8/彩りを添えて
「ねーねー。どうしたの?何したの?何があったの?君淡野さんに喧嘩でも売ったの?」
「何も売ってないし何をどうしたらああなったのか俺も知らん。こいつに聞けば?」
隣の席に座る淡野観月を指差して提案する。
「だからっ・・・」ビュン
俺の額に竹刀の先端がヒタヒタと触れてくる。これが殺し合いなら俺の首はもう飛んでいるだろう。
「私のこと指で指さないで」
「すいませんでした」
両手を挙げて降参。こちらに反抗の意志が無いことを示す。なんでクラスメートに降伏しなければならないんだ。
「淡野さんって剣道部の部長だよね。去年インターハイ迄いったんでしょ?すごいね」
ああこいつが。我が校の伝統ある女子剣道部を率いる天才剣道少女か。噂にきいていたが。
「大したことないわ。当然のことだもの。私に勝てる女子高生なんているわけがない。」
なんて自信だよ。こいつ天才か?
天才なのか?
天才は自分より優れた者の存在等信じないものなのか。
だからこいつは勝ち続けることが出来るのかもしれない。
「大したことだよ。誰よりも優れていることが大したことじゃないわけないもん。きっとそれに見合う努力を積み重ねてきたんだろうから。」
淡野観月と会話を成立させている。
この暴力を何の躊躇いもなく他人に振るうような奴と対等に渡り合っている。改めて感心だ。
安西奏という人間に。
「悪いけど私、最初から強かったから。最初から自分の強さを疑ったことなんて無いから」
こんな奴現実にいるのかよ。
女なのに超格好良い。そこ迄迷いが無いともう格好良い。
「そうなんだ・・・。でも凄いよ。凄く羨ましいな。私才能なんて何も持ってないからさ・・・」
何を言ってる。お前には誰にも負けない才能があるじゃないか。
それが俺とお前を繋げたんじゃないのか?
「知らないわよそんなこと」
冷たくあしらう彼女。
安西を相手にまだ気を許さない奴は珍しい。
彼女の人の心を掴む力にまだ抗えるとはな。
ちなみに今は昼休みの時間だ。
他のクラスメート達は各々で机を合わせるなり食堂へ行くなりして午前の疲れを癒し午後の授業に備える。
「そんなこと言わないでさー。一緒にお昼にしない?そこの彼とあたし達とあそこのアズみんとっ」
窓際の席で一人でお弁当を広げようとしていた神田が気付いてこっちを振り返る。首を傾げている。
「・・・俺もかよ」
周囲の視線が痛い。特に男子。
この三人は俺の目からみてもこのクラスの綺麗所だろう。
明らかに敵意を持った眼差しが向けられる。俺のせいじゃないのに。
「私お弁当はいつも一人でとることにしてるから」
「えー。良いじゃん良いじゃん。一人で食べるより四人でワイワイやった方が美味しいよー」
「だから・・・」
「えいっ」
淡野の机に無理矢理弁当箱を広げる彼女。
神田も遅ればせながら弁当箱を包み直して俺達の方へやって来て、どうしようか迷っている。
「お前はこっち来れば?」
俺は自分の机を指差して言う。どうせ隣なのだから問題無い。
「うん」
彼女はそれを了承し俺の机に向かい合うように持ってきた自分の机の椅子を置いて座る。
彼女は弁当箱を改めて開く。色鮮やかな可愛いお弁当という感じだった。
「それ自分で作ったのか?」
好奇心からくる興味。
見た感じでは中々良く出来ているような気がする。本当に小さな弁当箱だけど。
それで足りるのだろうか。
俺も自分の弁当箱を取り出す。
「ええと、まあそうだけど・・・」
「へえ・・・。んーと・・・」
神田作の弁当箱の料理を一つ一つ品定めし。一つに狙いを定めて。箸を伸ばした。
「あっ。ええと。自信はないんだけど・・・」
ふーん。卵焼きを取り上げて口に運ぶ。そうだな・・・。
「まあまあ良いけど少し甘すぎるような・・・」
まあ男女では味覚の差があるのかもしれないが。
「そうかな?私はこのくらいが丁度良いと思うんだけど」
「俺の試してみる?」
自分の弁当箱を神田に差し出す。俺の卵焼きを勧める。
「これ君が作ったの?料理するんだ。意外」悪いかよ。
こう見えても何かを調理することにおいては俺も淡野並みの自信をもっていると自負しているんだぜ。
「じゃあ遠慮なく・・・」
卵焼きを箸で二つに切ってその一つを神田は食べた。
急に彼女は自分のほっぺを押さえる。あれどうした?
