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23/23

23/奏デ終ワッテ

近江シュン。それがあの男の名前だ。


あの後冷静になった神田から事情をきくことができた。安西は、近江シュンに嫌がらせを受けていたらしい。


理由は告白を断られたから、もとから精神の不安定な人間だったらしい。後から色々な話をきいて知ったことだ。


奴は警察に逮捕された。手錠をかけられ、パトカーで連れていかれた。


奴に同情する気等ないが、後から分かったことなのだけど……奴の家は父親の虐待が酷かったらしい。


母親を殴りつけ、子供を殴りつけ、それが当たり前の日常はどんなものか……と想像した。


もう両親と会うこともないだろう俺とどちらがましか、と考えてしまう。


多分どちらがより最悪かなんて決めつけることが間違っているのだ。


俺にとっての最悪があるように、あいつにも違う形の苦しみや痛みや悩みがあったのだ。


それだけは、分かっている……


奴の気持ちが分かってしまう俺は奴と同類なのかもな。そんな考えたくない想像を振り払い、目の前で可愛らしく笑う彼女を見た。


「ねえねえ~聞いてる~? ねえってば~」


「ん? ああ悪い。よくきいてなかった」


安西は助かった。傷は急所をそれ、致命傷には至らなかったのが原因という一歩間違えば……という嫌な想像が脳裏をよぎる。


「退院したらみんなで遊びにいこ~って……言っていたとこだよ~。ねアズみん?」


「う、うんそうだねカナデ……」


ここは病院の一室。入院病棟。安西が運ばれた病院だ。彼女は今入院している。


致命傷ではなかったとはいえ、充分に当分の療養が必要な位には、傷を負ったのだ。


ましてや女の子。身体に受ける負担は計り知れない。


「ああ。いくらでも遊びに行けばいい。でもそれは怪我を治してからだ。無理してまた何かあったら困る……」


「あ~心配してくれてるんだ~。嬉しいよ~。可愛いなあ~」


そんな屈託のない笑顔に目が眩む。くそやばい可愛い。


「……うるさい」


「あ~照れてる~?」


「はっ? ばかそんなんじゃねえよ……何でお前に照れんだよ意味分かんねー」あははツンデレだ~。なんて言っていた。きこえないきこえない。誰がツンデレだ誰がっっ。


「……」


病室の隅に淡野の姿があった。制服姿。ブレザーにプリーツスカート。


ベッドの脇に椅子を置いて座っている神田も同じだ。学校帰りに俺達は安西の病院によっていこうという話しになったのだ。


勿論淡野も誘って、そういう話しを神田としたのだ。


事件は新聞に載った。そんなに大きな記事ではないが、そんなものだろう。誰かが死んだわけでもない。


そんな事件の注目度なんてたかがしれている。一人の高校生が、同じ高校生を刃物で刺した、でも一命を取り留めました良かったですね。そんなことが書かれていた。下手に大きな話しになっても困る。面倒なだけだ。


「ミズキ~会いたかったよ~寂しかったよグスン」


「私は別に……」


「え~ヒドいよ。ミズキは私のことキライ、かな?」


「……嫌いじゃないけど」


「わーい。ミズキが私のこと好きだって~ねえアズみん」


「良かったね」


「ち、ちょっと好きなんて言ってないっっ」


「え~じゃあ他に好きな人とかいるのかな?」


「……っっ??」


急に取り乱す彼女。あのときあんなにも冷静だった彼女がこんなことで赤くなっているのはなんか可愛かった。


赤くなって、というのは勿論前向きな意味でだ。


途方もなくポジティブで人間味のある、前向きな意味でだ。ほのかに朱がさした彼女は眼鏡を少し直して「もうバカ」なんて言っていた。


「淡野顔赤い。図星かよ」


少しからかいたくなった。するとその顔を更に動揺させてあたふたする。なんか面白い。


「ち、違うっっ好きじゃないからっっ!」


? 何が違うのだろう。誰を好きではないのだろう。まあいいか。


事件の話は今はあまりしない。そういう雰囲気になると気まずくなることがわかっているから皆それを避けているのだろう。


でも、今回の件で色んな物を得たし失ったと思う。あまりにも突然に想像も出来ないことが起こりすぎて、皆自分を偽る暇が無かったのだ。


それぞれの想いが交錯し、それぞれの気持ちが重なり合い、俺達は今ではどんな隠し事もしない強い絆を得た。


かけがえのない大切な繋がり。ほらあそこでもやっている。


神田が淡野の手を握っていた。あれから気持ち悪い位仲がいいのだ。女同士だということを考えてもやはり行き過ぎじゃないかと……


それぐらい心配する程にああやって寄り添いあっている。


別に仲が良いのはそれはそれでいいのだが……まあよしとしよう。仲が悪いよりはいいだろうから。


学校ではちょっとした有名人だ。俺達が事件に関わっていたという事実はあっという間に伝わってしまい、今でもたまに質問責めにあう。


特に俺達のクラスに事件の関係者が四人いるということで、その内に一人がまだ入院しているのだが、盛り上がる理由にいつでも食いついてくる奴らには格好の餌食だ。


暫くは大変だった。普段は誰とも口をきかない俺さえも記者会見のような質問攻撃にあったのだ。


安西が退院したときのことを考えたくはなかった。


…まあ平和的な悩みだとは思う。ついこの前自分が命の危機に晒されていたなんてことはもうよく思い出せない。


そういうことは忘れられるのが一番だ。……神田も自分がしようとしたことはさっさと忘れるのがいい。


人間なら誰でも過ちを犯すことはある。俺だってそうだ。重ねて言うが俺に誰かの間違いを正すなんて綺麗なことはできない。


出来てもそれはきっと誰かの真似事だ。外側だけなぞっただけにすぎない。


……それでもふと思う。こんな俺でも、こいつらと一緒なら何か違うことができるのではないか?


