22/絶対強者は狂わない
「はあっっ!!」
そんな力強い叫びが体育館に響き、そしてキーンと金属が弾き飛ぶ音がした。
後ろから飛んできた竹刀が神田の右手の包丁を正確に狙ったのだ。そんなことができるような奴を、俺は数える程しか知らない。
それに……今の声でもう分かるだろ。あいつだよあいつ。
包丁がカランカランと音をたてて転がる。神田は予想もしない攻撃を受けた右手を押さえて戸惑うばかり。
そして出口に立つ一人の少女を見て呆然とする。自分が何をしようとしていたのか分かっていないような顔で、ただ彼女を見つめる。
「うちの期待の新人に、手を出すのは許さないわ。それがだれでも、例えあなたでも神田さん……」
その目を赤く腫らして、淡野観月がそこにいた。その姿は堂々として勇ましい。
本当に、格好良いよなこいつ。
「あ、あたし……何を、して……」
途端に冷静さを失う神田。頭を抱えてその場にうずくまる彼女。自分が何をしようとしていたのかようやく気づいたのだろう。
その顔はもう見れたものではなかった。
そんな中、充満する異臭を物ともせず、広がる醜悪に怯みもせず、全てを見下ろし全てを理解し、……それでも彼女は取り乱すことなく強く立っていた。
「……淡野」
淡野観月はそこにいた。絶対強者は狂わない。どんな最悪にも呑み込まれず、どんな醜悪にも狂わない。なぜ、どうしてそんなに冷静でいられるんだ……
「淡野っっ安西がっっ……」
「分かってるわ」
「分かってるならどうしてそんなに冷静でいられるんだっっ……人が一人死にかかってんだぞっっ!!」
「分かってるわ……」
「分かってるならさっさと目を覚ませっっ……」
「目を覚ますのはあんたの方よっっ!!」
「……?」
彼女は悲痛な顔をして俺に訴えかける。
「……私血とか、そういうのは平気なの。そんなの見飽きたから……。いちいち驚いてたらきりがないんだから。私はほら、そういう家だし……」
そうか剣道道場。その家に生まれた彼女。こういう荒事は馴れたものか。
「何してるの……」
「何って……」
「早く救急車っっ!! 見たところ彼女の出血は急所を外れてるっっ。助かるっっ。だからさっさと目を覚ませっっ××っっ!!」
彼女の怒号にようやく我を取り戻し、携帯電話で救急車を呼ぶ。
その間淡野は神田を優しく抱きしめて慰めていた。「大丈夫、大丈夫だから……」と、そんな顔もできるんだな。やっぱりずるい。
電話をかけ終わり、俺は助けを呼ぶ為に体育館を後にする。ひたすら走り、歩いていた男性教師を見つけて事情を大まかに説明。
すぐにその異常さを理解してくれたらしく、俺を追い越して体育館へ向かってくれた。
救急車はすぐにきた。救急の人間がやってきて、安西を担架に乗せて運んでいく。
まだ淡野は神田の身体を抱きしめていた。まるで母親のように……「大丈夫、大丈夫」とやっている。
なんだ、お前にもできるじゃないか。誰かを救えるじゃないか。
ついさっきは救われる側だったくせに、お前にもできるじゃないか。
彼女はもう大丈夫だな。
こんな俺が言える事ではないけれど、それでもなにか、暖かいなにかが俺の心を満たしていた。
……それにしてもこいつは何だったんだ。俺の疑問はそれに尽きる。
あれから沢山の教師でごった返し、そして警察もやってきた。
あとは全て任せればいいか。今は彼女達のそばにいてやろうか。自分に何ができるとは思わないが、それでも、何かできると信じて……
こんな俺でも、彼女の力になれるだろうか……
できる限り、やってみることにする。




