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そして、悪役令嬢は青い空の彼方に飛んで行った

わたしはいわゆる「悪役令嬢」っていうものに転生をしたらしい。


婚約者の王子様に卒業パーティで婚約破棄を告げられて、断罪されてしまう悪役の、令嬢。

学校の図書室に置いてある本でも大人気でしたね。異世界転生&悪役令嬢モノ。いつも誰かが借りていて、私の番はなかなか回ってきませんでした。


物語として読んで楽しい悪役令嬢転生モノですが、実際に自分が悪役令嬢になるなんて……。ええと、どうしよう。ドアマットヒロインならやれると思うんですけどわたし。黙って耐えてればいいんですからね、ドアマットヒロインは。でも、悪役令嬢なんて無理無理無理。


悪役令嬢って、ヒロインさんを苛めないといけないんですか? 

無理です。寧ろ転生前の学校ではわたしのほうが虐めを受けていました。あー、虐めっていうか無視? 授業でグループとか作れって言われると、いつも最後に余ったところに数合わせで入れられたけど、同じグループの人とは一言もしゃべったことないまま、そこにいるだけ。わざわざ手間をかけて、教科書に落書きされたり上履きを隠されたりすることもないほどの、無視というか、そこに存在していない人扱い。先生がとる出席だって、たまに飛ばされていたくらいの存在の軽さ。

そんなわたしが悪役令嬢に転生したからって「おーほほほ」とか、高笑いなんてできないです。 

無理です。人前で話すことすら、わたしにはできません。声なんて出せません。


王太子の婚約者にならないといけないんですか? 

無理です。同じクラスの男子とも、ろくに話したことなどありません。というか男子怖いです。王子様なんて目も合わせたくないです。顔だけは美形だけど、性格の悪い、自己中心的な王子様なんて、半径一キロ以内に近寄りたくもないぶるぶる。


ボッチで、根暗で、コミュニケーション取るのが苦手で、自己主張なんて出来なくて、教室の片隅で本ばっかり読んでいて友達もいないような人間が、転生を果たして悪役令嬢になったからっていきなり社交的だったり高圧的だったり、そんなふうにはなれないんです。


こんなわたしが王太子殿下の婚約者となり、貴族学園に入学し、ハイスペックな悪役令嬢になって、皆様の注目を浴びないといけないなんて何の罰ゲームですか!? 不登校でいいですよね?


学校行きたくない、王太子とのお茶会行きたくない、王太子妃教育も行きたくない。ベッドで布団をかぶって寝ていたい。すみっこで暮らしたい。お地蔵さんになって苔むしているのが一番幸せだと思うのよ。そうよ、どうせ転生するならお地蔵さんでお願いします。


だけど、そんな願いは叶わない。


無理矢理に学園に送られて、やってもいないのにヒロインさんから大きな声で「嫌がらせなんてヒドイですっ! 私が元平民だからって……っ」とか「差別するのはやめてくださいっ! 学園は平等なんです!」とか言われております現在進行形で。


そっちの方がわたしのことを苛めていると思うのですが、どうでしょう……なんて、怖くて反論もできません。元気なヒロイン怖い。


「こんなにも心優しいヒロインを苛めるとは、お前には人の心というものを持っているのかっ!」とか「嫉妬をするのは止めろっ! ヒロインと俺とは純粋な友人だっ!」なんて訳の分からないことを、勝手に怒鳴ってくる王太子もはっきり言えば怖いんです。貴方のことなんてこれっぽっちも好きじゃないんです。婚約なんて破棄したいんですこちらからっ!


