第1話 お稲荷さんの自己紹介
新作始めました
そこは見渡す限り緑が広がり、空には赤と青の二つの月が浮かんでいるがそれ以外はどこにでもありそうな草原。
そんな何もない草原の中心、場所に似合わない格好の二人の少女が呆然と佇んでいた。
「………ふぇ?」
◇ ◇ ◇ ◇
ーー昔々ある所に貧しく、小さな村がありました。
その村は年中の日照りにより作物が実りづらく、村人はその日を生きるので精一杯の生活でした。
そんな貧しい村に金色の美しい毛を持つある一匹の仔狐が迷い込みました。
どうやら仔狐はお腹を空かせているようでかなり弱っている様子。そんな時、空腹に倒れてしまった仔狐を見つけた村に住む心優しき少女は仔狐のために自身の貴重な食料を分け与える事にしました。
その日を生きるのに精一杯にも関わらず倒れている自身を助けてくれたその少女の優しさに感銘を受けた仔狐は食料を分け与えてくれたお礼にその村の作物を不思議な力で瞬く間に実らせたのです。
村の作物を一瞬で豊かにした奇跡のような光景を見ていた村人は奇跡の力を持つ仔狐を豊穣の神として祀り、感謝の印として神社を建てることにしました。
それから時は流れ数百年、その神社は現在に至るまで大勢の人たちに親しまれ大切にされてきました。
そして、村人によって建てられた神社の初代巫女には仔狐を助けた心優しき少女が仕えたという。
◇ ◇ ◇ ◇
そこは田畑の豊作と一匹の仔狐に感謝の印として建てられた神社、その名も稲豊神社。
その神社には、ある豊穣の神の一柱が奉られていた。
皆のもの、妾の名はイヅナ。
ひょんな事から神をやっておるものじゃが、妾は元々小さなただの妖狐じゃった。だが、いつの間にやら千年以上も生きる狐の神として奉られるようになった。
千年以上も生きてるのだからと言って年寄り扱いはするのはよすのじゃ!
見た目は、若々しく。それはもうボン・キュッ・ボンのないすばでーなのじゃ。しかも、九本の尾と狐耳のおかげで可愛らしさと可憐さを両立しておるスーパー完璧ないすぼでーなのじゃ。
他の神々からは若作りのババァと言われておるがそんなもの気にすることはないのじゃ、天照大神様だって妾以上の歳なのにまだま……お、おぉ!? なにやら寒気がこの話はやめじゃ。
実際、イヅナが自信を持って言う通り容姿は大変に美しい。それは神々が羨ましがるほどに…
その肌は透き通るように白く赤子のように柔らかく、赤みを帯びたぷにぷにの頬は不思議な色気を感じさせ、光を浴びた艶めかしい金色の髪と九本の尾はまるで母なる大地に実る金色に輝く稲穂の様だった。
そんな妾が、飯の礼にと気まぐれに力を使ってしまったせいで……まさか神として何百年も崇め奉られるとは、あの時は思いもせんかった。……まぁ、悪い気はせんから構わんが。
ごほん、そんな豊穣神として崇め奉られている妾には代々巫女という名のお世話係がついておる。建前上、上下関係がある様に見えるが家族の様に皆親しい。
ん? もしや今、介護を受けておる年寄りと思ったやつがおるじゃろ! 妾はまだまだ若いわい!
そ、そんな妾に仕えてくれる巫女は甲斐甲斐しく妾の世話をしてくれるのは嬉しいんじゃがの、少々厳しすぎるというか…なんというか「イヅナ様ッ!」っと、来おったわ。
「イヅナ様ここに居られましたか。全くいつも言っているではないですか。洗濯物はしっかりと出しておく、食べたら食器は片付ける、お菓子は一日二つまで。それから……」
今、母親の如く説教してくるのは豊生ツバキ。稲豊神社、十四代目の巫女を務めておる娘じゃ。
適度に日に焼けた健康的な白い肌、長く綺麗に切り揃えられた艶々の黒髪、引き締まるような切れ長の目、まさに大和撫子と呼ばれるような美少女だ。
今でも十分に可愛いのだが、ツバキの小さい頃はそれはもう可愛くて可愛くて食べたいぐらい可愛かった。
ほんの少し前までは、妾の後ろをヨチヨチついて来たのに、それが今になっては妾に説教するようになるとは……別に嫌ってはいないんじゃよ、だがの……
「イヅナ様ッ! 聞いておられますか!」
「はひぃ〜〜」
妾、これでも何百年も生きてるのに………ぐすん。
ーーピコピコ、カチャカチャ、ピカピカァ!!