多分それは勘違いだ。自分に都合のいい錯覚だろ。それはそうだ、そうなのだけど……


たまには都合のいい想像に浸ってもいいじゃないか。


そんな風に思わないでもない。安西も、そんな俺で良かったらこれからも見ていてくれ。


俺はお前がやっぱり好きだ。だからいつかは彼女の唯一無二でいたい。


それはいつになるか……分からないけれど、まあその話はいずれ。


「もう帰るか、そろそろ帰ろう神田帰り一緒だろ」


「あ、うんちょっと待って……」


帰り支度をする俺達三人に安西が声をかけた。というか神田に声をかけた


「アズみん、少し話があるんだけと……ええと、その」


今、安西が神田に向かって片目を閉じて見せたのは……果たして気のせいだろうか。


気のせいじゃないにしても、それはどういった意味なのか。


神田が、分かったみたいな意味あり気な表情をしているのも果たして気のせいなのだろうか。


相変わらずこの二人にも強い絆は健在だった。すこし妬いたり、しなくもない。


「うん分かったよ。じゃあ悪いけど……××君は淡野さんと帰って。二人っきりで……ね」


何か含みあるような言い方だな。何か企んでいるのか。最近はろくな目にあっていないからな。


「まあいいけど……じゃあ行こうか、淡野?」


「……え? あ、ああ……うん」


何故かうろたえ始める彼女。さっきから変だぞお前。そんなに俺と二人きりが嫌か。だとしたら少し傷つくかもしれないが……


「じゃあな、二人とも……神田はまた明日学校で」


「うんバイバイ」


「明日も来てね~」


はいはい分かった分かった。明日も来てやるよどうせ暇だ。


そして俺達は病室を出た。淡野と二人きりで廊下を歩いた。


「……」


「……」


むう、なんで静かになってしまうのだろうか。淡野もしかして俺のこと嫌いなんじゃね?


何か悲観的な想像をしてみた。いやそうであって欲しくはないけれど、この前は……助けて貰ったのだから、やはり……


「淡野……」


「何……?」


「助かったよ……本当に」


「……別に、そんな……」


「いや、でもお前が居なかったらきっと神田は……」


取り返しのつかないことになっていただろう。そのことは俺と淡野だけの秘密だった。安西には言ってない。


それがいいと思ったからだ。それが神田の為だと、安西の為だとも思ったからだ。


知らなくてもいいこともある。悪い隠し事はしないが、良い隠し事は少し許して貰いたい。


きっと安西にも神田にも、知られたくないことの一つや二つあるはずだ。それはあいこということで……


「まあ、そうかもしれないけど」


「ああそう言えば、あの時なんで淡野まだ体育館に残ってたんだ? 部活終わってただろ。後なんか目とか赤かったのはあれ何で?」


ずっと引っかかっていた疑問。


「そ、それは……」


「それは?」


「……秘密」


がくっ秘密かよ。何でだよ。どうして秘密なんだろう。


「まあいいか」


「……」


そんな感じで俺達はエレベーターホールにたどり着き、下の階へ向かうエレベーターに飛び乗る。ここは四階だ。


中には誰もいない。密室に二人きり。別に変な想像はない。


「あ、あのさ……」


「何だ?」


心なしか……彼女の顔にまた朱がさしたような、恥ずかしがっているように見えた。まるで好きな人の前で上手く話せない女の子、みたいな。


いやまさか彼女に限ってそんな嘘嘘、嘘だ。そんなわけないだろう、はは面白い冗談だ。


エレベーターはどんどん下がる。下降する感覚が癖になりそうだ。


中々その感覚が終わらないような気がするのはどうしてだろう。不思議とその時間が長く思える。


息苦しい。そんな俺に近づいてくる彼女。ゆっくりと、ゆっくりと彼女の手が指が俺の顔に触れた。


「……淡、野」


「少しだけ……」


彼女の顔が近い。彼女の息が触れる。彼女の髪の毛からシャンプーの匂いがする。


どうしてそんな、ことをする。どうしてこんな、ことになる。


「おい……」


「好きだった……」


そう言った気がした。え? それはどういう、ざく、ざくざくざくズブズブズブズブ。


エレベーターの到着音がやけに遠く聞こえた。……


「安西奏のいないところへ……あなたを送る。私もすぐ行くからね。少し待ってて……」


そう言って血の気の引いた俺の唇を無理矢理奪って、その鉛色の突起物で、……


俺の人生、選択肢を間違え……終了。




bad end……

最後まで読んでいただいた人がいるか分からないのですけど……もし一人でもいるのなら、どうもありがとうございました。戯れ言使いです。


バッドエンド嫌いの方でしたらどうもすみませんでした。


これが私のやり方ですので、それでもいいという方はこれからもどうか戯れ言使いをよろしくお願いします。


なのですが諸事情により次作品及び現在連載中のもう一つの作品に関しましては、更新が遅れることになりそうです。気長に待ち続けてくれたら幸いです。


待ってくれる人が、いたらの話ですけれど……


それでは、戯れ言使いでした。またお会いできればよろしくお願いします。

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