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第二話 愛犬と昼の春

 

「満開だね」

「わふぅ!」


 温かい日差しに照らされながら、満開の桜を愛犬と共に見上げた。快晴の青い空に、ピンク色の花が良く映えている。琥珀は舞い踊る、桜の花弁を追いかけるのに夢中だ。


「ははっ、花弁だらけになっているよ」

「くぅ?」


 可愛らしい姿をスマホで写真に収めると、琥珀の頭や背中に乗った花弁を取る。この桜の木は昔から通学路にあり、小さい頃から眺めるのが習慣化していた。上京して大学に行くまでは、毎年見ていた。

 久しぶりの桜である。東京の桜よりも、少し色に温かみを感じるのは地元という馴染みがあるからかもしれない。


「あ、早く帰らないと……爺ちゃん、婆ちゃんが待っている」


 ぼんやりと桜を眺めていたが、肩に掛けていた籠バッグから紙袋の擦れる音が響いた。そこで僕は、お使いを頼まれていたことを思い出した。

 近所にある和菓子屋さんへ、桜餅を買ってくるように実家から頼まれたのだ。琥珀の散歩もあり引き受けたが、僕の祖父母は三時のおやつに食べると言っていた。


「良かった……ゆっくり戻っても間に合う」


 慌てて腕時計で時刻を確認すると、時間には余裕があり胸をなでおろした。すると不意に、お腹の鳴る音が響いた。


「……え? 僕ではないよね?」

「わぅ!」


 僕は自身のお腹に手を当てる。今朝と昼はちゃんとご飯を食べてきた。琥珀にも確認をする。大丈夫だと答える彼に、安心をして頭を撫でる。


「じゃあ……今の音は誰のだろう?」

「わふう!」


 周囲を見渡すが田畑が広がる砂利道には、僕と琥珀と桜の木があるだけだ。昼間だが少しだけ怖くなり、琥珀を抱きしめようとすると逆にリードを引っ張られた。


「え、ちょ……琥珀? 如何したの?」

「わん!」


 琥珀は桜の木の裏側に回込む。大人が腕を回しても余りある、太い幹の裏側はこちら側からは死角である。何か居るのだろうか。普段はリードを引っ張ることのない琥珀だが、珍しいこともあるものだと思いながら僕も回り込んだ。


「……え、女の子?」

「わふ」


 桜の木の裏側には、着物姿の小さな女の子が居た。彼女はしゃがんだまま、僕たちを見上げる。再度、お腹が鳴る。如何やら発生源は女の子だ。


「えっと……食べる?」


 僕はしゃがむと、籠バッグから紙袋を取り出す。その中から透明なパックの蓋を開けると、そのまま桜餅を差し出した。彼女は小さく頷くと桜餅に手を伸ばした。女の子が桜餅を口にすると、美味しさから目を輝かせる。その姿に何故か既視感を覚えた。


「お家は何処かな?」


 彼女が迷子でなければいい。そう思いながら話しかけるが、彼女は桜餅に夢中である。服装も気になる。田舎でもこの時代に和服姿は珍しいものだ。お祝いの行事で正装している可能もある。慣れない田舎で、偶に迷子になる子も居る。女の子本人に確認が出来ないなら、実家に連絡を取ったほうがいいかもしれない。


「わっ……大丈夫? あれ?」


 突然、強く風が吹き思わず両目を瞑った。ゆっくりと瞼を開けると、女の子の姿が無かった。周囲を見渡しながら、桜の木を一周したが彼を見つけることが出来なかった。


「琥珀。さっきの女の子、知らない?」

「くぅ?」


 はじめに女の子を見つけた琥珀に訊ねてみるが、彼は困ったように首を傾げた。そんな相棒の頭を撫でる。


「わっ! 時間が! 琥珀、走るよ!」

「わふっ!」


 不意に腕時計の時刻が目に入った。示されている時刻は三時のおやつに、走ればぎりぎり間に合うか如何かの時間だ。琥珀に声をかけると、実家へと駆け出した。



 〇



「ば、婆ちゃん……これ、桜餅……」

「あらあら、走って届けてくれてありがとうね。陽くん、琥珀くん」


 実家の縁側に僕は倒れ込んだ。全力疾走なんて高校時代以来である。琥珀は疲れ知らずで、楽しそうに庭の祖父にじゃれ付いている。這いずるようにして籠バッグを祖母へと渡す。


「桜のところで……女の子に会って。この辺りに親族関係で来ている子とか居る? 突然、居なくなっちゃったから……心配で……」

「あら、昔にも同じこと言っていたわね」


 腕を着いて上半身を起こし、祖母の隣の縁側に座る。そして全力疾走をすることになった理由を口にした。


「……え? そうなの?」

「ええ、小学二年生ぐらいだったかしら。今日みたいな桜が満開の日で、桜餅のお使いを頼んだのよ。そしたら女の子がお腹を空かせていたから、一個あげたって言っていたわ」


 祖母が楽しそうに昔の話を語る。あの時、既視感を覚えたのは如何やら間違いではなかったようだ。そして紙袋からパックを出すと、一つ減った桜餅を見て微笑んだ。


「まあ、多めに買ったから良いじゃないかな?」

「そうね。じゃあ、お茶を淹れてくるわ」


 満足そうに祖母が頷く。不思議なこともあるものだと思うが、あの女の子が嬉しそうに桜餅を食べていたから僕は満足しているのだ。僕の地元の田舎では時々、不思議なことが起こる。


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