仙人の小品集
第一章
『町内観察』
我が家の側の家の壁に、『犬のフンは飼い主が始末して下さい!』と書かれた張り紙が貼られている。その張り紙の前の道端に、夜が明けると必ず、新しい犬のフンが落ちている。
『都会の狸』
夜に都会の住宅街でジョギングをしていたら、狸が走って私の前を横切っただ。一瞬ハクビシンかと思ったが、間違いなく狸だっただ。都会で狸を見たのは初めてで、私は珍しく思い、立ち止まって狸をまじまじと見ただ。
立ち止まって狸を見ていたら、狸も立ち止まり、『餌をくれるのか?くれちゃうのか?』という顔をして、私の顔を見てきただ。
ジョギング中で何も持っていなかったから、『何もあげないよ』という顔をしたら、狸は『んっだよっ!』という顔をして、団地の裏の方へと走り去って行っただ。その態度が都会の生意気な野良猫にそっくりで、可愛いげのない狸だっただ。
『強い名前』
先日、6歳の姪っ子がPSPを持って私に話し掛けてきただ。
「ねえ、たまごっちすぐに死んじゃうから、死なない強い名前つけて」
私は面倒臭いなあと思い、適当に「強い名前は、牙一族だよ」と答えただ。姪っ子は不服そうに「ええ~、牙一族う、たまごっちなんだから、もっと可愛い名前がいいよ」と言っただ。
私は面倒臭いなあと思いながら、「牙一族はね、北斗の拳っていう漫画のね、拳法の達人のね、ケンシロウとレイの二人掛りでも苦戦したほど強いんだから、牙一族にすればたまごっち死なないよ」と答えただ。姪っ子は不満そうに「もっと可愛い名前がいいよぉ」と言っただ。
私は考えるのも面倒だなあと思い、適当に「それじゃあ、キーバーだよ、キーバー」と答えただ。姪っ子は「ええ~、キーバーあ、あまり可愛くないなあ」と言って、渋々という顔をして、たまごっちの名前を「キーバー」にしただ。
昨日、姪っ子からメールが来ただ。メールには「キーバーにしたら、たまごっち長生きして、お見合いできた、ありがとう」と書いてあっただ。
私は姪っ子に「牙一族にすれば、たまごっち永遠に死なないよ」と返信してあげただ。
『先入観』
先日、友達と骨董市に行っただ。たくさんの骨董屋が出店していただ。陶器を多く扱っている店の店主の爺さんが、見るからにスケベそうな顔をしていただ。その店で盆栽用の鉢を見ていたら、中年の男性客が青色の壺を手に持って、「これはいつ頃作られたもの?」と店主に訊いただ。店主が微笑みながら、「江戸時代」と答えたのだが、私には、「エロ時代」と聞こえただ。
『俊敏な友』
この間、友達とラーメン屋でラーメンを食べただ。私は味噌ラーメンを食べて、友達は豚骨ラーメンを食べただ。その店の味噌ラーメンは酷い味で、友達に「豚骨ラーメンは美味い?」と訊いたら、友達は「豚骨の匂いが強すぎて超不味い」と言っただ。私も友達も完食せずに、ラーメンを半分近く残しただ。
帰る間際に、カウンターの右手から友達の前に大きなゴキブリが走って来て、箸立ての裏に隠れただ。友達はゆっくりと割り箸を手に持って、割り箸で素早くゴキブリを捕らえただ。私は笑って友達に、「すげえ、ジャッキーチェンの蛇拳の師匠みたいじゃん」と言っただ。
友達は『ラーメンが不味かった』という店主への意思表示に、捕らえたゴキブリを豚骨ラーメンの中に放り込んだだ。ゴキブリは豚骨スープの中で背泳ぎをしていただ。
私はそれを見て笑いながら、「ゴキブリの危険に対するIQは300以上なんだってよ」と友達に言っただ。友達は豚骨スープの中で必死に背泳ぎをしているゴキブリを見て笑いながら、「そうは見えねえな」と言っただ。
『ドライブ』
先日、友達と買い物を兼ねてドライブをしただ。友達が車を運転してくれて、私は助手席に座っていただ。大通りで信号待ちをしていたら、パトカーがサイレンを鳴らしながら前の車道を走って行っただ。私はそのパトカーを見て、「そう言えば、パトカーの色が白と黒なのは、白黒つけるって意味があるらしいよ」と友達に言っただ。彼はこの話に興味が無かったらしく、無表情で私に「君以外はみんな黒だよ」と言っただ。
私は彼に向けて両手でピースして、人差し指と中指を閉じたり開いたりしながら、真顔で彼に「確かに」と言っただ。そのとき信号が青に変わり、彼は私の『確カニ』に鼻で笑いながら、注意深く右を見て、左を見て、ニヤニヤと笑いながら、注意深く車を走らせただ。
『鳥様』
十姉妹のオスを一羽だけ飼っているだ。この十姉妹は10年も生きているのに、亡くなるどころか、老ける気配も全くないだ。以前はこの十姉妹のことを「鳥くん」と呼んでいたのだが、不老不死のように思えるようになった最近では、敬意をもって「鳥様」と呼ぶようになっただ。
今日、鳥様が止まり木に止まって退屈そうに窓の外を眺めていたので、構って差し上げようと思い、鳥籠の外から鳥様に向けて手を伸ばしたら、鳥様は体だけを手から遠ざけるように傾けて、顔だけを私に向けて、『うぜえな、なんだよ』という顔をしただ。
10年も世話をしてきた飼い主に、こんな態度をとる十姉妹が他にいるとは思えないだ。やはりこの十姉妹は、並みの十姉妹ではなく、仙人ならぬ仙鳥なのかもしれないだ。
『初恋の結末』
小学三年生のとき、クラスメイトのボーイッシュの女子に恋をしただ。クラス会でその子がインディアンのコスプレをして、頭にカラフルな鳥の羽を付けて、快活にダンスを踊っている姿が、輝いて見えて恋に落ちただ。
私はその子と親しくなりたいと思い、その子に話し掛けることにしただ。その子は小沢という苗字で、女子たちから「おざ」と呼ばれていたから、休憩時間にその子のもとに行き、「ねえ、おざぁ」と話し掛けただ。そうしたらその子が目を吊り上げて「なんでお前がおざなんて呼ぶんだよ!気持ちわりいな!」と言って、私の太ももに思い切り前蹴りを入れてきただ。
その蹴りが本気の蹴りで、太ももが本当に痛かっただ。おまけに好きな子から「気持ちわりい」と言われて、心も深く傷付いただ。心も体も傷付けられて、私はそれ以来、ボーイッシュの女性がトラウマになっただ。
『古書店での思い出』
若いときに、古書店でアルバイトをしていただ。お客があまり来ない平日の昼下がりに、二十歳〈ハタチ〉くらいの可愛い女性が来店しただ。
『可愛い子だなあ』と思って彼女を見ていたら、彼女は成人漫画のフロアに入って行っただ。『そっちは成人漫画だよ、少女漫画のフロアは右だよ、間違えて入っちゃって、可愛いな』と思いながら、買取りをした本を雑巾で拭く作業を一人でレジでしていただ。
暫くしたら、彼女が成人漫画を二冊持ってレジに来ただ。私は内心ドキドキしながら、平静を装って、成人漫画を受け取っただ。二冊とも、凌辱系の、過激な内容の漫画だっただ。その過激な漫画の表紙を見て私は一層ドキドキしながら、何も思っていない風を装って、「千二百円になります」と言っただ。彼女はゆっくりと、落ち着いた感じでバッグから財布を取り出して、乳白色の綺麗な手で財布からお金を取り出しただ。
『彼女は恥ずかしそうな顔をしているだろうから、顔を見たら悪いな』と思い、故意に彼女の顔を見ずに、彼女の綺麗な手と財布を見ていただ。彼女が私にお金を差し出した際に、彼女は口元に艶かしい笑みを浮かべて、私を挑発するように、上目遣いに真っ直ぐに私の目を見てきただ。私は自分の心臓が激しく鼓動しているのを感じただ。その鼓動を彼女も気が付いているように感じただ。私は必死に平静を装って、彼女からお金を受け取って彼女に成人漫画を渡しただ。彼女は成人漫画を受け取ると、また私を挑発するように、艶かしく微笑みながら、流し目で私の目を見てきただ。
彼女は成人漫画をバッグに入れて、淑やかな歩き方でゆっくりと店を出て行っただ。この出来事は二十年以上も昔のことだけれども、彼女の艶かしい微笑みと流し目が、未だに私の心に色褪せることなく残っているだ。
第二章
『下町の靴屋』
地元の下町の商店街に、古びた小さな靴屋があるだ。その靴屋の店主のおじさんに、「以前に店頭に1280円のスニーカーがありましたけど、あれはもう無いですか?」と訊いただ。おじさんは残念そうな顔をして、「あれは今は無いんだよなあ、あれがいいの?」と言っただ。私は「仕事で履くので、安いのがいいんです。安くて白のスニーカーなら何でもいいんです」と言っただ。
おじさんは、「明後日に来れるかな? 明後日でよければ仕入れておくよ」と言っただ。私は「大丈夫です、ただ、仕事で履くので、色が柄物とかではダメなんです。白でないとダメなんです」と言っただ。おじさんは微笑んで「オーケー、白ね、分かった」と言っただ。
二日後にその靴屋に行くと、店主のおじさんが退屈そうに店頭に立っていて、私の顔を見て嬉しそうに微笑んだだ。そして『入荷したよ』という風に小刻みに頷いて、店の奥に入って行っただ。暫くして、おじさんが靴の箱を持って店の奥から出て来ただ。おじさんはその箱の中から、幼い子供が履くような、銀色のスニーカーを取り出して、微笑みながら私に「特別に千円でいいよ」と言っただ。そのとき私は、沁々とこう思っただ。
『自分は総合格闘技をやっていなくて本当によかった。総合格闘技をやっていて、力が強くて、フロントチョークの決め方を知っていたら、自分は間違いなく、刑務所送りになっていただろう』
幼い子供が履くような、側面がビニール製の、銀色の靴を見せられた私は、沁々とそう思っただ。
『若い女子』
