3/一人ふえて三人
朝日に包まれた教室。静寂の中を一人扉に手を掛けた。
誰もいない教室がそこにあるのを願って。
その願いはあっさりと裏切られることとなった。
何故なら、二人の女子生徒が窓際の席から俺の姿を見て驚いているのが見えてきたからだ。
二人の女子生徒の内一人は昨日すでに知り合った安西奏であるが、もう一人は知らない顔だった。
クラスメートだとは思う。
「あ、おはよ。君だったんだ。早いね」
「おはよう。・・・・・・えと」
戸惑う俺に安西がフォローを入れる。
「ああ。二人はお互いに初めてだね。この人は神田さんだよ。名前くらいは知ってるかな?えとこっちは・・・・・・」
俺のファミリーネームをたった今名を知ったばかりの女子に教えている。
彼女は俺を見たがあまり興味はないようで。
「・・・・・・そう」
とだけ。
安西に話し掛けられているのも本意ではないようで、誰とでも仲良くなれる彼女だからこそ許されているみたいだ。
「じゃあ今日からこの3人で朝はお話タイムだね。二人とも仲良くしないとね」
そんなこと言われたって。どう見ても相性の良い相手だとは思えない。クールで言葉少なめな印象。
ただそうだな。美人だ。可愛いというよりは綺麗と称すべきだろう。
そうゆう意味では親交を深めるにやぶさかではないが、向こうは明らかにその気がない。どうでもいいという感じだ。
「取り敢えずこの3人が仲良しメンバーだよ。これからよろしくね二人ともっ」
勝手に入れられてしまった。図らずもメンバー入りを果たしていた。
でも正直両手に花のメンバー構成では不満はなかったりする。思春期男子の性である。顔に出ていないか気を付けないと。
「えぇ・・・・・・あぁ・・・・・・。神田って呼び捨てにしても・・・・・・?」
「どうぞ・・・・・・」
やはり相性最悪だ。おいおいミスマッチにも程があるんじゃ・・・・・・。
「うんまた一つここに新たな友情が芽生えたね」
「おい何言って・・・・・・」
「いいんだよ。友情にだって色んな形があるんだから」
だからそれはいくらなんでも強引すぎるって。
そんなこと言い始めたら世界中の人類みんな友達になってしまうだろう。
頭で違うことを考えながら神田の表情をちらっと伺ってみる。
綺麗に整った輪郭に黒髪のロングヘアー。ショートカットの安西とは対照的だが二人とも共通していることはやはりというか何というか、美少女。
生まれながらにして容姿に恵まれた誰もが羨む美貌の持ち主。同性には妬まれ、異性には求められる少女達。
そんな二人と早くもお知り合いになってしまった。なんだか出来すぎているような・・・・・・。
「よーし。じゃあ放課後はこの3人でどっか遊びに行こうか?3人の友情を誓ってさ」
友情もなにも。お前が辛うじて繋ぎとめているだけの今にも崩れそうな二等辺三角形じゃないか。
彼女が居づらそうな顔しているのを分かった上で言ってるのか?
俺と神田は普通なら当たり前のように関わり合いになることは無かった筈の存在同士だったのに。
それをお前が強引に引き合わせたんだぜ。その落とし前は、責任はどう取るつもりなんだ。
「俺は構わないけれど・・・・・・。神田?」
恐る恐る確認をとる。本人の意見を訊かないことには話は始まらない。
安西は周りが見えてないようだし、俺が何とかするしか・・・・・・。
「勝手にすれば・・・・・・」
ということらしい。
「やったあやったあ。じゃあ決まりねっ。どこ行こっか?私考えとくね。楽しみだなあ。今からテンション上がっちゃうよ」
この面子でどうテンション上がれって言うんだ。
本当にこいつは宇宙人とも友達になってくるんじゃねえか?
