うるさいな!」
彼女が睨む。少し本気で怒り始めたようだ。
「通販のパスワードは覚えてるんだな」
エヌ氏はシュンとしつつも不貞腐れた。
「おあいにく様、私が覚えなくてもアプリに記憶させてます。あっ!」
「どうした?」
「パスワード更新しろだって。旧パスワードと新パスワードを入れてくださいか・・・」