休日に近所の神社に参拝に行っただ。小春日和で心地のよい天気だっただ。この神社の本殿には大きな鈴が一つあって、その鈴に、白と、青と、緑と、黄色と、ピンク色の五つの紐が付いているだ。
女子大生らしい女子が五人で連れ立って、この神社に参拝に来ただ。五人が御賽銭箱に御賽銭を入れて、一人が「鈴をみんなで一緒に鳴らそう」と言っただ。みんな笑顔で「うん」と頷いて、色の違う紐を五人で一本ずつ持っただ。
鈴を鳴らす前に、白の紐を持っている女子が、隣の女子がピンクの紐を持っていることに気が付いて、「わたしピンクがいい!」と言っただ。その女子が笑いながら、隣の女子からピンクの紐を奪おうとしただ。それを見た他の女子の全員が、「わたしがピンク!」「わたしだよ!」「ピンクはわたし!」「絶対わたし!」と言って、ピンクの奪い合いになっただ。その奪い合いで鈴がガランガラン、ガランガランと鳴りまくって、「わたしがピンク!」「ピンクはわたし!」「わたしだよ!」「わたしだってば!」とお祭り騒ぎになっただ。
私はそれを側で見ていて、『若い女子が集まると何でこうなるんだろう?』と、面白く思っただ。たぶん、これを見ていた神様も、笑っていたと思うだ。
『アイヤー』
私が中学二年生のとき、社会科の男性教師が夏休み明けの最初の授業で「先生は夏休みの間に6ヵ国を旅してきました。今日はその旅の話をします」と言って、その旅の話をしただ。
「この旅で先生が一番楽しみにしていたのが、中国人のアイヤーという言葉を、中国で生で聞くことでした。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインを訪れて、最後に中国に行きました。万里の長城などの名所を回っている間には、アイヤーを聞くことができませんでした。帰国する時間が近づいて、諦め掛けていた時に、帰国する間際に入った中華料理屋で、思いがけず生でアイヤーを聞くことができて、先生は感激しました。先生が代金を払った時に、受け取ったお釣りが少なかったので、『お釣りが少ないです』と言うと、店員が今度はお釣りを少し多く渡してきたので、『今度は多いですよ』と言ったら、店員が右手を頭に当てて『アヤー』と言ってくれました。日常会話の中で生でアイヤーを聞くことができて、先生は本当に感激しました」と語っただ。この話を聞いた生徒の全員が大笑いしただ。
その社会の次の授業が体育で、校庭でバレーボールだっただ。私がバレーボールのネットのワイヤーを上下に揺すり、皆に聞こえるように「ワイヤー」と叫んだら、生徒の全員が笑っただ。私の側にいたE君が、笑いながら、ふと疑問に思ったらしく、私に「バレーボールは、なんでバレーボールっていう名前なの?」と訊いてきただ。私はその理由を知らなかったから、「バレーがボールになったからだよ」と冗談を言っただ。E君はその冗談がツボにハマったらしく、腹を抱えて笑っただ。E君は腹を抱えて笑いながら、「なんでテニスっていう名前なの?」と訊いてきただ。私はその理由も知らなかったから、「テニがスになったからだよ」と答えただ。E君はまた腹を抱えて笑っただ。E君が腹を抱えて笑っていたら、体育の男性教師が私たちのもとに走って来て、E君と私の頭を思い切りひっぱたいただ。私が右手を頭に当てて、E君の目を見て小声で「アヤー」と言ったら、E君は声を殺して涙を流して笑っただ。
『無邪気な子供』
我が家の側に国際学校があるだ。その学校にはフランス人などの外国人の子供が通っているだ。先日に川沿いの遊歩道を歩いていたら、前方の右手の国際学校の校庭から、「こーんにーちはー」と数人の女の子の声が聞こえただ。
その国際学校は、遊歩道に面している3メートル程の高さの石垣の上にあり、前方の石垣の上を見上げたら、校庭のフェンスの前に金髪の女の子が5人くらい立っていただ。その女の子たちは、遊歩道を歩いているお爺さんを見下ろしながら、笑顔でお爺さんに手を振っただ。お爺さんは微笑んで女の子たちに手を振って、「こんにちは」と挨拶をしただ。女の子たちは無邪気に微笑みながら、お爺さんに手を振り続けていただ。
そのお爺さんの少し後ろを、犬を連れたお婆さんが歩いていただ。お婆さんが女の子たちの前まで来たら、女の子たちはお婆さんに、「こーんにーちはー」と挨拶をして、笑顔でお婆さんに手を振っただ。お婆さんも微笑んで女の子たちに手を振って、「こんにちは」と挨拶をしただ。
私は歩きながらその光景を見ていて、『自分があの女の子たちの前に行った時に、女の子たちが自分には挨拶をしてくれなかったら、なんか嫌だな』と思っただ。そう思いながら、女の子たちの前まで歩いて行くと、女の子たちは元気な声で、「こーんにーちはー」と私にも挨拶をしてくれただ。そして無邪気に微笑んで、私に手を振ってくれただ。
子供が苦手な私は、子供と接することにも、子供と朗らかな挨拶を交わすことにも、全く慣れていないので、物凄く不自然に、硬い調子で女の子たちに、「こんにちは」と挨拶をしただ。その直後に女の子たちは手を振るのをやめて、全員顔を引きつらせただ。女の子たちは変質者を見るような目で、私の顔をじっと見てきただ。遊歩道を歩いている人達に、楽しそうに、無邪気に挨拶をしていた女の子たちが、私の挨拶を受けて、顔を引きつらせたことに、私はとてもショックを受けただ。この事があって以来、私はこの道は、昼間には通らないことにしただ。
『自動車教習所の思い出』
若いとき、自動車教習所に通っただ。路上教習のある日の午後、歯科医院で奥歯の治療を受けてから、教習所に行っただ。路上教習を受ける為に、教習所で教習車の助手席に座って、教習が始まるのを待っていただ。その時に、治療した奥歯の被せ物の高さが少し高いような感じがしたので、高さが合っているか確かめる為に、奥歯をカチカチと噛み合わせていただ。
私が乗っている教習車の前方に中央分離帯があり、その分離帯の中に男性の教官が二人いて、缶コーヒーを飲みながら、立ち話をしていただ。教習開始のチャイムが鳴って、分離帯にいた教官の一人が、私が乗っている教習車に乗って来ただ。
教官は運転席に座るなり、充血した目で私を睨み付けて「ガム出せ!」と言っただ。私は驚いて、動揺して「ガムなんて噛んでません」と答えただ。教官は正面を向いて深呼吸をして、怒りを抑えながら、「ガムを出せ」と言っただ。私は「ほんとうに噛んでません」と答えただ。教官は教習の合格のハンコを捺す為の教習カードを私から無言で奪い取って、そのカードにクリップで止めてある、その日の教習で乗る教習車の番号が書かれた小さな紙を取り、その紙を人差し指と中指で挟んで私の顔の前に突き出しただ。そして静かな声で「今日は特別だ、この紙にガムを出せ」と言っただ。私は『しつこい奴だなあ』と思いながら、「本当に噛んでません」と答えて、口を大きく開けて口の中を見せただ。
教官は私の目を睨み付けながら「呑み込んだだろ」と言っただ。私は首を左右に振って、「呑み込んでません、ガムを噛んでません」と答えただ。教官は正面を向いて、深呼吸をして、無言で車を発進させて、教習所の外に出て、運転を私と代わっただ。その日の教習では教官が「次を左」としか言わず、五十分間、教習所の周りをぐるぐると回っただ。そして教習を終えて教習所に戻ったら、教官は教習カードに「教習態度に問題あり」と書き、教習カードに合格のハンコを捺さずに、教習カードを私に投げ渡して、無言で車から降りて行っただ。
『ネクラのM君』
私が子供の頃、『シーモンキー』という生物が流行っただ。シーモンキーは体長が1センチ程で、深海エビのような姿をしているだ。シーモンキーは砂粒のような卵を水に入れると孵化する生物で、袋に入ったシーモンキーの卵がオモチャ屋などで売られていただ。
私が中学三年生のとき、学校で私が友達に「今度の日曜にデパートに服を買いに行かない?」と誘っただ。友達が「いいね、行こうよ」と答えたら、私の側にいた男子たちが、「俺も行く」「俺も行く」「俺も」「俺も」と言って、その場にいた男子たちも、デパートに来ることになっただ。
日曜に公園で待ち合わせをして、10人くらいの男子が集まっただ。私が全く話したことのない、ネクラのM君も来ていただ。M君はおとなしい性格で、M君が学校ではしゃいだり、騒いだりしているところを、私は一度も見たことがなかっただ。
デパートに着いて、私たちは服を買う為に洋服売り場に行っただ。けれども、中学三年生の私たちは、すぐに服を見るのに飽きてしまい、早々に服の物色をやめて、オモチャ売り場に行くことにしただ。
オモチャ売り場には無料で遊べるファミコンがあり、みんなでファミコンの野球ゲームをして遊んだだ。2チームに分かれて対戦をして、盛り上がっただ。ネクラのM君はチームに入らずに、一人でオモチャ売り場をうろうろしていただ。みんなが野球ゲームで盛り上がっていたら、ネクラのM君が、オモチャ売り場の端の方から、私たちに向かって叫んだだ。
「みんなーっ! すごいよーっ! 来てみなよーっ! シーモンキーが交尾してるよーっ! シーモンキーが交尾してるよーっ!」
