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転成悪役令嬢ヴィオレッタは世代が合っていない  作者: 梅霖
ヴィオレッタ、婚約破棄される
9/16

帰宅したら妻がいた 1

ヒーロー(???)視点


ウォルター・カルフールは家路を急いでいた。

これに至るまで並々ならぬ経緯がある。



フォルティア学園卒業記念パーティーでの式辞を済ませ、今年中の学園の予算の決済のため王城へ上がったのが午前中のことだ。

ついでにいくつかの書類も仕上げ、来年度の予算案も軽く担当者と話し合えればと思っていた。その話し合いで予算が決まるわけではないが、案が固められるのが早ければ早いほどいい。

予算がいくらかによって、それぞれの教科に充てられる費用も変わり、それによって授業計画も変わってくるかもしれない。いや、授業計画に頭を悩ませるのは担当教授殿のお役目だが、最終確認をするのは学長の仕事である。


そのときにおかしなことを言われた。


「いや、良いですねえ、学園長殿」


声をかけてきたのは......誰だったか、とにかく財務に携わる官僚の一人だったように思う。決済の書類を渡した相手だった。


「良い、ですかな」


声のかけ方から、以前にも顔を合わせていたのかもしれない。返事をしないのもいけないと思い、こう答えた。

最も権威ある学園の学長が聞いてあきれる。こういう場合の返事の仕方が本当にわからない。貴族のあれこれが面倒だと身に染みるのがこのようなときだ。


「いやあ、あれでしょう。若い娘さんが身の回りの世話をしてくれるんだから、嬉しいでしょう」


はて、私に娘はいなかった。そもそも子供がいない。


「ほう」


返答に困ったので、またもや曖昧な頷き。

しかし男は気にならなかったようだ。脂下がった、としか言えないような顔で言葉を続ける。

しかし正直、この時の私は予算案の書類の方に気を取られていたものだから、男がどのような顔をしていたかはっきりとしない。


「ほら、これから女の子一人寄越すでしょう。どんなことをしたらそうなったのか知りませんが、上からの要望ですからね。でもそれで良い思いができるんなら、あなた様にとってこんなに旨い話はないでしょう! その子の中身がどうでもねえ」


そこで男は、私を上から下まで見る。


「いやあ、その年でねえ。羨ましい。男冥利に尽きるってもんでしょう?」

「さようで」


このあたりで、私はほとんど聞いていなかった。

女の子を寄越す、という話だったか。今まで散々に使用人を雇えという話は、貴族のお方々からされてきた。なんでも、権威に見合った生活を、云々。

そのうちの一人が痺れを切らして、侍女かなにかを寄越してこようとしているのではと思った。どこの貴族かわからないが、誰かわかり次第断りの手紙を送っておこう。


そして年齢の話題が出てきた時点で、私はこれで話が終わったものと決めつけてしまった。つまりあまり耳を傾けなくなった。


以前は多々あったのだが、魔法の力やら職場での地位に対し、褒め称えたり、嘲ったり、何やら不快感を露わにしたりとされてきた。

しかし目に見えて年齢を重ねた途端、それが劇的に減ったのだ。

最初にどのような話題をしていても、終盤に差し掛かる頃合いになると私の年齢について触れてくる。そして皆どこか満足げにして話を終わらせる。

どうやら私の老いを私の弱点と受け取って、最初にどのような社交辞令を言う必要があっても、その弱点を私に指摘することで満足感を得ているらしいのだが、これが本当に楽だった。

髭を撫でながら「最近は魔法の力が...」「体が...」「そろそろこの地位も...」と言うだけで、大抵は嬉しそうにして大人しくなってくれる。

相手が何を言っていようとも最終的にはそれで納得してくれるのだから、自然、話を聞き流す癖が身につく。最悪の場合、「最近耳が...」と言えばいい。

髭は本当に効果的だ。ここ数十年で気づいた。


老いに弱点を見出している理由だけがよくわからないが。年齢は年齢だろうに。

なぜ私が若い頃も何か弱点を思いついてくれなかったのだろうか。


嫌ならば社交辞令なんぞ言わなくていいし、嫌味を言うのにわざわざ弱点を探すまでもないと思うが、そこが貴族の難しいところなのだろう。



そんな話が今まであったために、私はこれを、そのような貴族の難しさだと思った。

それで私は髭を撫で、年齢に久々の登城が堪えたことを理由に、早々に失敬させてもらった。


この後も予定は詰まっていたのだ。



学園付属の研究室に寄って、昨年から新しい研究を始めていた卒業生たちに、どのような成果が上がったのか聞かなければならない。

成果を発表するときに、今後の研究資金が決まる。

そのために実用的なものを思いつけているのか、あるいはせめて、貴族の耳に触り良く聞こえるようにできているか。場合によっては、私が仕上がりに手を加えることもあるかもしれない。

若い研究員たちの新しい試みには期待しているのだ。


学園はまさにパーティーだが、こんな時でもなければ研究室にまで手が回らない。ひっきりなしに書類を上げてくる学園の教員たちも楽しんでいる間に、終わらせておきたかった。