神社に併設されたイヅナが普段住んでいる居間でテレビに繋いでゲームをしていた。
千年以上も生きてきたイヅナの最近のブームはテレビゲームだ。
昔はテレビゲームといったものなく、竹とんぼやコマ、おはじき等でよく遊んでいたものじゃが、時代は移りゆくものじゃ。妾もその波に乗りゲームを少々嗜んでおる。
イヅナは千年という長い時間を生きているが、その精神は歳を重ね落ち着きを得た老人というよりかは、好奇心旺盛な幼子のようなもの、当然楽しくなると時間も忘れて遊んでしまいーー
「イヅナ様もしかしてまたゲームですか? ゲームは一日一時間の約束忘れていませんよね〜」
「ギクッ!」
「今、声でギクッて言いましたよね? まさかとは思いますが、私との約束……破ってませんよね?」
ーー子供が母親に怒られる様にツバキに叱られてしまう。
そんなイヅナを叱る彼女の背後には、笑顔なのになぜか鬼神が見えるような圧迫感を感じる。
ツバキはまだ14歳、この歳でその迫力………なんて恐ろしい子ッ!!
でも仕方ないのじゃ。ゲームってこんなにも面白いし一時間だけじゃ全然物足りないのじゃ。
それに今の世の中は平和になりすぎて少し刺激が足りんのじゃ。
何気ない日々を過ごしている二人だったが、今日は少しだけいつもと違った様子。
その日、世界中から集まった神々と会議という名の飲み会から帰ってきたイヅナが突如「妙な胸騒ぎがする」そう言い、なぜか今日は一緒に寝ようとツバキに言うのだ。
当然いつもの如く自分を揶揄うための冗談なのだとツバキは思ったが、いつもとは違うイヅナの珍しく真剣な表情に、流石にこれは冗談ではないのかも知れないと気づく。
「どうして胸騒ぎが起きたのですか?」
「妾にも何故このような胸騒ぎがするのかは分からぬ、が妾の感が告げてくるのじゃ。これから何か大変なことが起きるやもしれぬとな」
イヅナは正確な理由は分からないが大変なことが起きるというのだ、これはなんの冗談だ。
イヅナはこれでも歴とした神の一柱なのだ、神ほどのものが危険かも知れないと言う出来事。
果たして大陸全土を巻き込んだ大地震か、はたまた巨大隕石でも降ってくるのか、普通の人の感性しか持たないツバキには想像もつかなかった。
話を聞いたツバキはこれからの出来事に狼狽える。
「イ、イヅナ様本当に大丈夫なんですかッ!? 今すぐ周辺に避難を促した方がいいのでは!?」
「……いや、それはならぬ。今ここで街全体をパニックにしてしまえば問題が起きた場合、妾が対処できぬ。ここは妾が守護する土地じゃ、街の民には指一本触れさせはせぬッ!!」
民を守ると覚悟を決めた今のイヅナは、いつものダメなポンコツ狐ではない。神としての威厳が漂い、この神様ならばなんとかしてくれるというような安心感がある。
その様子を見ていたツバキもこれなら大丈夫だろうと、その時は思った。
ちょうどその時の時刻は夜の11時半ば。流石に夜も遅いので早速布団を準備して眠ろうとしたところ、なぜかイヅナも一緒に布団に入ろうとするではないか。
確かに一緒になると言っていたが……
あの時「街の民には指一本触れさせはせぬ!!」なんてカッコいい事を言い切った後なのに、このポンコツ神は寝ようとするのかと思ってしまう。
ツバキは一緒の布団に入ってきたイヅナに向き直り、両手でイヅナの顔をガシッと掴んで文句を言う。
「寝ててもいいんですか!? もし寝ている間に何か起きたら対処できるんですか?」
「ふぁいじょふじゃ! ふわぁ〜、寝てても…異変を感じれば……すぐ……に…起きれ…る……」
ツバキにそう言い切ると、イヅナは電源が切れたおもちゃのように眠りについた。身体は大人のくせして、まるで幼児のようではないか。
本当だろうかと疑いながらも、仕方ないのでイヅナを信じてツバキもイヅナの横で眠りについた。
その日の夜、稲豊神社で謎の光が立ち上ったという。
住民はどうせまたイヅナ様の仕業だろうと思い、まったく問題視しなかった。
この時、イヅナの部屋に確認しに来ていれば、異変を知らせに連絡すれば、気づけたかもしれないのに……
だがしかし、それも出来ないーーなぜなら既にイヅナは、この世界に存在しないのだから。
何かの違和感にイヅナは、ふと寝惚けながらも目を覚ます。当たりを見渡すといつもの部屋の中ではなかった。
そこは見渡す限り緑が広がり、時折透明で丸い者が跳ねている以外、どこにでもありそうな草原。
そんな草原の中心、場所に似合わない格好の二人の少女が突然現れた。
「……ふぇ?」
お読みいただきありがとうございました。
是非評価・コメントの方よろしくお願いします。
今後の参考にさせていただきます。