私たちがM君の方に目を遣ると、M君は満面の笑みを浮かべて、シーモンキーの入れられた水槽を見ていただ。私たちは恥ずかしくてM君を無視しただ。私たちが無視をしていたら、M君は更に大きな声で、「ねえーっ! 見てみなよーっ! すごいよーっ! シーモンキーが交尾してるよーっ!」と叫んだだ。他のお客たちが軽蔑するように、M君のことを見ていただ。私たちは恥ずかしくて、誰もM君の所へは行かなかっただ。M君は凄いサーカスでも見ているかのような表情で、楽しそうに、食い入るように、シーモンキーの入れられた水槽を見ていただ。ネクラのM君が楽しそうに、はしゃぐように、大声を出しているところを見たのは、それが最初で最後だっただ。
『バラの香る道』
我が家の側の緩かな坂の頂に、西洋風のお洒落な喫茶店があるだ。その喫茶店の店主が店頭にバラをたくさん植えていて、店頭に一年中バラの花が咲いているだ。その店主は店の前の歩道の植え込みにも勝手にバラを植えていて、その植え込みにも一年中バラの花が咲いているだ。
先日その歩道を歩いていたら、一羽の鳩が餌を探して歩道を歩いていただ。丁度そこを通り掛かった爺さんが、手に持っていたピーナッツの袋からピーナッツを一粒取り出して、鳩の前に投げてあげただ。鳩は嬉しそうにピーナッツに走り寄り、勢いよくピーナッツをついばんだだ。鳩はピーナッツを口に含むと同時に「こんなかてえもん食えるかーっ!」というような顔をして、ピーナッツを思い切り爺さんの足元へ吐き出しただ。
それを見た爺さんは勝ち誇ったような陰険な笑みを浮かべて、ピーナッツを食べながらその場から立ち去っただ。その日もその歩道の脇の植え込みには、たくさんの美しい白いバラの花が咲いていただ。
『驚愕の返答』
私がこれまでに聞いた人の返答の中で、衝撃を受けた返答を五つ紹介するだ。
其の一 熱帯魚のグッピーをたくさん飼っていた友達が、淡水魚で大型魚のアロワナを買ったと言っただ。彼の狭い部屋には水槽が一つしかなかったので、「グッピーはどうしたの?」と訊ねたら、彼は微笑んで、こう答えただ。
「邪魔になったから、全部トイレに流した」
其の二 私の友達の女性が、「うちに猫がいるんだけどさあ、ダメ猫でさあ、台所にネズミがいるのに、捕まえてくれないんだよ。どうしたらいいかな?」と言っただ。私は「今は粘着式の良いネズミ捕りがあるから、それを仕掛ければ?」と答えただ。彼女はそのネズミ捕りを仕掛けると言っただ。後日に彼女に「ネズミ捕りどうだった?」と訊ねたら、彼女は呆れたように、こう答えただ。
「猫が掛かっちゃった」
其の三 職場に新しく入ったバイトの若者に、家はどこかと訊ねたら、彼は「◯◯駅の側です」と言っただ。私が「ああ、◯◯駅の側にはXX公園があるでしょ、あの公園は幽霊が出ることで有名なんだよね」と言ったら、彼は驚いた顔をして、こう答えただ。
「え、そうなんですか? 俺は怪談とか興味がないので、その話は初めて聞きました。あの公園は以前はトラック専用の駐車場だったんですけど、公園を造るときに地面を掘り起こしたら、人の死体が三体も出てきたんですよ。地元ではその話の方が有名ですよ」
其の四 友達の家に遊びに行ったら、彼の部屋に御札がたくさん貼ってあっただ。私は驚いて、「なんでこんなに御札が貼ってあるの?」と訊ねただ。彼は苦笑して、こう答えただ。
「この前ね、友達と鎌倉の心霊スポットのトンネルに行ったらね、着いて来ちゃったみたいでねえ、夜に寝ていて目を覚ましたら、目の前に女の顔があったんだ。驚いてさ、走って姉貴の部屋に行って、姉貴を起こしてその夜は姉貴の部屋で寝たんだ。ついてきた霊がまた出たら怖いからさあ、神主さんにお祓いをしてもらって、部屋に御札を貼ってもらったんだ」
其の五 私の趣味の一つが骨董収集で、骨董好きの友達に「池袋で骨董市があるから行こうよ」と誘ったら、彼は行かないと答えただ。私が「何で?」と訊ねたら、彼はこう答えただ。
「二ヶ月前に骨董屋で毘沙門天の木像を持った時にね、手を滑らせてその木像を落としちゃったんだ。五万円もするその木像の左腕が折れちゃってさ、弁償でその木像を買い取ったんだ。その三日後にね、バイクで事故ってね、左腕を骨折したんだ。タイミングがタイミングだけにさ、偶然だと思えなくてさ、仏像とか、人形とかを触るのが怖くなっちゃったんだ」
第三章
『火の玉』
先日、友達のお姉さんが火の玉を見たと言っただ。夜の七時頃に職場から家に帰る途中に、上野公園の不忍池〈しのばずのいけ〉の畔の道を歩いていたら、火の玉が一つ、池の上をふわふわと飛んでいたと語っただ。火の玉は水上1メートル位の空中を1分近くふわふわと浮遊していて、急に池に落ちて消えたと語っただ。
この話を聞いた私は、火の玉を見たいと思い、後日の夜に、ビデオカメラを持って一人で不忍池に行っただ。不忍池の畔には、古いお寺と墓地があり、広い池には葦が生い茂っていて、岸際では数隻のボートが波に揺られて「キイィ、キイィ」と不気味な音を立てていて、暗い池の沖では時折カモが鳴いていて、いかにも火の玉が現れそうな雰囲気だっただ。
私は池の畔のベンチに座り、夜中の暗い池を見ながら、火の玉が現れるのを待つことにしただ。季節は晩秋だったのだけれども、その日は夜が更けたら真冬並みに寒くなっただ。一時間程ベンチに座ってじっとしていたら、体の芯まで冷えきってしまっただ。『いつ現れるか分からない火の玉を待つのは、温かい日でないと辛いな』と思っただ。
私は寒さに耐えられなくなり、温かい缶コーヒーを買うことにしただ。売店の側の自販機が並んでいる所に行くと、紙コップ式の自販機があっただ。その自販機で温かいカフェオレを買っただ。その温かいカフェオレが、至福を感じるほど美味しかっただ。温かいカフェオレが冷えきった全身に染み渡り、本当に感動するほど美味しかっただ。
その美味しいカフェオレを飲みながら、その後一時間近く、火の玉が現れるのを待ったけれども、残念ながら、その日は火の玉は現れなかっただ。けれども、至福を感じるカフェオレを飲みながら、火の玉が現れるかもしれないと、始終ワクワクすることができて、カフェオレ代の百円だけで、とても有意義な時間を過ごすことができただ。
『新築アパートの怪』
我が家の側の長年空き地だった場所に、二階建てのアパートができただ。そのアパートはお洒落な外観で新築ということもあり、すぐに全ての部屋が入居者で埋まっただ。けれども、一階の角部屋に入居した若い女性が、入居して三週間と経たない内に、なぜかその部屋から引っ越しただ。その女性が引っ越して一ト月ほど経った頃に、その角部屋に若い男性が引っ越して来ただ。彼はその部屋に入居した翌日に、窓際に色々なフィギュアを並べていただ。その様子を見た私は、彼はその部屋が気に入っているように感じただ。けれどもなぜか、彼も入居して二ヶ月ほど経った頃に、その部屋から引っ越しただ。その部屋の入居者が立て続けにすぐに引っ越したので、私は『なんですぐに引っ越したのだろう?』と、不思議に思っただ。
二番目に入居した男性が引っ越してから、暫くの間、その部屋は空き部屋になっていただ。そんなある日、私は隣街に住む友達と会う約束をして、彼が夜の11時にバイクで私の家に来てくれただ。私が彼に話すことがあり、我が家では病身の母が寝ているので、私たちは近所の公園に行くことにしただ。公園に向かって二人で歩いている途中に、彼が突然こんなことを言い出しただ。
「そう言えばさっきね、約束の時間よりも少し早く着いたから、コーヒーを飲んで一服しようと思ってね、あそこの自販機にコーヒーを買いに行ったんだけど、その時そこのアパートの窓の所から、何とも言えない不気味な声で、うふふふふ、うふふふふって、女が笑っている声が聞こえてきたよ。あそこの自販機でコーヒーを買っているときも、その笑い声が聞こえてきたよ」
彼はそう言って、例のアパートの角部屋の窓を指差しただ。私は彼に「あの部屋は入居者がなぜかすぐに引っ越すんだよ。この間も入居者が引っ越して、今は空き部屋になっているんだよ」と教えてあげただ。彼は空き部屋から女の笑い声がするはずがないと思ったらしく、急に顔色が真っ青になり、「で、出るんだね…」と呟いただ。
私は小学六年生の時に、この街に引っ越して来たのだが、昔からこの街に住んでいる友達に、このアパートの一連の出来事を話したら、彼がこんな話をしてくれただ。
「あのアパートのある場所は、昔は平屋の一軒家があったんだけど、その家に一人で住んでいた女が精神病を患って、その家で首吊り自殺をしたんだよ。その後にその家に住む人がいなくてね、その家が取り壊されて、ずっと空き地になっていたんだよ」
彼からこの話を聞いた私は、夜にこのアパートの前の道を通ることが、本当に怖くなってしまっただ。
『霊感』
私はウサギのメスを一羽飼っているだ。このウサギは感受性がとても豊かで、ケージに入れると露骨に悲しげな表情をするだ。その悲しげな表情を見たくないので、私はこのウサギはケージに入れずに、自室で放し飼いにしているだ。ウサギは前歯を研ぐ為に物を噛む習性があるので、家具などを噛まれないように、ウサギが好んで噛む御座を部屋に置き、ウサギにはその御座を噛ませるようにしているだ。部屋の隅にウサギ用の毛布を置いてあげていて、ウサギは昼間は大概その毛布の上で休んでいるだ。夜に私が就寝すると、ウサギは必ず私の布団に乗って来て、夜間はいつも私の横で寝ているだ。