そんな主張ができればいいのでしょうけれど、ヒロインさんも王太子殿下もわたしの言葉なんてこれっぽっちも聞いてくれない。

がんばって「あの……、わたしの話を聞いて」と言っても「貴様の非道な言い分など聞けるかっ!」と怒鳴られるんです。王太子、怖い。

理不尽ですよ。わたし何もしていないのに……。


もう嫌だ。王太子なんてヒロインに差し出します。逃げさせてくださいお願いします。王太子なんて愛していないんです。嫉妬なんてしません。逃げたいんです。離れたいんです。


抵抗しようにもどうやら無理で。


嫌だというのに王太子妃教育を受けさせられ。歴史を学び、マナーを学び、外交を学び……。逃げられない。


学んでて楽しかったのは魔法くらいです。転生前は魔法なんて無かったから……。ホウキに跨って空を飛ぶって、あれ風魔法なのですか? 転生前、本で読んでて憧れていたんですけど、空を飛ぶの。だけど、魔法が使えるからって、安易に空は飛べません。だって、外を飛んだら淑女らしからぬ行為とかって言われて怒られそうなんだもの。


転生前は親とか教師に怒られないように生きてきました。真面目に。小さくなって。転生してからも真面目に小さく生きてます。人間の性格なんて転生程度でそうそう変わらないもんです。空は飛びたいけど、目立つかも……と思ったところで実行は無理。せいぜい部屋の中でこっそりと、絨毯に乗って、それを風魔法で浮かせる程度。


毎日三時間睡眠で、早朝から深夜まで、勉強・公務・王太子殿下の雑用係……。ブラック企業顔負けの理不尽さ。耐えるだけ毎日よ。ああ、王太子の婚約者なんて辞めてしまいたい……。


辛くても、文句ひとつ言えません。主張できるほど強くないんですわたし。引きこもりの不登校がお似合いなんです。

だけど、親に怒られるから、それもできず、トボトボと学校に行って、トボトボと帰宅を繰り返していただけなんです。

「本当にお前は暗いねえ。そんなんで大人になって一人で生きていけるの?」と転生前の親は心配していましたが……。ごめん、無理。もう無理。いっそ婚約破棄をさっさとして、修道院に入れてください。そこで、掃除とか洗濯とかして神様に祈って過ごすんだ……ふふふ。希望が見てきた。

なのに。


「悪役令嬢っ! お前との婚約は破棄させてもらう!」


卒業パーティという公衆の面前で、婚約破棄ですよ。注目浴びてます。恥ずかしいです。やめてーっ! 婚約破棄なんて文句も言わずすぐに承諾するから書面だけ送ってよこしてっ! 大勢から見つめられるの怖いっ! 嫌っ!


「俺の婚約者という立場を利用して! 俺の愛するヒロインを散々いじめていたとはっ! この悪女めっ! しかも言葉で責めるだけでは飽き足らず、取り巻きの令嬢にヒロインを苛めるように指示まで出していたとは、なんと恐ろしい女だっ!」


虐めなんてこっちがされていましたよっ! 言葉で責める? ぎゃあぎゃあ言うのはヒロインさんであって、わたしは一言も何も言ったことはありませんっ! 取り巻きの令嬢なんてどこの誰ですか! わたしは一人ぼっちで、俯いて過ごしていただけですがっ!


「ヒロインを池に突き落とし、更には階段から突き飛ばすなど、悪質にもほどがあるっ!」


そんなことしてませんっ! そんなアクティブにわたし、うごけませんよっ!

でも人前で声を上げることなんてできません。怖い。


血走った目で、怒鳴る王太子も恐ろしいばかり。


もう、どうでもいいからさっさと婚約破棄して修道院に送ってください。私はそこで地味に過ごしますから。冤罪でも構わないから、注目浴びたくないんです。

耐えて耐えて耐えていたのに。なのに。


「貴様のような悪女は最早生きている価値も無しっ! 断頭台に送ってやるっ! そこで俺の愛するヒロインを苛めたことを後悔するがいいっ!」


断頭台。つまり……首を切られて死ぬってこと?


あ、あんまりじゃないっ! わたし何もしてないわよっ! ヒロインと王太子が勝手にわたしを悪役扱いにして、やってもいない虐めをさもわたしがやっているかのように怒鳴っているだけじゃないっ!

寧ろわたしのほうがヒロインから虐められていたようなものよっ!


