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転成悪役令嬢ヴィオレッタは世代が合っていない  作者: 梅霖
ヴィオレッタ、婚約破棄される
1/16


事件は春のパーティーで起きた。



桃色のボブカットに、空色の目の、可愛らしい小柄な少女。彼女に寄りそうのは金髪碧眼の、まさに王子様然とした美男子。

その周囲を、滑らかな水色の長髪を結んだ気だるげな男に、オレンジの短髪の筋肉質な青年。他にも黄緑色の髪の快活そうな青年に、目元を隠した濃い紫髪のもの、明るい赤銅色の髪を長く伸ばしたものと、これまた美青年たちが付き従う。


それに相対して、淡い紫色の髪の女が立っていた。目の前の少女とはうって変わって、穏やかな佇まいは美少女、というよりも、美女という言葉が似合うだろう。


立ち並ぶ者たちの白熱した表情に対して、女の涼しげな様子は、どうにも両者で温度が違うように感じさせる。

そんな女に挑むように、金髪碧眼の青年は口火を切った。



「これから貴様は、貴様が蔑む平民の、祖父ほども年上の男に嫁ぐのだ!!!! 幸い、成り上がりで金だけはあるらしいな。卑しい貴様には似合いだ!! お前に相応しい人間を用意してやったぞ、せいぜい喜ぶことだな!!!!!」


「まあ、それはご丁寧に」



勝ち誇る青年の影で、少女は得意げに笑う。取り囲む青年たちは喝采を送る。聴衆はどよめき、ある一部の者は血相を変えて上へ報告に走る。

ちなみに女の表情は、孫の持ってきたセミの抜け殻を優しく受け取る祖母に驚くほど似ている。



この、各所あらゆる方面に様々な影響を及ぼすことになる発言が、どのようにして起きたのか。


時は数分ほど前に遡る。




あちこちで人々が笑いさざめき、美しい衣装で踊る男女の間を縫うように音楽が響く。暖かい風がどこからか、花の香りを乗せてやってきた。


華やかな春のパーティーだ。



(あら、桜…)


一人窓辺に佇んでいたヴィオレッタは、知らず吹き込んできた花弁を目で追った。



芳しい香りを運んできた方を向くと、開け放たれた窓越しに青空が見える。

ここからでは見えないけれど、あの空の下、学園の門から校舎に続く広い道は満開の桜並木に彩られている。

桜は散ってしまうのも早いけれど、きっと入学式までは美しく咲き続ける。今日の卒業パーティーと同じように、新入生の歓迎パーティーに華を添えるだろう。


なんだかいいわねえ、こういうことって。

そう考えて、ヴィオレッタは微笑んだ。


古い人間の考えかもしれないが、入学式と卒業式にはやっぱり桜が似合うし、その下で笑顔を浮かべる若い子たちを見るとこちらまで嬉しくなってしまう。


(この世界にも桜の木があって嬉しいわ。)


今度お花見するわね、なんて舞う桜の花弁へ心中で語りかけて、ヴィオレッタは一人微笑んだ。年を取ってしまうと心の中でも独り言が増えてしまったようだ。



今ではわたくしも若いはずなのだけれど。



どうしてか人ひとり分の生を全うした記憶を持ち越してきてしまったのだから、多少影響されるのも仕方がない。


もちろんお寺に行くことがあれば手を合わせたし、主人を早くに無くしてからはお仏壇もお墓のお世話も欠かさなかったけれど。とくだんお説法やら仏さまやらに熱心だったわけでもないから、どうやら輪廻転生にあたることを経験したのだと自覚したときはとても驚いてしまった。

魔法なんてものが当たり前にある世界の、欧州のどこかのようなこの国はまるでお伽の世界。

こんな世界もあったのだと、ここでもまた驚いてしまった記憶がある。


(早いわねえ。あれから十七年だなんて。)


生まれ変わったといえど、こんな記憶があって若い子たちに混じっていけるのだろうかと不安になったこともあった。

されど十七年。

今ではこうして、学園のパーティーなんてものにまで参加させてもらえるのだから、嬉しいものだ。

やっぱり同級生の子たちにどうしてもついて行けないところがあっても、こうやって若者の楽しい空気に浸っているだけでも年寄りは充分楽しい。



自分は若いはずだと考えていたことなどすっかり忘れて、ヴィオレッタはパーティーを楽しむ少年少女たちに目を細めた。気分は孫を見守る祖母である。

その中でも縁深い姿を見つけ、ヴィオレッタは小さく微笑んだ。あいにく、目が合っていたにも関わらず顔を背けられてしまったが。ちょっと悲しいが、年頃の男の子だし仕方ないのかもしれない。


それに今は、大事なところだものね。



さらさらの金の髪に青い目の、すらりと背の高い美男子。そしてそんな彼に手を取られる、桃色の髪に空色の目の華奢な美少女。

レイモンド・ロジェ=ラコンテ第二王子殿下とマリアン・シャンテ男爵令嬢。


(......お人形さんみたいねえ)


正真正銘の王子様であるレイモンド殿下は、まるでお伽噺からそのまま抜け出してきたかのよう。

くりくりと丸い目と小柄な体とあいまって、マリアンさんは妖精のように愛らしい。



ほうと溜息をつくと、視線を感じたのかマリアンさんはこちらに目を向けた。

目が合ったので微笑みかけたら、いつも潤みがちな目をさらに潤ませてレイモンドの陰に隠れられてしまった。それに気づいたレイモンド殿下は、マリアンさんを引き寄せてこちらを鋭い目で見る。