先日の夜、自室で寝ていた私は、深夜に人の気配を感じて目が覚めただ。誰かがドアから忍び入るように、私の部屋に入って来たように感じただ。私は泥棒ではないかと思い、すぐにドアの方に目を向けただ。しかし、ドアが開いた形跡はなく、辺りには誰もいなかっただ。けれども、薄暗いドアの前に、確かに人のいる気配があっただ。その気配は間違いなく男性で、彼は私の部屋の中の様子と、私を見ているようだっただ。その視線もはっきりと感じただ。彼のその気配から、彼は色情霊のような感じがしただ。(色情霊とは、色欲を強く持っている為に、肉体のあるこの世に未練があり、成仏できずにこの世を彷徨っている霊のことで、浮遊霊とも呼ばれているだ)
彼のその気配には、殺気や悪意のようなものは無く、私は彼に恐怖は感じなかっただ。けれども、姿の見えない者に見られていることが気味悪く、私は彼を忌まわしく思い、怒りを込めて彼に向けて念を送っただ。
『こんな所に来ても何もないぞ! 帰れ!』
そのとき私の横で寝ていたウサギが彼の存在に気付いたらしく、突然飛び起きて彼のいる方を凝視しただ。そして怯えて一散に部屋の隅へと逃げて行っただ。部屋の隅へ逃げたウサギは後ろ足で床をドンドンと叩き、大きな音を立てて彼を威嚇しただ。その音に驚いたのか、彼はドアの向こう側へと後退するように、ゆっくりと、スーっと私の部屋から出て行っただ。
『私が見た幽霊』
私は幼い頃、築五十年の非常に狭いアパートに家族四人で住んでいただ。寝る時は家族四人分の布団を狭い部屋に隙間なく並べ、家族で並んで寝ていただ。家族が寝る場所は決まっており、部屋の奥に父、父の横に母、母の横に兄、兄の横に私が寝ていただ。
私が六歳の時の夏の夜、私は明け方近くにふと目が覚めただ。突然目が覚めたのにも拘わらず、眠気が全くなく、意識がはっきりしていただ。私は妙に意識が冴えていることを不思議に思いながら、暫く薄暗い天井を見ていただ。その時に、私は部屋の奥に何かの気配を感じ、部屋の奥に目を向けただ。すると、父が布団の上に正座をして、湯飲み茶碗で熱いお茶を啜るようにして飲んでいただ。
私の母がお茶が大好きで、枕元にいつもお茶を置いており、父と母が寝る前にお茶を飲みながら、話をしているところをよく見ていた私は、父が正座をしてお茶を飲んでいる姿を見ても、不思議だとは思わなかっただ。父がお茶を飲んでいるところを見た私は、自分もお茶が飲みたくなり、四つん這いで父のもとに行き、「僕にもお茶ちょうだい」と言って、父が持っている湯飲み茶碗に手を伸ばしただ。そして湯飲み茶碗を握った瞬間に、湯飲み茶碗がサッと掻き消えただ。湯飲み茶碗を握ったはずの私の手には、空気を握ったような感覚があっただ。私は驚いて咄嗟に父の顔を見ただ。すると、その人物は、父に似てはいるけれども、全く知らない男性だっただ。その男性は顔が青白く、少し俯いていて、寂しげな表情をしていただ。その男性の顔を見て私が驚いた瞬間に、その男性の姿がサッと掻き消えただ。私は驚いて、父の存在を確かめる為に、父の枕の方に目を遣っただ。父は枕に頭を乗せて、平常通り眠っていただ。
私は恐ろしさのあまり全身に力が入らなくなり、這うようにして自分の布団に戻っただ。私は布団の中に潜り込んで、『今見たのはいったい何だったのだろう?』と怯えながら、暫くの間震えていただ。その内に、いつの間にか私は眠ってしまっただ。
夜が明けたその日は盆の入りだったため、その日の午後、私と兄は母に連れられて、法要の行われる祖母の家に行っただ。祖母の家では、位牌や供物などが並べられたテーブルが仏壇の前に置かれていて、お坊さんにお経を読んでもらう準備がされていただ。その仏壇の前のテーブルに、私が明け方頃に見た男性の写真が置かれていただ。私は驚いて側にいた祖母に、「この人は誰なの?」と訊ねただ。
その男性は私の祖父で、戦争に行って亡くなったのだと、祖母が教えてくれただ。祖父は戦闘で亡くなったのではなく、シベリアの極寒の地で、食料と飲み水が無くて亡くなったのだと、祖母が話してくれただ。その話を聞いた私は、子供心に、『祖父が熱いお茶を飲んでいたのは、温かいお茶が飲みたいと、僕に伝えたかったからなのかな?』と思っただ。
そう思った私は、祖父のお墓参りに行った時には、必ず、水ではなく、温かいお茶を手向けるようにしているだ。
『謎の声』
私が小学五年生のとき、夏休みに数人の友達とザリガニを捕りに隣街にある池に行っただ。私が池の縁にしゃがみ込んで、池を覗いてザリガニを探していたら、背後から「おいで」と男性に呼ばれた気がしただ。私は立ち上がって後ろを振り返り、辺りを見回したけれども、辺りには友達以外には誰もいなかっただ。それでも確かに誰かに呼ばれた気がした私は、背後の林が何となく気になっただ。私はその林に入ったことがなかったので、『この林の奥には何があるのだろう?』と好奇心が湧き、歩いて林の中に入って行っただ。
蝉の鳴き頻る中、道が無く雑草の生い茂っている林の中を歩いて行くと、正面に高い崖があり、急勾配の石段が崖の頂へと続いていただ。その石段を見た私は、『ここには道が無いのに、なんで石段があるのだろう?』と、少し不思議に思っただ。その石段は人が一人通れるくらいの狭い石段で、崖の頂まで真っ直ぐに続いていただ。私はその崖の頂を見上げ、『あの崖の上には何があるのだろう?』と思い、崖の上が見たくなり、石段を上ることにしただ。
急勾配の狭い石段を上っていると、辺りでは多くの蝉が鳴いているのに、その石段のある崖は、不思議と静まり返っているように感じただ。(私が小学五年生の時は、音の反響の知識が無くて分からなかったが、音楽室の小さな穴の空いている壁が音を吸収するように、凹凸の多い崖が音を吸収していたのだと思うだ)
長い石段を上りきると、造られたばかりの墓地があり、その墓地の中央に、新しいお墓が一つだけ建っていただ。そのお墓を見た瞬間に、私はそのお墓に見られているような感じがし、寒気がして全身に鳥肌が立っただ。私は怖くなって石段を急いで駆け下りて、走って友達のいる池に戻っただ。
もしかしたら、その新しいお墓に埋葬された死者の霊が、他にお墓も無く、寂しかったので、私を呼んだのかもしれないだ。
『奇妙な話』
昨年の夏、私の祖母が亡くなっただ。九十五歳だっただ。祖母は火葬場で焼かれて少量の灰になっただ。火葬場の職員が祖母の遺灰をステンレスのトレイに乗せて、私たち親族に遺灰を見せながら、「これが顎の骨ですね、この金具は手術で足に嵌めた金具ですね、この金具は取り除きますね」などと遺灰の説明をしただ
職員が説明を終えて小さなホウキで遺灰をトレイの隅にかき集めたら、伯父が祖母の眼鏡を骨壺の中に入れようとしただ。それを見た職員が「遺品は遺灰を入れた後に入れてあげてください」と言っただ。職員が全ての遺灰を骨壺の中に入れた後に、伯父が祖母の眼鏡を骨壺の中に入れただ。私はそれを見て、『祖母はもう目も無いんだから、眼鏡を入れたって無意味だろ』と思っただ。
それから早一年が経っただ。先日、私が職場の休憩室で昼食を食べていたら、パートの中年女性が四人で連れ立って、休憩室に入って来ただ。彼女たちは話しながら椅子に座り、話しながら昼食を食べ始めただ。その内の一人のAさんが、休憩室の窓から見える向かいの廃墟の病院を見て、「あの廃墟の病院、絶対に何かいるわよね」と言っただ。
Bさんが「幽霊は絶対に出るわよね」と言っただ。
Cさんが「夜に一人であの病院に行ったら百万円くれるって言われたら、行ける?」と言っただ。
Aさんが「絶対に行けないわよ、行ったら幽霊に取り憑かれるわよ」と言っただ。
Dさんが「百万円くれるなら私は行くわよ。私は幽霊とかそういうの信じないから。人間は死んだら灰になって終わりよ。……あ、でもね、前に一度だけ、奇妙なことがあったのよ」と言っただ。
Aさんが「なによ」と言っただ。
Dさんが「私は本当に幽霊とか信じないんだけど、母が亡くなったときに、妹から電話が掛かってきたのよ。妹は何年も前に熊本に引っ越して、それから一度も東京に来てなくてさ、母の葬式にも来なかったのよ。それで妹が、母は亡くなる頃は眼鏡を掛けてた?って言うのよ。掛けてたけどそれがどうかした?って聞いたら、母が毎晩夢に出るって言うのよ。夢の中で母が実家の箪笥を指差して、『眼鏡を…眼鏡を…』って言うって言うのよ。毎晩その夢で起こされて寝不足になるから、母の眼鏡を探してくれない?って言うのよ。それで箪笥の中を探したら、母の眼鏡が出てきたのよ。その眼鏡を母の仏壇に置いたら、妹はそれからは母の夢を見なくなったって言うのよ。私は本当に幽霊とか信じないんだけど、前にこんなことがあったのよ」
Aさんが「Dさんは幽霊とか信じないから、お母さんはDさんの夢には出なかったのかもね」と言っただ。
私はこの話を聞いていて、『伯父が骨壺に祖母の眼鏡を入れたのは、こういうことがあるからなのかもしれないな。人は死んだ後も、生前に身に付けていた物が無いと、不安になるものなのかな? 死者の霊は、幽霊の存在を信じない人の夢には、出ないものなのかな?』などと思い、Dさんのこの不思議な体験談を、とても興味深く思っただ。
『シャドーマン』
私が22歳の時の夏の夜、私は地元の住宅街の道端で友達と雑談をしていただ。その時に、私の後ろから、私の左肩に当たるくらいの場所を、人間の影のようなもの(以後「人型の影」と呼ぶ)が歩いて行っただ。私は驚いて、肩をすくめて人型の影を凝視しただ。その人型の影は、身長が170センチ程で、真っ黒なエネルギー体のようで、全身が微かに揺らめいていて、ホログラムの映像のようだっただ。輪郭が人間にそっくりだったけれども、髪や目や口などは無かっただ。
