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4/二人の孤独

安西奏が友達をつくる才能の持ち主なら俺にはその才能が欠けているのだろう。


そしてどうやらそれは神田も同じらしい。


自分から誰かとの繋がりを必要とせず、そもそも人との接し方が分からない。


要は孤独と友達なのだった。


誰かと誰かの繋がりをみて自分も欲しいとは思わないしそうすることができない自分を嘆いたりすることもない。


悪循環のスパイラルに捕まっていることにすら気が付かない。


典型的な社会不適合者。


明らかな疎外や嫌がらせを受けている訳ではないがお互いに無関心が当たり前に日常化してしまっている。


心の中で1人で泣いていても誰も助けてくれない。


筈だった。


安西奏が変えた。


俺達のそんな閉塞的状況を劇的に颯爽と現れた少女が一変させた。


それは例え彼女にとっての自己満足だったとしても俺達の、少なくとも俺にとっては救いの手だったことは言うまでもない。


既に日も落ちた空。


人影のない道を駅へと向かって行く隣で一緒に歩を進めているのは神田だった。安西はいない。


彼女とは方向が違うので途中で別れた。


二人きりだ。お互いに言葉は交わさない。


3人で遊びに行った後の帰路だった。


同じ交通機関を使用していた俺達は帰り道を共にしている。


俺達3人は事前に予定してあったようにどこかに遊びに行くことになった。


予定とはいっても今朝早急に立てたものだが。


駅前のゲーセン行ったり、デパートでショッピングに付き合わされたりした。正直疲れた。


それにしては彼女達はその様子がなかった。女は買い物では疲れない特性がデフォルトで備わっているとでもいうのか。


あいつらお揃いでアクセとか買ってたし。安西が半ば強引にだけれど。


「今日はどうだった?安西と一緒にいる時間ってのはどうだ?案外悪くないだろう?」


いつの間にか話し掛けていた。沈黙に耐えられず痺れをきらせてしまったのだ。


「・・・少しは」


無表情の中に微妙な変化が見えた気がしたのは俺の気のせいだろうか。


気のせいじゃなかったら良い。


「そっか・・・」


「でも・・・」


彼女は続ける。


「どんなに彼女の近くにいたって私達は彼女のようにはなれないわ」


私達は・・・か。


どうやら彼女は俺と自分を安西と分けて考えているようだった。


どうしようもなくそこには差があるのだった。


俺と神田。


安西奏。


違う者同士の奇妙な関係。


いつまで続くかも分からない明日にも無かったことになるかもしれない関係。

それでも俺達はそんな今にも消えそうな限り無くか細い繋がりを保つことに躍起になっている。


それに意味があるかどうかは最早どうでもいい。意味なんて無くても良い。


俺達が望んだことなのだから。


そこにわざとらしい意味を求めること自体が間違っているのだ。




「それで良いんじゃないか」


「・・・何故?」


「安西だって俺達にそこまでを望んでいるわけじゃないさ。そうじゃなくて。ただ友達になりたかっただけなんだよ。あいつはそうゆう奴だ」


なんて言ってみた。


「私にはそうかもしれないけど、君には違うでしょ」


「なんで・・・?」


分かっていながらも問い掛ける。


「好きなんでしょ?君は彼女を彼女は君を」


それは今言っていいことなのだろうか。


今それをはっきりさせてこれから3人はうまくやっていけるだろうか。


そんな歪んだ三角形でこれからも。


「さあね。分からないよ」


誤魔化して結論を先延ばしにしてもいつかは答を出さなきゃいけない。いつまでもなかったことにはできない。


「私に遠慮してるなら、別に気にしなくていいよ。また1人に戻るのも悪くないから」


俺は彼女と似た者同士だ。


だからその言葉を彼女がどんな思いで口にしたのか痛い程分かる。分かり過ぎる。


だからそんな思う必要の無いことを彼女の脳裏から消す為にそんなことをしたんだと思う。


少しは下心もありました。


「・・・?」


彼女の手を握っていた。


その綺麗で真っ白な手を。彼女の細い指に自分の指を絡めてやった。


当然のように彼女は戸惑う。




「何してんの?する相手間違ってない?彼女に愛想尽かされるわよ」


「・・・じゃあこれで三角形関係だな。もうお前も無関係じゃない。・・・1人に戻るのが悪くないとかいうな。そんな筈ないんだよ。お前は分かってないんだよ。1人が寂しくないわけないんだよ。もうそんなこと言わなくていい。俺と安西はそんなこと気にしない。だから俺達はこれからも3人だ」