あらあら...。マリアンさんは恥ずかしがりやなのかしら。可愛い子に目を合わせてもらえないのは悲しいけれど、確かに今はお邪魔だったのだろう。


(お似合いだこと)



お似合いのカップルをほのぼのと眺めるヴィオレッタ。


何を隠そう、その片割れたるレイモンド王子の婚約者であったりする。




パーティー会場の端近く、美しい花々の咲く庭に面した出窓の側。そこにヴィオレッタは立っていた。


流れるような絹のドレスも美しい。落ち着いたグレーの光沢のダークピンクのドレスは、裾に控え目な刺繍が施されたのみで、布の高価さを際立たせる無地だ。

ドレスの広がりもそれほど大きくはなく、ヴィオレッタのすらりと細身な体を引き立たせていた。

ドレスの開いた背中とデコルテは、クラシカルな花柄のレースが覆い、喉元のアンティークローズのコサージュで決して大胆には感じさせない。

さらに上から薄い金のショールを、未だ肌寒さを感じることもある季節に合わせて羽織っている。婚約者の色に合わせているのか、宝石のような青が複雑に織り込まれたショールは、それでもやはり光の下で見事な織りを垣間見せるばかりで決して派手ではない。


ヴィオレッタの淡い紫色の髪は、背中の半ばまで滝のように流れ落ちている。ドレスと重なり合う色合いは、いかにも大人びて上品だ。

真珠のようにほの白い顔は、穏やかな笑みをたたえている。


まさしくヴィオレッタは、控え目な美しさの、品の有る美女だと言える。



しかしそんなヴィオレッタが、別の少女の手を取る婚約者に打ち捨てられていたらどうだろう。



マリアンの、鮮やかに春めいたミントグリーンとピンクの、お菓子のように甘く可愛らしいドレスに比べたら。ヴィオレッタの髪色とドレスの対比はどうしてもくすんで見えてしまう。

そのほっそりした女性らしい、優美な曲線も......決して劣っているわけではない。劣っているわけではないが、マリアンが小柄であるほど、そしてヴィオレッタの装いが淑女らしく貞淑であるほど、特定の膨らみの差が際立ってしまう。

レイモンドの腕の中でマリアンの輝く笑みを見た後では、ヴィオレッタの控えめな笑顔も、また違ったふうに受け取れてしまう。

すんなりと姿勢良く佇むほど、立ち姿から一人の侘しさが伝わってくるかのよう。

少女らしい活気を全面に出した、マリアンの色とりどりのリボンやフリルを見れば。飾り気ないドレスの布を撫でつけるヴィオレッタの指先には、どんな思いが込められているのか。


公爵家の者として、王族の許嫁として。高貴な生まれを当然のものとして育ってきたかの令嬢は、どれだけの憤りをその伏せた目の下に隠しているのか......。

誰もが察して余りあることだろう。



(あら......花びら、スカートからなかなか落ちないわねえ。)



......当人を除いて。




やっぱりこれくらいの年齢になってくると、親の決めた婚約者なんて恥ずかしく感じてしまうものなのでしょうね。

本当は、パーティーの間はずっとエスコートしてもらって社交をするはずなのだけれど......殿下だってまだまだ学生ですものねえ。

可哀そうだから、挨拶を済ませたらお暇しようかしら。


部屋に戻ったら何をしましょう。

慈善金の予算配分はもうあらかた終わってはいるけれど、細かい詳細はまだ詰めていなかった。

この学年末でそのあたりを終わらせて、できれば提携するためのいくつかの大きな教会や、人員の組織を任せるための慈善活動に熱心な貴婦人方とも、先だってお話をしておきたいわ。

もしも時間が余ったら、久々に刺繍をしてみてもいいかもしれない。図案の本はまだあったかしら...。


心の中であれこれ考えながら、やっと花びらを払い終わったのでヴィオレッタは顔を上げた。

さて次に、さあどうやって雰囲気を壊さないように殿下にお暇をもらおうかと頭を巡らせ始めたところで、ちょうど殿下と目があった。

そして何やら、殿下は近づいてくる。


まあ。ちょうど良いところに。

こちらに来ている相手に自分からわざわざ近づくのもはしたないかと思って、ヴィオレッタはその場で動かないで待つことにする。

でもマリアンさんを連れていらっしゃったのねえ......これはどうすればいいのかしら。別の女性を連れたパートナーへの挨拶の仕方なんて、教本には書かれていないのだし...。


それに、あら。

あのオレンジの髪は殿下の御学友のロラン様。それと...サフィール商家の御子息のイヴァン・サフィールさんと、あの紫色の髪は...ドルミール家の御子息ね。お名前は何だったかしら。

まあまあまあ。あちらは一学年上のブルイヤール公爵家のフィエルト様。以前のパーティーでは、殿下と一緒にいらっしゃるのをお見かけしたことはないけれど...。まあ...あの水色の髪の殿方......クレール先生までいらっしゃるなんて。


みなさんお揃いねえ。どうやら、殿下が婚約者に挨拶にいらしたわけではないらしいのはわかったけれど。何のご用かしら。



西洋ファンタジーなのに桜が存在するというガバガバ乙女ゲー世界観(※ヴィオレッタは気づいていない)

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