私は咄嗟に『友達にも見えているのか!?』と思い、横目で友達の顔を見ただ。友達は私が急に肩をすくめた為、『虫でもいたのかな?』という顔をして、話をやめてタバコに火を付けていただ。友達には見えていないと思った私は、人型の影に視線を戻しただ。人型の影は全身を微かに揺らめかせながら、薄暗い路地の中へと歩いて行っただ。そして街灯の無い場所で、暗闇に同化するように、姿が見えなくなっただ。
私は驚いて肩をすくめたまま、友達に「今ここを影のようなものが歩いて行ったの、見た?」と訊いただ。友達はタバコを吸いながら「いや、何も見えなかったよ」と答えただ。そして『気のせいだよ』という顔をして、先程まで話していた話の続きを話し出しただ。私は得体の知れないものを見た驚きと恐怖から、夜中の薄暗いその場所で、会話を続ける気にはなれなかっただ。私は友達に「何だか気味が悪くなったから、今日はもう帰るよ」と言って、その日はそれで家に帰っただ。
私が見た人型の影は、オカルトの分野で「シャドーマン」と呼ばれている、正体が不明の生命体にそっくりだっただ。けれども、私が見た人型の影は、生命体ではなく、人間の魂(幽霊)だと私は思っただ。その人型の影が私の肩の横を通った時に、私は感応のような感覚で、その人型の影は人間の魂だと感じただ。年齢が七十歳くらいの、男性の魂だと感じただ。世界中で防犯カメラやビデオカメラ等で撮影されている、シャドーマンの正体が、全て、人間の魂なのかは分からないけれども、私が見た人型の影の正体は、私が感応で感じた限りでは間違いなく、人間の魂(幽霊・ゴースト)だっただ。
『天使の写真』
2009年の6月26日の夕暮れ時に、私は自転車で住宅街の道路を走っていただ。その時にふと、頭上の空が朝焼けのように輝いていることに気付いただ。その空がとても美しかったので、私はケータイのカメラでその空を撮影しただ。
撮影した空の画像を確認したら、なぜか有り触れた普通の空が写っていただ。私は不思議に思い、すぐに空に視線を戻しただ。するとなぜか、朝焼けのように輝いていた空も、有り触れた普通の空に変わっていただ。私は『太陽が雲に隠れてしまったのかな? あの空は写真に残したかったな』と思い、輝いていた空を撮影できず、とても残念に思っただ。
とても残念に思った私は、輝いていた形跡だけでも残っている所がないかと思い、ケータイの角度を変えたりしながら、撮影した空の画像を暫く見ていただ。そして何気なく、ケータイを横にした時に、雲がはっきりと天使の姿をしていることに気付いただ。
その空の画像には、頭上に大きな光輪があり、背中に大きな翼のある女性の天使が、胸の前で両手を合わせ、天に祈りを捧げている姿が写っていただ。私は驚いて、『空が朝焼けのように美しく輝いていたのは、この天使が起こした奇跡だったのだろう!』と思っただ。そう思った私は、この天使の写真をケータイのメモリーに大切に保存しただ。
この天使が写真に写ったのは、写真で姿を見せることによって、『天使は存在している』ということを、私に示してくれたのだと思うだ。私たち人間の目は、目に直接届いた光と、光を反射したものしか見ることができないため、光を反射する肉体を持たない天使の姿も、私たちは見ることができないだ。(例、月の周りも太陽光で満ちているが、月の周りに太陽光を反射する物が無いため、私たちには月の周りは闇に見えてしまう)その為、この天使は写真に写るという方法で、姿を見せてくれたのだと思うだ。と言うのも、この頃私は、天界と天使に関することが詳しく書かれている、エマヌエル・スウェーデンボルグの『天界と地獄』を読んでいた時で、『この本は嘘が書かれているとは思えないけれども、本当に天使は存在しているのだろうか?』と、疑問に思っていただ。そう思っていた私の想いが、天使に届いたのだと思うだ。私のその疑問に天使が応えてくれて、写真に写って姿を見せてくれたのだと思うだ。
(天使の写真は投稿サイトのエブリスタで『作者名:千彩仙人 作品名:天使の写真』で無料で公開しています)
第四章
『さっちゃん』
私が小学六年生のとき、近所に小学三年生の小柄の可愛い女の子が住んでいただ。その子は快活な感じで笑顔がヒマワリの様に明るい子だっただ。その子は皆から「さっちゃん」と呼ばれていただ。さっちゃんはよく近所の公園で友達とおままごとをして遊んでいただ。私はよくその様子を目にしていただ。けれども、ある日から、さっちゃんの姿を全く見なくなっただ。公園でも学校でもさっちゃんの姿を見なくなり、私は『引っ越したのかな?』と思っただ。
さっちゃんの姿を見なくなってから、半年ほど経った頃に、さっちゃんが元気な姿で登校するところを見掛けただ。久し振りにさっちゃんを見た私は、『病気で入院していたのかな?』と思っただ。その数日後に、下校途中にさっちゃんの家の側を通ったら、さっちゃんの家でお葬式が行われていただ。そのお葬式を見た私は、『さっちゃんの家で誰かが亡くなったんだ』と思っただ。
その数日後に、友達と下校をしている途中に、友達がさっちゃんの家を指差して、私にこう言っただ。
「あそこの家に、さっちゃんっていう小さい女の子がいたでしょ、あの子、学校でこっくりさんをやって、霊に取り憑かれてずっと学校に来てなかったんだよ。この間やっと来たのに、下校途中に交通事故に遭って亡くなったの、知ってる?」
友達からこの話を聞いた私は、さっちゃんが亡くなったことにとても驚いただ。半年前にさっちゃんを見なくなった理由にも、驚いただ。驚きながら、さっちゃんの家で行われていたお葬式を思い出して、『あのお葬式は、さっちゃんのお葬式だったのか』と思っただ。そしてなぜか、とても寂しさを感じただ。親しい子ではなかったけれども、公園で友達と遊んでいた時の、さっちゃんのヒマワリの様な明るい笑顔を思い出して、私は親しい子とお別れをしたような、切なさと、寂しさを感じただ。
『口裂け女の噂が来た日』
私が小学四年生のとき、夕方に数人の友達と公園で花火をして遊んでいただ。私がロケット花火を飛ばしていたら、棒の真ん中が折れているロケット花火が花火袋の中に一本入っていただ。そのロケット花火を飛ばしたら、真上に飛ばずに項を描いて公園の外へ飛んで行き、家の窓から家の中に入っただ。その家の中から「あわわわわっ!」とおばさんが驚いた声が聞こえただ。その直後にその家の中から『バンッ!』とロケット花火が爆発した音が聞こえただ。その様子を見ていた友達が、「やっべえ、逃げろ!」と叫んで言って、私たちは走って公園から逃げ出ただ。
公園を出て道路を走っていたら、クラスメイトのT君が向こうから歩いて来ただ。T君は病気で数日前から入院していて、T君の親友のD君が「あ、T君だ!」と言ってT君に走り寄っただ。私たちもD君を追ってT君に走り寄っただ。D君がT君に「いつ退院したの?」と訊ねたら、T君が「今日退院したんだ」と答えただ。E君が「病気はもう治ったの?」と訊ねたら、T君が「うん、手術して、もう治った」と答えただ。そう答えてT君が、「あのさ、病院で入院している人から聞いたんだけどさ、口裂け女って知ってる?」と皆に訊いただ。
私たちは顔を見合わせて「知らないよね」「知らないよ」「なにそれ?」と答えただ。T君が神妙な顔をして、「マスクをしている髪の長い女が『私きれい?』って声を掛けてくるんだって。『はい』って答えると、『これでも?』って言って、マスクを取るんだって。マスクを取ると、口が耳の所まで裂けてるんだって。口裂け女は、こういう住宅街とか、公園とかに現れるんだって」と言っただ。この話を聞いた私たちは怯えて一斉に「ええーっ!」と悲鳴を上げて、一斉に走り出して散り散りに家に逃げ帰っただ。
墓地や廃墟の建物に出る幽霊の話ならば、どんなに怖くても、その場所に行かなければ、幽霊に遭遇することはないという、安心感があっただ。けれども、口裂け女は住宅街や公園に現れると聞いて、私は安心できない恐怖を感じただ。自分も遭遇するかもしれないという、現実的な恐怖を感じただ。
T君から口裂け女の話を聞いた友達の全員が、恐らく、私と同じ恐怖を感じ、衝撃を受けたのだと思うだ。口裂け女の噂を知った友達の全員が、翌日に、学校でクラスメイト達に口裂け女の話をしていただ。その話を聞いたクラスメイト達も、現実的な恐怖を感じ、衝撃を受けたのだと思うだ。彼らも休憩時間に数人で他のクラスへ行って、皆に口裂け女の話をしていただ。
それから一ト月も経たない内に、口裂け女の噂は日本中に広まっただ。そして新聞やテレビのニュース番組などで、口裂け女の目撃事件が報じられるようになっただ。テレビの某ニュース番組では、「警察官が自転車でパトロールをしていた時に、公園から出て来た口裂け女に遭遇したそうです。警察官は驚いて逃げて助かったそうです」と報じていただ。
この事件の真相は、『若者たちが友達を驚かそうとして、女性の一人が口裂け女に変装して友達を公園に呼び出した。その女性が茂みの中に隠れて友達が来るのを待っていた時に、突然夕立ちが降り出して、みんな公園のトイレに逃げ込んだ。口裂け女の変装をしていた女性は白い着物が雨に濡れて下着が透けてしまい、皆のいるトイレには恥ずかしくて行けなかった。彼女はやむ終えず走って家に帰ることにした。彼女が走って公園を出た時に、パトロールをしていた警察官と鉢合わせになってしまった』と、後日に雑誌に書かれていただ。口裂け女の噂が広まったことによって、こういう事件も起こるようになり、その年に口裂け女が全国的に大流行したのだと思うだ。