息継ぎせずに言い切った。それだけは伝えたかった。知っていて欲しかった。


絡める指にギュッと少し力を込めて。細くても力強い指だった。


「・・・それはわかったけど、いつ迄握っているつもり?いつの間にか恋人繋ぎになってるし」


よく見たらそうだった。否、狙ってやったというべきだろう。


日が落ちているとはいえ駅前の繁華街の道は人影が疎らに確認できる。


こいつ少しは恥ずかしがるかな?と思ってやった。


「痛っ・・・」


繋いでない方の手が伸びてきて俺のおでこにデコピンした。


咄嗟の出来事に気をとられその隙に彼女は絡められた指をほどく。


「こうゆうことは彼女にしてあげなさい。私にしてどうするの」


ほどいた自分の指を見つめながら切ない声で彼女はそう言った。


その顔に動揺は見られない。つまんねえの。


「・・・あなたには私は嘘はつけないのね」


「お前が思ってることは俺が思ってることだからな」


だからもう俺達の前で嘘をつく必要はない。そのままのお前でいればそれでいい。


「似た者同士これからも仲良くしようぜ。神田・・・。下の名前教えてくれよ」


彼女のファーストネームをまだ知らないことに気が付いた。


「・・・安住。安全の安に住むと書いてアズミ。変な名前でしょ。」


「そうか?そんなことないだろ。神田安住。カンダアズミ。格好良い名前じゃないか。何処かのドラマのヒロインみたいで」


「アンザイカナデには負けるわよ。彼女をヒロインにした小説を書きたいくらい」


それは俺も同感。彼女の名前を知ったときなんてネーミングセンス良いんだろうと思った。


彼女が自分で付けた訳じゃないからこの場合褒めるべきは彼女の両親だけれど。


「あれ。神田って小説とか読む人なのか?」


彼女の言葉の一つに引っ掛かって疑問が浮上。


「ええ。まあ。たしなむ位には」


そう言ってブレザーのポケットから文庫本を取り出して摘まんで見せてきた。


「じゃあもしかして自分で何か書いたりとか?」


「いや。読むだけ。私にそんな才能は無いわよ。書きたいとも思わないし」


才能の有る無いじゃないと思うけど。


「まあ。ならあいつと話が合うじゃん。安西。最近読むようになったっていってたぞ」


「そう。それは楽しみね。ならあなたも読んでみる?」


摘まんでいる文庫本を開いて見せてきた。こっちにページを向けて。


その拍子に挟んでいただろう栞が地面に落ちる。


「あっ・・・。どこどこ?暗くてよく見えない」


街灯の少ない道に入っていたので何処に落ちているか分かりづらい。


というかこいつでも慌てることがあるのか。


意外だ。余程大切にしていた栞らしい。


いつも顔に無表情を張り付けている彼女のそんな様子はギャップがあってとてつもなく可愛いかった。


仕方なく俺も地面を注意深く観察する。


幸いキラリと光るアルミ製の綺麗な模様の入った栞がすぐに俺の目に飛び込んできた。


彼女はまだ気付かない様子。ちょっと悪戯してみたくなった。


「あれ?どこいったんだ?こっちにはないな」


「そんな・・・」


彼女は本気で泣きそうな顔になっていた。おいおいたかが栞にそこまで・・・。


「嘘。ほら」


握っていた指を開けて見せる。


それを見た彼女の顔といったら、それはもう綺麗で美しかった。


見とれてしまう。 彼女の指を開いて栞を握らせてやる。


「意地悪・・・」


そんな顔するなって。好きになったらどうするんだ。


「悪い悪い。神田のそんな顔見れて良かった。可愛いとこあんじゃん」


「うるさい・・・」


その後は二人共無言。駅について別々の方向の電車に乗るまで、そこで「また明日」「さよなら」だけ。


帰りの電車の心地良い揺れを一人感じながら神田安住のことを考えた。


誰にも心を開かない彼女。


俺と似た者同士の彼女。


そんな彼女のことを今日少し知れた気がする。明日また少し知れたら良い。


そしていつかは全部分かってあげられたらもっと良い。


そんなことを思いながら心地良い揺れは続く。


ガタンゴトンガタンゴトン

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