「・・・?」
何かほっぺを押さえたまま悶え始めた。神田の様子がおかしい。
あれ自信あったんだけど。口に合わなかった?
「・・・お、美味しい。美味しすぎる。なにこれ・・・?これ卵焼き・・・?」
当たり前だ。信じられないかのように目の前の俺の弁当箱を見つめている彼女。
「えっ?何々?そんなに美味しいの?」
淡野と雑談していた安西がそれを聞き付けて自分の箸を伸ばす。
呆然とする神田を尻目に神田が二つに分けた内のもう一つを口に運ぶ。彼女もほっぺを押さえた。
「お、美味しいっ。とろけたっ。口の中でとろけたっ。どうやったのこれ?」
「どうって普通に・・・」
できてしまうのだから仕方ない。
なんか大好評だった。そんなに自分の料理を褒められたのは初めての経験だった。
驚かれたのではなく、褒められたのは。・・・悪くないな。悪くない。
「美味しいっ美味しいっ。はあー。なんか女子としてショックだなー。こんなの太刀打ちできないよ。誰に習ったの?お母さん料理上手なの?」
「いや・・・自分で・・・」
「凄いっ。天才だっ。ここにもう一人天才がいたよっ」
いやそんなに褒め殺しにされても何も出ないぞ。
「・・・」
ん?ふと淡野の方を見るとなんだか気になっている様子。
他の二人の反応を見たからか。ニヤリ
「あれどうした?淡野もしかしてこれ食べてみたいんじゃね?」
「はあっ?なにそれ・・・?ぜ、全然っ。そんなわけないでしょっ」
顔に書いてあった。食べたい食べたい食べたいって。
「強がるなって。さあどうぞどうぞ」
「だから私は・・・でもそこ迄言うなら・・・」
彼女の箸を伸ばした指を掴んで止める。竹刀を持っていない彼女の動きは読みやすかった。
「・・・何よ」
「いやさ。さっき俺のことぶっ飛ばしてくれたのを謝って欲しいと思ってさ」
容赦はしない。さっきお前が容赦しなかったのと同じようにな。
「くっ・・・。」
悔しがる彼女はまるで子供のようなあどけなさが全開になっていてこれはこれで可愛い。
強者淡野観月を屈服させるのは気分が良いな。愉快愉快。
俺はまた一つ自分を嫌いになってみた。
「どうしたどうした。別に俺はどっちでもいいけど?」
逆襲の手は緩めない。
「・・・ごめんなさい」
本当に小さな声で呟く彼女。
「え?何か言ったか?悪い聞こえなかった」
我ながらえげつない。
俺には女子をいじめて喜ぶ趣味があったとは。驚きだ。
「ごっめっんっなっさっいっ!これで良いんでしょこれでっ。もういいわ。私もう行くからっ」
「ちょっと待て」
彼女の口元に俺の箸で卵焼きを突き付ける。くらえ。竹刀のお礼だ。
「・・・」
暫く黙る彼女だったが。観念してパクリ。
もぐもぐとよく噛んで味わっている。最後には彼女までもがほっぺたを押さえ。
「おいしい・・・」
「ん?なんか言ったか?」
「言ってないっ」
彼女はそのまま教室を飛び出していった。全速力で。ブレザーのスカートを翻して。
もっと素直になればいいのに。
本当の気持ちを伝えるだけでいいんだぞ。それで少しは変わる。
「行っちゃったね。淡野さん。可愛いね淡野さん」
「ああそうだな」
可愛いさと凶刃が紙一重の気がするけどな。
「・・・?」
さっきからローテンション少女が置いてかれていた。ははは。こんな日常もたまには良い。