因みに、私が公園で飛ばしたロケット花火が家に入って爆発した数日後に、『この公園で花火をすることを禁止します』と書かれた看板が、その公園に立てられただ。
『テレポーテーション』
私が中学三年生のとき、下校途中に雨上がりの濡れた路地を歩いていたら、石製のマンホールの蓋の上に、体長が10センチ程のコウガイビル(ヒルのような姿の生物)が横たわっていただ。都会育ちでコウガイビルを初めて見た私は、コウガイビルに興味を抱き、しゃがんでコウガイビルを観察しただ。そのコウガイビルは胴体が半分に切れていて、上半身だけが苦しげに少し動いていただ。その胴体の切れ方は、細い棒で人為的に切られたような切れ方だっただ。コウガイビルの上半身が苦しげに動いている様子が、グロテスクで非常に気色が悪く、私は不快を覚えて鳥肌が立ち、その場から走って立ち去っただ。
我が家はコウガイビルのいた場所の側にあり、私はすぐに家に着き、二階の自分の部屋に入っただ。すると、部屋の中央に、ミミズのような物が落ちていただ。私は何かと思い、それに歩み寄っただ。それは今さっき路地で見た、コウガイビルの上半身だっただ。私は驚いて、しゃがんでそのコウガイビルをよく見ただ。そのコウガイビルは、間違いなく路地にいたコウガイビルだっただ。私は頭が混乱し、『なんで路地にいたコウガイビルがここにいるんだ? こいつは路地にいたコウガイビルではないのか?』と思い、走って路地のコウガイビルを見に行っただ。
コウガイビルのいた場所に着くと、コウガイビルの上半身だけが無くなっていただ。私は狐に摘ままれたような心境になり、次第になんだか恐ろしくなってきただ。その場にいることも恐くなり、私は走って家に戻っただ。
自分の部屋に戻ると、コウガイビルの上半身は同じ場所に横たわっていただ。私は頭が混乱したまま、横たわっているコウガイビルをまじまじと見ただ。そのコウガイビルは、完全に死んでいて、ぴくりとも動かなかっただ。よく見ると、コウガイビルの体液なのか、雨水なのか、コウガイビルの周りの畳が濡れていただ。私はティッシュでコウガイビルを包んで拾い上げて、新聞紙で包んでゴミ箱に捨てただ。コウガイビルをゴミ箱に捨てた後は、特に変わったことは何も起こらなかっただ。
ポルターガイスト現象(ポルターガイストとは、「騒がしい霊」という意味で、ポルターガイスト現象とは、霊が起こす様々な超常現象のこと)が起こる家では、ポルターガイスト現象を起こしている霊が、物を離れた場所に瞬間移動させることがあると、何かの本で読んだことがあるだ。私が見たコウガイビルの瞬間移動は、たまたまコウガイビルの側にいた浮遊霊が、私を驚かせる為に、悪戯で行ったのかもしれないだ。
もしくは、アポーツ(物品引き寄せ)だったのかもしれないだ。アポーツは、物質を一時的に非物質化させて、自分のもとに引き寄せる超常現象のことで、主に「自発性サイコキネシス(無意識に発生させる念力)」で起こることが多いだ。私がコウガイビルの上半身を見た時に、あまりの気色の悪さに心と脳が強い刺激を受けて、アポーツを引き起こしたのかもしれないだ。それでコウガイビルの上半身だけが、私の部屋に瞬間移動したのかもしれないだ。
『王子の狐火』
子供の頃、ミドリガメを飼育している水槽を玄関先で洗っていたら、隣家に住んでいる伯父さんが帰宅して、私に話し掛けてきただ。伯父さんはバケツの中のミドリガメを見ながら、「この亀、買ったんでしょ? 伯父さんが子供の頃はね、そこの川に歩いて下りれてね、網なんか使わなくても、タオルでこういう亀とか、小魚とか、いくらでも捕れたんだよ」と言っただ。
伯父さんの言う「そこの川」とは、我が家の前を流れている悪臭漂うドブ川のことで、私は伯父さんのその話が、違う川の話に思えただ。そのドブ川は石神井川〈しゃくじいがわ〉という川で、石神井川沿いの遊歩道に立てられている看板には、『昔は水が綺麗なことで有名な川でした』と書かれているだ。
私の住む町の隣町は「王子」という町で、石神井川の水が綺麗だった江戸時代には、王子の石神井川の畔の榎の側に、毎年決まって、大晦日の晩に狐火が出現したと言われているだ。広重の名所江戸百景の中にも、その王子の狐火が描かれているだ。
私は若い頃から、王子の狐火に興味を持っていただ。けれども、『毎年、大晦日という決まった日の晩に、自然現象の狐火が出現するなんて、有り得ないだろ』と、思うともなく思っていただ。そう思っていた私は、王子の狐火の話は信じていなかっただ。『恐らく、狐火は気温が下がると発生しやすくなる等の理由があり、綺麗な水のある場所に出現すると言われている狐火が、たまたま、真冬の大晦日やその近日に、王子の石神井川の畔の榎の側で、頻繁に目撃されたのだろう』と思っていただ。
先日、テレビのニュース番組を見ていたら、『毎年11月の満月の日に、タイのメコン川に出現する火の玉』が紹介されていただ。その火の玉の映像も公開されていただ。11月の満月の夜、メコン川の川岸に大勢の見物人が集まっていて、花火を見物するように、メコン川に出現する火の玉を見物していただ。火の玉はメコン川の水中から次から次へと現れて、みんな空に向かって飛んで行っていただ。水中から火の玉が現れる原因は、分かっていないと報じていただ。
私はこのニュースを見て、『この火の玉がトリックの無い自然現象ならば、毎年決まって大晦日の晩に出現したという王子の狐火も、有り得ることだな』と思っただ。
自然が汚染されていなかった昔には、身近に多くの生物が生息していただけでなく、王子の狐火のような、不思議な自然現象も、今よりも多くあったのかもしれないだ。
『地球危機』
2021年の1月の中旬に、遊歩道を歩いていたら、花壇の縁石の上を蟻が数匹歩いていただ。その蟻を見た私は、ふとこんなことを思っただ。
『人類がタイムマシーンで未来から現在に来ていないのは、タイムマシーンが物理的に作れないものだからではなく、人類がタイムマシーンを作れるようになる前に、地球温暖化によって、人類が滅亡したからではなかろうか?』
真冬に地上を歩いている蟻を初めて見た私は、地球温暖化が深刻な状況にまで進行していることを実感し、真剣にそう思っただ。先日には、「地球温暖化の影響によって溶け出した永久凍土の中から、新種のウイルスが発見されました」とテレビで報道していただ。その報道を見た私は、地球と人類の未来に対して、本当に危機感を覚えただ。
『昆虫』
子供の頃、池で網で魚捕りをしていたら、左側から小さな金魚が水面近くをこちらに向かって泳いで来ただ。私はその金魚を捕まえようと思い、息を殺して網を構えただ。その時に、魚を捕食する水生昆虫のタイコウチが、池の底から金魚の前方に向かって泳いで来ただ。タイコウチはすぐに金魚に気が付いて、金魚を捕らえる為に水草の陰に隠れただ。私はタイコウチよりも先に金魚を捕まえようと思い、身を乗り出して、金魚に向けて網を伸ばしただ。けれども、近付いて来た金魚をよく見たら、体の所々に白い斑点があり、この金魚は病気だと分かっただ。病気の金魚を捕まえて飼う気はしなかったので、私は網を引っ込めただ。金魚はゆっくりと、タイコウチが隠れている方へと泳いで行っただ。
金魚はタイコウチに気付かずに、タイコウチの前まで泳いで行っただ。タイコウチは金魚が目の前に来たら、後ろ足で水草を蹴るようにして、勢いをつけて金魚に向かって飛び出そうとしただ。けれども、飛び出す寸前に、タイコウチは前足で水草にしがみついて、目の前を泳いで行く金魚をじっと見ていただ。タイコウチは金魚を襲わずに、そのまま金魚を見送って、池の底へと泳いで行っただ。おそらく、タイコウチも金魚が病気だと分かっただ。昆虫のタイコウチが、病気の魚は病気だと分かること、病気の魚は捕食しないということに、私はとても驚いただ。極小の脳しかない昆虫たちも、何も考えずにただ生きているのではなく、賢く生きているということに、私はとても驚いただ。
『陰険な猫』
先日、深夜に帰宅途中に公園内の道を歩いていたら、真っ黒な猫が小さなネズミを咥えて茂みの中から出て来ただ。猫はネズミを咥えて広場の方へと歩いて行っただ。私は歩きながらその猫を見ていただ。
猫は広場の中央に行くと、ネズミを地面に放しただ。ネズミは目があまり良くないらしく、頻りに地面の匂いを嗅ぎながら、辺りを警戒して這うようにして、二三歩ずつ真っ直ぐに歩き出しただ。そして少しずつ、猫から離れて行っただ。猫は背筋を伸ばして地面に座り、遠ざかって行くネズミを冷ややかな目で見ていただ。私は『ネズミを逃がしてあげたのか、優しい猫だな』と思っただ。
ネズミは地面の匂いを嗅ぎながら、少しずつ前進し、広場の端の水が涸れている水路(底の浅い人工の川)の前まで来ただ。ネズミは水路の石垣の匂いを嗅ぐと、素早く水路に飛び降りて、水路の中を全速力で走り出しただ。するとそれを見た猫がネズミに向かってすっ飛んで来ただ。猫は走ってネズミの前方に回り込み、素早く水路に飛び降りて、片手でネズミを押さえて口でネズミを捕らえただ。ネズミを捕らえた猫は軽く跳んで水路から出ると、広場の中央に向かって歩いて行っただ。猫は広場の中央に着くと、またネズミを地面に放しただ。放たれたネズミは地面の匂いを嗅ぎながら、また二三歩ずつ、水路の方へと歩いて行っただ。