「さあ、さっさとこの女を地下牢に連れていけっ!」


王太子が叫ぶ。ヒロインがほくそ笑む。卒業パーティに参加している大勢の人間は誰一人としてわたしを助けてはくれない。そして、警備の者がわたしの両手を掴んで、わたしを牢まで連れて行こうとする……。


ブチッと。わたしのどこかで何かが切れた。いや、キレた。


わたしが何をしたっていうの?

何もしていないわよ。

ボッチで、教室の隅でお地蔵様みたいに固まって、何も言わずに静かに過ごしていただけじゃない。


「……風魔法、最大。台風、サイクロン、ハリケーン。強風、ううん暴風よ、吹きあがれ」


ぼそっと呟く。途端にわたしを中心とした風が起こる。ううん、風なんて優しいものじゃない。虚空の、全ての風をあるだけかき集めてそれをこの会場に叩きつけたような荒れ狂う暴風。


卒業パーティ会場の窓ガラスが一斉に割れた。シャンデリアは激しく揺れ、テーブルの上のシャンパングラスや出来立てのオードブルが一斉に宙に舞う。テーブルも、椅子も、パーティに参加いていたすべての参加者も。


「きゃああああああああああああっ!」

「ぐわああああああああああああっ!」


洗濯機の中の洗濯物のように、人が、モノが、ぐるぐると宙に舞う。


魔法はイメージだ。竜巻。トルネード。数十メートルから数百メートルにも及ぶ強大な上昇気流。中心部では猛烈な風が吹き、時には鉄筋コンクリートや鉄骨の建物も一瞬で崩壊させ、人間を含む動物や植物、大型の自動車なども空中に巻き上げるその力。それを、想像する。


ああ、もっともっと強いもの。そうよ、単なる竜巻じゃなくて、スーパーセル。回転する持続した上昇気流を伴った激しい気流。本当の竜巻なんかよりもっと強いイメージをっ! 屋根を壊し、ここにあるものすべてを、理不尽な王太子も、ヒロインも、悪役令嬢の断罪を眺めて楽しんでいるだけの観客たちも、わたしを牢屋に送り込もうとした警備の兵も、みんなみんな、天高くまで吹き飛ばせっ!


わたしの全力の風魔法を行使した。


気が付けば。辺り一面焼け野原……ではなく、瓦礫だらけだった。その中にわたしだけがぽつんと一人、座り込んでいた。割れた皿やグラスが危ないなあ。なんてことをぼんやり思っていた。天井や壁の一部も吹っ飛んでいったため、青い空が良く見えた。台風一過の綺麗な青空だなあ……なんて、ちょっと放心していた。


「ふふ……。みんなみーんな飛んでいっちゃったあ……」


わたしはどうなるのかな? 捕まっちゃうのかな? まあいいや。何もかもがどうでもよくなってしまったみたい。ゆらりと立ち上がり、瓦礫を避けつつ何とか歩く。


ふと見れば、清掃用のホウキが、地面に落ちていた。


「童話に出てくる魔女のホウキみたいねこれ」


もう、誰もいないから。わたしはそのホウキに跨ってみた。


「うふふ。魔女っぽいわね」


いっそ魔女として、深い森の中で暮らすのも良いかもしれない。そうだ、それが良い。そうしよう。


わたしはトンと軽く地面を蹴る。澄み切った空を、高く高くどこまでも、ずっとずっと遠くまで、わたしは空に吸い込まれるようにして、どこまでもどこまでも飛んで行った。







お読みいただきましてありがとうございます。

別のお話が現在書籍化進行中で、そちらの原稿の気分転換に書いたものです。というか生存報告でしょうか。

楽しんでいただければ幸いなのです。


恋愛要素が薄いので、ジャンルをどこにすればいいのか悩みました。

とりあえず、投稿。


日間ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキングにて

 2023年9月14日 31位。15日→17日 28位。

 ありがとうございますm(__)m


誤字報告くださった皆様、ホント感謝ですっ!!

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