「まあでも確かに・・・・・・」
本日はまだ始業式翌日。よって授業等はまだ始まっておらず、今日もクラス内での取り決めやら何やらで午前で終了する。
それなら暇をもてあますこともない。この二人に付き合うのも悪くないか。
「それも悪くないか」
「悪くない悪くない。ていうか大喜びするべきじゃないの?二人も美少女侍らせてお出かけするんだからねっ。ニクいなこのっ」
こいつは自分の容姿や言動が周囲にどんな影響を与えるか分かっているタイプの人間だった。
そうゆうのが一番敵に回したくないが味方なら話は別。
一緒にいてこんなに飽きない奴はお前くらいだよ安西奏。
お前に出逢えたのが俺の中で唯一自慢できることだよ。
他の誰でもない安西奏という名の少女。誰にでも笑顔で笑顔にしてしまう彼女。そんな少女を好きになった俺。
今はただ続いて欲しいだけだ。こんなたわいもない日々が。一秒でも長く。
それが例え希望的観測だったとしても。別に構わない。
「そんなんじゃない。俺はわざわざおまえらに付き合ってやるだけで・・・・・・」
そんなバレバレな偽りの誤魔化しを照れ隠しにして。
「照れなくていいって。ホントは嬉しいくせに」
「うるさい。やっぱ帰る。お前ら二人でどこへでも行ってろ。俺はもう知らん」
「そんなこといわないでよ。拗ねちゃってカワイイなあもう」
「本当に帰るからなっ」
こんなにも素直で率直でいて真っ直ぐな会話を最後にしたのはいつだったか。
思い出せない位の過去の記憶はきっと思い出しても虚しくなるだけだ。
なら今だ。今から、最初から作り直すんだ。
思い出なんていくらでも修正がきくのだから。失敗することを恐れずにやってみよう。
「・・・・・・あなた達はどういう関係なの?」
ここまでずっと消極的だった神田の口から出た言葉だった。
「・・・・・・どうゆうっていわれるとかえって答えづらいけど・・・・・・まあ友達だ」
「ずっと友達かどうかは分からないけどねっ」
「い、いやそんなんじゃ・・・・・・」
突然の不意討ちに動揺させられてしまう。
「あれ?何テンパってるの?なんか勘違いしてないかな?ん?」
罠だ。悔しい。なんか負けた気がするっ。
「私は邪魔なんじゃないの・・・?」
遠慮するような口調なのはつまり俺達に気をつかっているつもりらしい。空気を読んだつもりらしい。
「でもまだ私達は友達からは抜け出せないのですっ。なぜなら・・・・・・」
ここは彼女に任せるとしよう。
「まだ友達でいたいからだよ」
俺は違う。俺はお前と友達のままは嫌だ。いやだ。イヤだ。
けれど彼女がそうしたいという意志を尊重したいと思う。友達だ。俺と安西は。
「そういうことだから暫くはよろしく頼むよ。俺と安西奏をさ。仲良くしてやってくれ」
1人加わって3人。この奇妙な関係に1人増えて、それもかなりの癖者である。
さてどうなることやら。
前途は多難だがそんな回り道もたまには良いか。
選択肢のない一本道を無難に進んでいたってつまらないだろ。そうだ。
俺は心の何処かでこんなことが起きればいいって思っていたんだ。
世の中の大多数の人間と似たような人生で妥協するのは嫌だった。そしたらどうだ?
何処かの誰かが願いを叶えてくれやがった。
この現状を打開するラッキーガールを二人もプレゼントしてくれた。
これで面白くならない方が可笑しいって。
片やクラスの人気者。世界の誰とでも仲良くなれると思い込んでいる少女安西奏。
片や未だ正体不明の謎の美少女。神田という名の少女。
この3人でこれから一体どんな物語を奏でるのか今から楽しみだ。
けどこいつらには教えてやらない。言ったら付け上がるからな。
特にショートカットの方は。
「・・・・・・」
無言で顔を逸らされた。けど多分肯定の意思表示だ。
何となく分かってきた。
多分こいつとも俺は分かり合える。結局は似た者同士だからな。
そういう空気を彼女から感じられる。ならこいつとも俺は知り合うことができるだろう。
いつか俺にその凍りついた表情の内側にある筈の可愛らしく笑った顔を見つけてやるから覚悟しろ。
「これで私達はいつでもお互いに助け合わなきゃいけないからね。それだけ忘れないで欲しいな」
安西がそう付け加えた。
それはつまり安西が作った、お互いが友達でいる為のルールということか。
それだけは忘れないで欲しい。違えないで欲しい。
そこを間違えてしまえばそれはただ形だけの付き合いになってしまう。
そんなのきっとつまらない。
そんなのはきっと続かない。
だからこれだけは確認しておかなければならなかった。絆が薄くならないために。
「心配すんな。この中の誰か1人がどうしようもなく追い詰められて、どうしようもなくなったらきっと後の2人が手を差し伸べる。約束する」
「・・・・・・ええ」
無愛想な性格なりにしっかりとした意思表示を彼女もしてくれた。
これでようやく改めて3人の人間関係が始まったのだ。
後はなるようになれか。
「ずっと一緒だからね」
でも・・・・・・。それでも俺は・・・・・・。
いつかはお前と一緒にいたくなるかもしれないぞ。そしたら彼女の居場所はどうするんだ?
ようやくできた彼女の居場所をいつかは俺が奪わなければいけないってのか?
それは嫌だ。けどもこのまま3人のままも嫌だ。
イヤダイヤダイヤダって俺は子供か。まったくいい加減に成長しろよ。
自分に嫌気がさしてきたが今はそれさえもどうでも良い。
早朝の静けさに包まれた教室はようやく喧騒に変わる。
異色トリオが教室を占領しているのを目の当たりにした他のクラスメートは最初異様なものでも見るような顔をしたが、すぐに安西が
「オハヨウ」というと柔和な表情に変わって快く挨拶を返してきた。
俺はというと無用に注目を集めたくはなかったので彼女らとは離れ1人廊下側一番後ろの自分の席へ戻り机に身体を預けて目を閉じる。
さっきまでのやり取りを頭の中で反芻していた。
俺らしくないことをした。
まあたまには回り道も悪くはない。
なんにしても1人ふえて3人。
友達がふえてるのは悪い気はしないものだな。