その一部始終を見ていた私は、『この猫はこうやって何度もネズミをいたぶってから、ネズミを殺すのか』と思っただ。猫が獲物をすぐには殺さないのは、狩りの練習をする本能だけれども、それにしても、この猫のネズミのいたぶり方は、計算的な陰湿な苛めのようで、私はこの猫の性格に嫌悪感を覚えただ。
『川柳詩』
下町の猫と出会える散歩道
路地の猫挨拶をしに寄って来る
グルメ猫カリカリ出すと去って行く
名を付けた神社の猫ににゃんたんこ
すし屋前猫座り込み餌を待つ
猫に餌あげなくなったすし屋火事
原因の未だ分からぬすし屋の火
すし屋燃えその後に猫を見掛けない
寺と墓地多く雰囲気暗い街
どこからか鶯が来て鳴いている
鶯の美声似合わぬ暗い街
病院の宿直室に御札ある
夜掃中無人病棟声がする
非通知で死体安置所電話鳴る
看護師が夜に幽霊見ると言う
「他界した患者が通路歩いてる」
先輩が「幽霊いたよ公園に
ボクシング練習中の夜のこと
首の無い男が側を走り行き
暗闇の林に入り消え失せた
その林首吊り自殺あった場所」
友の部屋怪奇現象日々起こる
友が言う「怪奇現象ひどくなる
真夜中にトイレの水が流れたり
風呂場壁夜叩く音聞こえたり
リビングで人の足音聞こえたり
部屋明かり明滅するしもう無理だ」
夜遅く家路を歩き家の側
公園を通り抜ければすぐ自宅
公園の電話ボックス人がいた
黒服の男うなだれ立っていた
目を逸らし少し歩いて目を向けた
黒い服着ている男いなかった
友の母脳梗塞で昏睡に
家で友一人で母の介護する
仕事から帰宅した友リビングへ
意識無い母しかいない家の中
有り得ないテレビの録画されていた
母好きな美空ひばりの特番の
校長が朝礼の場で述べたこと
「古墳あるN公園は出禁です
幽霊の目撃事件絶えぬため
警察が不審者なのか調べます
皆さんは入らぬように念のため
警察が来られて話されました」
古墳横むかしからある洋館に
戦時中負傷した兵運ばれた
噂でも兵士を見たと多くある
古い家少年のころ住んでいた
布団敷き兄と私と母が寝た
父親は仕事からまだ帰宅せず
夜遅く浅い眠りについた頃
トイレから男の呻く声がした
目を覚まし震えて母の顔を見た
呻き声よりも心に焼き付いた
血の気引き真っ青だった母の顔
日光の修学旅行数日後
学校の廊下に写真貼り出され
友達や自分の写る写真買う
124番写真滝の前
女子達がカメラにピースみな笑顔
女子のY違和感気付きみなに言う
「Iちゃんの後ろ見知らぬ女いる」
124番写真数日後
展示から外されていた暗黙に
春休みSくん家族遊園地
Sくんと弟ベンチ写真撮る
Sくんの喉を横切る白い影
父親が不安で見せた霊能者
「守護霊が喉の病気に気を付けて
メッセージ伝えていますこの写真」
Sくんは病院に行き病気あり
喉に膿溜まる病気で手術した
男の子公園からの帰り道
半ズボンポケット両手入れたまま
オシッコを我慢しながら駆けていた
足もつれ転んでお腹強打した
膀胱が破れて彼は亡くなった
少年の幽霊夜に出るという
手でお腹押さえ道端立っている
我が町の稲荷神社は霊気ある
人寄せぬ雰囲気まるで禁足地
境内の周り竹やぶ中見えず
境内の様子に興味持ち続け
境内を見に行き鳥居潜るとき
鳥居下カラスの死骸落ちていた
快晴の初夏の昼にも拘わらず
屍のカラスを跨ぐ勇気出ず
東北の修学旅行バスの中
バスガイド女性がマイク持ち話す
「前の女子怖い話をしているよ
私もね子供の頃にあったんだ
みなさんは怖い話は好きですか?」
男子たち大声出して「聞きたいな!」
「近所のね男の子がねふざけてね
踏み切りに置かれていたね千羽鶴
拾ってね首に掛けてね帰ったの
途中でね交通事故に遭ったんだ
男の子亡くなった場所今でもね
徐行のね標識立っているんだよ」
男子たち「祟りだ怖い!」盛り上がり
思い出の一つになった怪奇談
公園の大木誰かキズ付けた
『呪いの木』刃物で彫ったキズだった
いつからか憎い人の名掘る場所に
月日経ち無数の名前刻まれた
こんなにも人恨む人いるものか
ある時は藁人形が幹にあり
呪いの木区が人知れず処分した
床に就き考え事で寝付かれず
疲労あり幽体離脱突然に
幽体が肉体離れ浮き上がる
直立の体勢で宙浮揚する
天井の辺りで自分見下ろした
足元の扇風機までよく見えた
部屋干しをしている衣類側にあり
扇風機洗濯物に向けていた
扇風機床の自分に向けに行き
下に降り不意に幽体肉体へ
肉体に幽体戻り元通り
床を出て扇風機向き改めた
小六の夏休み午後池に行き
自転車を駐輪場止め釣りをした
帰るとき誰かイタズラ自転車に
後輪がパンクしていた針刺され
針を抜き怒り心頭八つ当たり
針を持ち側の自転車刺しに行き
後輪に針を刺し掛け声がした
「やめなさい」男の声で背後から
驚いて背後を見たが誰もいず
自転車の持ち主守る守護霊か
意外にも自分を守る守護霊か
咎め受け鼻から鼻血噴き出した
スーパーの入口入り思念あり
幸せな残留思念親と子の
思念から心に見えた映像も
『若い母広告の品イチゴ取り
「二つ買う?」幼い娘「うん」と言う』
店内を進むとやはり苺あり
広告の品で格安美味しそう
店の奥思念の主の親子いた
二パック苺がカゴの中にあり
自宅部屋マザーテレサの映画観る
観ていると突然涙溢れ出た
感動をするところ無く涙出る
自分とは思えぬ心泣いている
いつからか自分に憑いていた霊か
何枚もティッシュを使い涙拭き
長いこと苦しんでいた罪意識
許された想いで涙止まらない
『天国にようやく行ける』想いあり
体から想いが離れ天国へ
楽になり涙が止まり映画観た
中学の時の出来事忘れない
友人が池でザリガニ捕まえた
ザリガニのハサミ爆竹挟ませた
導火線火を付けながら彼が言う
「爆竹はダイナマイトのミニチュアだ」
爆竹の爆音辺り轟いた
数日後彼は車に撥ねられた
右手首骨折をした偶然に
友の家地主で広い庭がある
池もあり高価な鯉を飼っている
友が言う「この家何かいるみたい
部屋掃除するとお金が落ちている
押し入れや机の下や部屋の隅
十円や五円一円だけれども
先日は土ついている五円あり
家古く座敷わらしがいるのかな」
「幽霊や祟りなど無い」友が言う
性格の明るい彼が引っ越した
格安の事故物件のアパートに
トラックの扉に指を挟む事故
運送の会社退職アルバイト
恋人と別れた彼は引っ越した
性格が陰気になった彼が言う
「住む場所で運気変わるよ本当に」
若いころ何気なく見た某テレビ
破綻するシンガポールを救いたい
役人が「相談しよう風水師」
有名な風水師呼び依頼した
風水師「海からの気を取り入れる」
海岸にマーライオンを設置した
海水を汲み上げ海に水戻す
財政が見る見る黒字驚いた
噂でも火のない所煙出ず
友人とファーストフード行ったとき
友人はポテトとコーラのみ頼み
「若い頃ハンバーガーを食べたとき
パテの端ミミズのような物が出た
偶然にミミズのように見えたのか
食用のミミズだったか分からない
本当にミミズに見えて吐き気した
だから俺ハンバーガーは食べないよ」
誠実な彼は下らぬ嘘言わぬ
生まれつき肥満の友と服屋行き
ジャンパーを見るため友が店奥へ
店員の女性が途中友に言う
「お客さんピチTですよこのフロア」
友戻り不機嫌に言う「もう出よう」
店の外タバコ火を付け友が言う
「店燃やす」怒りに満ちた顔だった
数日後店が放火で全焼に
半月後友と会ったが変わりなく
ジッポ出し友がタバコに火を付けた
放火犯友だったのか謎のまま
家の側自販機一つ塾の前
塾長が自販機開けて立っていた
「こんにちはコーヒー買える?故障中?」
「百本目ジュースが当たる設定の
自販機で何度も当たり出されてる
裏技を使える奴がいるようだ」
塾長は人間不信顔だった
側に住む私の顔をチラと見た
パチスロも人の作品機械なり
欠陥が見つかることもたまにある
若いとき若いパチプロ知り合った
偶然にバグを見つけて負け知らず
どの機種のどんなバグかを訊ねても
機種やバグ何も語らずはぐらかす
「一日で百万勝ったこともある」
銀行の通帳四つ持って来た
一冊に五百万ずつ預金あり
「その金でやりたいことをやらないの?」
「パチスロの他にやりたいことが無い」
淋しげな表情見せた金あれど
夕方の通勤電車混んでいた
駅手前電車が止まりアナウンス
「S駅で人身事故がありました
確認の為に停車を致します」
事故は無く電車がすぐに走り出し
むかし見た奇妙な事件想起した
踏み切りの投身自殺あった場所
『目撃をした方いたら連絡を』
細い目の女性似顔絵看板に
月日経ち看板撤去された頃
踏み切りを越えて電車が停車した
運転手「女が線路飛び込んだ」
電車下電車の周囲死体なく
駆け付けた警察官も首傾げ
「運転手錯覚だろう事故は無し」
踏み切りで偶然に見た怪事件
友達が「実家の店のエアコンを
日曜日外して売るの手伝って」
「日曜は先輩バンドライブあり
悪いけど行くと答えた先輩に」
友達が不機嫌になり呟いた
「バンドやる先輩なんているのかよ」
友達と歩くすぐ横車来た
先輩が運転席の窓を開け
「奇遇だねこんな所で会うなんて
日曜日ライブに来てよ待ってるよ」
先輩が手を振り車走らせた
「本当にそんな先輩いたんだね」
友達が驚いていた共時性
病院の外の清掃作業中
同僚が真上見上げて指差した
