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5/今迄と違う朝

何か悪い夢を見ていた気がする。


感情のこもらない機械音が部屋中に鳴り響く。


ピピピと。


肌寒い朝の寝起きは布団を手放したくない。


それでもいつまでもそうしてはいられない。


この家には自分を朝起こしてくれる人はいないのだから。だから仕方無しに諦めた。


ベッドから飛び立ち窓を開け冬の寒さをまだ残した春の朝の空気を感じる。


寒い。


すぐに閉める。でも目は覚めた。


寝間着代わりのスウェットから学校へ向かう為のブレザーに着替える。


今日はいつもより寒いから中にセーターを着て行こう。


春休みの間封印していたセーターをタンスの奥から掘り起こし着用。うん暖かい。


これで学校までもつだろうか。


起こしてくれる人がいないということは朝食の用意をしてくれる人もお弁当の献立を考える人もいないということ。


全て自分でやらなければならないことにはもう慣れたからいいけど。


昨日は疲れたからか良く眠れた。


俺を散々振り回してくれた彼女達も今頃はベッドから出なけらばならない現実と闘っているのかと思うと少し面白い。


神田は血圧低そうだ。朝は不機嫌そうだな。


安西は逆に目が覚めたその瞬間からいつものテンションだろうな。そしてそのテンションを夜ベッドに入る迄保つんだろう。


我ながら愉快な想像で遊んでいた。


寝室のドアをゆっくりと開けると、そこも冷たい世界だった。


人の温もりを感じられないからでもあるかもしれない。


リビングを通り過ぎるついでに沈黙を紛らす為リモコンで液晶テレビの電源を入れる。


興味もないニュース番組でキャスターが淡々と朝の報道をしていた。


昨日のスポーツの結果。


何処かの外国で起きたという大地震の現在の状況。


国会議事堂で政治家達が拍手している。内容も知らない法案が可決されたからみたいだ。その法案を巡ってテレビの中で評論家達が意見をぶつけている。


それはただ通り過ぎて行く景色のように。


俺の記憶には残らない。


冷蔵庫から卵を取り出してフライパンを温める。


今日から授業が始まるのが憂鬱だ。


そう言えば彼女達はお弁当とか自分で作ったりするのだろうか?


・・・ダメだ。何かさっきからあの二人のことばかり頭に浮かんでくる。


そんなに急がなくてももうすぐにでも会うことになるだろうに。


教室のドアを開ければそこにいるのだろうから。逃げたりはしない。


俺の方から逃げたりしない限りは。


下らない思考で頭の中を埋めながら黙々と料理する。


いつからだろう。自分の為に仕方なくそうするようになったのは。


いつからだろう。


機械音に慣れてしまったことに違和感を感じられなくなったのは。


一人には広すぎる高級マンションで毎日一人で寝て一人で起きる生活を、なし崩し的にしている自分はこの世界しか知らない。


自分と同年代の少年少女が家庭では何をしているのか分からない。


中学生になったときからこうだった。


毎月の生活費だけが銀行口座に振り込まれる毎日。機械的に同じことを、同じ日々を繰り返す毎日。


毎日が昨日と変わらなさすぎて明日がやって来る気がしなかった。


けれど今は違う。


俺も半信半疑だった。


どうして彼女に話し掛けたのかもう思い出せない。


クラスのHRが終了し、教室で一人机に向かう彼女にどうして話し掛けたのだろう。


助けて欲しかったのだろうか?


クラス替え直後にも関わらずクラス中の男女から慕われていた彼女に。


彼女なら自分を助けられると。


そんな自分勝手な想いを押し付ける俺は自分では何もできない。


だから孤独は嫌いだけど孤独は俺のことを好きみたいだ。


俺にも好きな人ができれば孤独も諦めてくれるだろうか?


軽い朝食をつくり学校に持っていく弁当をつくる。


とは言っても昨日の残り物を詰め合わせるだけ。手抜きではなく合理的にだ


。俺に料理とかを教えてくれる人はいなかったので独学であれこれ試してみた結果、俺には料理の才能があるらしい。


レシピ等見なくてもその料理を一番美味しくすることができる方法が分かってしまうのだ。


小学校の家庭科の授業でみんなに驚かれた経験がある。


担任教師も感心というよりは驚愕していた。


「君は料理が上手なんだね。凄いね。将来コックさんになるのかな?」


絶対嫌だ。


名も知らない他人に一生料理を作り続けるなんて地獄だ。


作り続けなければならないなんて地獄だ。


それならもう二度と料理なんかするもんかと思った。


でも今は仕方無く自分の為にしている。


自分で作った料理を食べていると孤独をより強く感じる。


この味はいつもの味。この味もだ。もう飽きた。もう嫌だ。


自分の為だけに一生料理し続ける方が地獄だった。


料理なんて出来なければ良かった。


出来なければ諦められるのに。


諦めて全て曖昧にしてしまえるのに。


出来てしまったばっかりに俺は苦しんだ。


料理をして喜ばせる相手のいない俺はただ虚しいだけだった。


けれどそれならそしたらそうだ。


今度彼女達を我が家に招待してみるのもいいかもしれない。


二人共呼べば変な誤解をされることもないだろう。そして手料理を振る舞ってやるのだ。


あの二人はどう思うだろうか?


朝食を食べ終え、簡単に後片付けをしテレビの電源を消して家を後にする。と思ったのだが、非常に寒い。


もう一度中に戻ってマフラーを巻いていく。


全く、春はいつ迄寝坊しているつもりなのだろう。


まだ人気のないマンションの廊下を進みながら思う。


ああ。ストーブの効いた教室が待ち遠しい。


二人のいる教室が。


エレベーターのボタンを押した。

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