それが済むと、閉会の式辞にはまだ早いが、今一度学園に戻らなければならない。


学園長の職務というほどでもないが、私が大々的な魔法を使ってパフォーマンスをするのが毎年恒例なのだ。実態は書類を捌くばかりの老いた教師でも、国一番の学園の長に上り詰めてしまった今では、世間から見ると権威ある魔法使いだ。

せいぜい、子供たちの憧れをできるだけ壊さずに、魔法を学び使えるようになりたいと思わせられるような魔法を披露したい。


そしてこのパフォーマンスも、どうにか学問の発展に貢献できるものにしようと毎年奮闘している。

魔法と言っても、数理的な魔術、呪文詠唱、儀式、元素の力......その区分は数え切れないほどにある。その中で毎年テーマを決め、各専門分野に進んだ卒業生たちを登用して企画する。

いわば、卒業生には雇用の機会を設け、現生徒たちには自分が志す各分野の専門職と接せられる機会ができるのだ。そしてパフォーマンスによって、民衆の中での各分野の知名度を上げることもできる。



今年のテーマは『言葉の魔法』。

歌や呪文のような音声を介した魔法は一般的で、言葉の魔法はその最も原始的な形だ。

ヒトは言語を生み出したことによってコミュニケーションが複雑化し、王国を創り上げた。ことによると、言葉の魔法は王族の言葉に宿る魔法と根を同じくするとも。研究は進んでいないが興味深い。


さて、その言葉の魔法だが、力ある言葉はすべて言葉の魔法に数えられると言える。原始的なだけあり、概念としても曖昧なのだ。

その曖昧さが問題だ。

学問として周知されるためには、わかりやすい枠組みに当て嵌めなければいけない。学問でなければ研究されることもない。


そのために私が出てくる。

水の精霊が水域で力を発揮するように、王族が己の王国に権限を持つように、学園長として学園に干渉することで魔法を起こす。例えば、「学園内の全ての花が青く染まる」というようなことを、何か大々的に言って派手な魔法を発現させる。

これでとりあえずは、言葉の魔法には『発言者』と『対象物』と『権限の及ぶ範囲』が必要であるという枠組みを形作り、あまり知られていないこの魔法が日の目を見る発端となるだろう。

フォルティア学園の学園長という権威は、このようなときのために使うのだ。



さらに今年は面白い試みがある。前準備に遅れるわけにはいかない。

普段は私が卒業生と協議を重ねたうえで当日に臨むのだが、本人の強い要望で、今年は当日までの企画はクレール先生に一任されているのだ。


はっきり言って、当初私は認めるつもりはなかった。

私にとっては毎年の恒例でも、卒業生にとっては自分の専門分野が認められるか否かがかかっている。任期が浅く、これまで大きな行事に携わったこともないクレール先生に任せるのは不安だった。


さらに『発言者』『対象物』『権限の及ぶ範囲』という枠組みを作るからには、当然ながら魔法を行使する者にある程度の『権限』が必要だ。学園全体に魔法を発現する今回の場合、学園に対する私の権限が必要となる。

その企画をするためには、クレール先生には一時的に一部分だけ、私の学園に対する権限を貸し与えることになるのだ。

生徒の安全に関わる、学園の結界にも干渉できる権限だ。そう軽々しく他人に与えるつもりはない。

これは信用の問題ではない。最近すっかり名前ばかりが世間に売れているが、これでも学園長としての責任を持ち合わせている。



頷いたのは、さらに上からの要望があったからだ。

王族だ。

なぜか今学園に在学している第二王子が、クレール先生を担当者として王城から直接推薦したらしい。第二王子が最近親しくされている女子生徒が関わっているとも聞いたが、あまり詳しい話は知らない。なぜクレール先生の仕事に女子生徒が関わってくるのだろうか。

まあ所詮、学園も王立だということだ。



聞いてみれば他の先生方も、若者たちの企画に新しい風を吹き込むのも大事だなどと言っている。ようは、頭の固い年寄りは引っ込んでいろと。

散々「最近は年齢が...」を使っている身で、ここまできて出しゃばるのも申し訳ない。

私の懸念も、考えすぎだと言ってしまえばそれまでではある。


くれぐれもクレール先生と卒業生たちを支援するように、先生方に念を押して認めた。

これがフォルティア学園の教授陣と若い研究者たちが公的に協力する前例になれば、という思惑も少しはある。




それで、今ごろどうなっているものかと思って、学園に戻ったのだが。


端的に言うと、職員の様子は阿鼻叫喚だった。



パーティー会場の隅で青ざめて数人で固まる者や、途方に暮れて立ち尽くしている者、落ち着かなくうろついている者。

誰も彼もが憔悴していて、涙まで浮かべている者もいた。

その全員が企画に関わっていた者だ。

よく観察すると来客の中にも、この教授たちと同じようにどこか表情が強張っていたり、顔色が悪かったりする者がいる。



こめかみを揉む。

頭痛がしてきた。



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