「なぜあそこ金網あるか知っている?」
「なんでなのあそこ以外は無いのにね」
「なぜかここ飛び降り自殺あるんだよ」
「金網で飛び降りた人助かるの?」
「飛び降りた人の為ではないんだよ
下歩く人の巻き添え一度あり
巻き添えを防止するため付けたんだ」
「飛び降りて亡くなった人死んだこと
気付かぬと霊が何度も飛び降りる
側にいる人に憑依し飛び降りる
飛び降りる人が絶えない場所になる
まさにここその事故起こる場所かもね」
親戚のA君の親家を買い
二ヶ月後曰く付きだと気が付いた
新年に家の購入祝い兼ね
A君の家に親戚集まった
A君と深夜の一時ゲーム中
玄関の辺りバタンと音がした
A君が「ちょっと見て来るたぶん猫」
A君が「猫いなかった何だろう」
「曰くとは何があったのこの家で」
「塀の無い墓地があるでしょ家の裏
墓地埋めてその上建てた家なんだ」
廊下からカンと奇妙な音がした
イギリスの若い男の怪奇談
森の中ドライブ中に悪魔轢き
車止め辺りを見ると窓の外
悪魔立ち男を睨み歩み寄る
恐怖から急いで車走らせた
恐らくは悪魔ではなくパンだろう
森に棲む妖精で顔恐ろしい
頭には羊のような角があり
蹄ある二本の脚は馬のよう
悪魔みな狡猾邪悪恐ろしい
事故に遭う愚鈍な悪魔いやしない
高級な霊が神から命を受け
天からの使者となるから「天使」なり
若いころ天使の写真撮影し
額に入れ机に常に置いている
天使いる確信を持ち気が付いた
神もいる天使がいるということは
夢のなか不思議な世界訪れた
雲の上池の周りに花が咲く
ベンチあり風格のある老夫いる
池のなか覗くと鯉が泳いでる
池の底無くて下界が見渡せる
「なぜこんな不思議な夢を見るのかな?」
老夫言う「人の魂霊界へ
帰るとき混乱しない為なのだ
別世界行く練習のようなもの
魂が肉体離れ思うのだ
人生は夢を見ていたようだった」
目が覚めて夢と思えぬ夢だった
霊界は言葉で言うと『何も無い』
肉体も病気もカネも何も無い
何も無く必要でなく満たされる
様々な経験できるこの世界
魂は肉体宿り生まれ来る
様々な経験をする為に来る
煩悩や喜怒哀楽やカルマなど
人間は死にたくないと思うもの
魂は無の霊界を知る故に
霊界を思い出したら思うはず
少しでも長くこの世に残りたい
一つでも多くの事を知りたいと
九才の時に霊界思い出し
魂がこの世に来たと理解した
霊界がみんなの真の故郷なり
時間とは物質変化起こること
時間あり変化が起こるものでなく
人間が変化に「時間」名を付けた
魂は物質的な変化せず
時間無く未来に起こる事を知る
予知夢とは魂の知る未来なり
平成にインドの西部大地震
日本でもテレビでニュース被災地の
瓦礫上男たたずみ男泣き
番組のスタッフ彼に声掛けた
「なぜそんな泣かれているのどうしたの?」
「寝る時に娘が二回キスをした
いつも夜私に一度キスをする
なぜ二回いつもは一度だけなのに
『もうパパに会えなくなると思うから』
屋根崩れ娘下敷きその下に」
魂は父との別れ知っていた
予感あり娘は二回キスをした
熊本に住む後輩の予知メール
「知り合いの霊能者見た予知夢です
来月に鹿児島県に大地震
お兄さん鹿児島ですね念の為
大地震備えた方がいいですよ」
東京に住む私すぐ電話した
念のため地震備える兄答え
翌月の2016年4月
熊本に大地震あり後輩の
家壊れ後輩頭怪我をした
九州と伝えていれば的中の
外れたと言うより場所がズレた予知
八月の流星群の見れる夜
ベランダで流星を待つ零時頃
赤色の光る球体飛来した
まるで空滑るが如く飛行する
音も無く飛行し続け静止した
二十秒三十秒か経過した
宇宙へと飛び去り消えた謎の物
第五章
『昆虫の世界』
真夏の公園の日陰のベンチ
寛いで缶コーヒーを飲んでいた
足元に沢山の蟻がいた
蟻たちはみな日陰の中を歩いていた
日向には蟻は一匹もいなかった
蟻たちはなぜ日向に出ないのだろう?
蟻たちも日向は暑くて嫌うのか?
日向に出したら急いで日陰に戻るのか?
蟻を一匹捕まえた
日陰の側の日向に投げてみた
地面に落ちた瞬間に
蟻は悶えて焼け死んだ
丸く縮こまって焼け死んだ
日向と日陰の境界線は
蟻にとっては生死を分ける線だった
『一昔前』
私が小学生の頃
「石神井川〈しゃくじいがわ〉の神様!
お供え物でーす!」
大声で叫んで石神井川に
ゴミを捨てるのが流行っていた
その時代の石神井川は
生活排水を垂れ流し
川底に段差のある所では
川面に洗剤の泡ができ
洗濯機の中のようだった
中学生の男子が三人
「石神井川の神様!
お供え物でーす!」
工事現場のパイロンを
石神井川に投げ入れた
下に重りの付いたパイロンは
川の中でも立っていた
川から頭を出していた
頭には警告灯が付いていた
警告灯が明滅を繰り返し
夜になると闇の中で美しく
神秘的に川面も照らしていた
そろばん塾からの帰り道
私はアメの缶を持っていた
サクマドロップの空の缶
「石神井川の神様!
お供え物でーす!」
大声で叫んで石神井川へ
空の缶を投げ入れた
缶は対岸の川辺に落下した
缶の落ちた場所の隣には
車のタイヤが落ちていた
車のタイヤの隣には
壊れた自転車が落ちていた
壊れた自転車の隣には
電子レンジが落ちていた
電子レンジの隣には
真っ赤な単車が落ちていた
『立派な子供』
6才くらいの男の子
子供用の自転車を漕いで来た
男の子は自転車を歩道に止めて
走ってスーパーに入って行った
8才くらいの女の子
子供用の自転車を漕ぎながら
男の子に向かって叫んで言った
「危ないから走らないで!
先に行かないで!」
その子は男の子のお姉さん
弟が自転車を止めた場所に来た
弟が乱雑に止めた自転車を
壁に寄せるように置き換えた
通行の妨げにならないように
自分の自転車も壁に寄せ
向かいのスーパーに入って行った
二人の自転車の真横には
壁が無く自販機が一台立っていた
二人の子供用の自転車が
自販機の取り出し口の前にあり
ジュースが取り出せなくなっていた
私は二人の自転車を
自販機から少しずらしてあげた
『仮面の無い男』
真夏のある夜
浮浪者の男が路地にいた
彼は人通りの多い道に歩いて行った
彼は明るいコンビニの前に行き
明るい道端に腰掛けた
敢えて人目の付く場所にいて
施しを貰う為かもしれない
私はコンビニで買い物をして
あんぱんを二つ持っていた
浮浪者は施しを待っている
そう感じた私は彼に歩み寄り
バッグからあんぱんを取り出した
彼が不審げに私の顔を見た
「あのう、パンいりますか?」
ゆっくりとあんぱんを差し出した
彼は嬉しそうに微笑んだ
彼はお辞儀をしてパンを受け取った
彼は大柄な男であった
けれども笑顔は子供のようだった
瞳も子供のようだった
彼のその笑顔には
仮面を全く感じなかった
不純なものを全く感じなかった
その純粋な笑顔を見た私は
心が洗われたような感じがした
『私を助けてくれた人』
識字障害を抱えている
私は子供の頃から漢字が読めない
覚えることができないから
小学生レベルの漢字も書けない
テストは問題を読むのに一苦労
当然良い点が取れる訳がない
都立で私が行けたのは
不良の集まる高校だけだった
中学には不良の先輩が五人いた
彼らは喧嘩が強いと評判だった
その内の二人のFとK
私と同じ高校に通っていた
入学式の翌日の休憩時間
Fが私の教室にやって来た
「お前ラグビー部に入れよ」
Fが強迫するように私に言った
窓際にいた男子がFの前に歩いて来た
彼が突然Fに強烈なビンタを入れた
彼は殺気立った表情で静かに言った
「強制すんなよ」
首が吹っ飛びそうなビンタで私は驚いた
震え上がって生きた心地がしなかった
Fも驚いて両目に涙を浮かべていた
Fは動揺して顔を引きつらせて微笑んだ
「強制してねえよ」
ビンタを入れた生徒がFの目を睨んで言った
「強制してんだろうが」
Fが顔を引きつらせて私に言った
「今日の放課後に練習の見学に来いよ」
ビンタを入れた生徒が怒鳴って言った
「強制すんなって言ってんだろ」
「してねえって」
Fは苦笑して逃げるように教室から出て行った
Fにビンタを入れたのは一年留年した人だった
私と同じクラスでS君という人だった
S君は苛められている人を見掛けると
なぜかいつも助けていた
面識のない人でも助けていた
ある日不良の一人が私に教えてくれた
私を助けてくれたS君は
この学校の裏番長と呼ばれている人だった
ラグビー部に入れと私を脅しに来たFは
二度と私の教室には来なかった
『不良たちの防災訓練』
不良たちの通う高等学校
落書きだらけの校舎内
窓ガラスが割られている体育館
私服の生徒たちはどちらも土足
短ランボンタンは当たり前
革ジャンを着ている者もいる
スカジャンを着ている者もいる
グラサンを掛けている者もいる
パンチパーマを掛けている者もいる
廊下は砂とゴミと唾だらけ
生徒たちは学校の内外問わず
連日喧嘩に明け暮れている
悪名高き生徒は全員
ヤクザにスカウトされていた
ある日の午後の防災訓練
生徒が花札をしている教室に
火災の非常ベルが鳴り響く
女性教師が校庭に出るように注意する
生徒たちは教師に見向きもしない
騒ぎながら花札を楽しんでいる
男性の体育教師がやって来た
「非常ベルが鳴っただろ!
みんな早く校庭に出ろ!」
体育教師は各クラスを回りに出て行った
生徒たちがかったるそうに教室を出て行った
校庭に集まった生徒たち
全員思い思いに騒いでいる
喧嘩を始めた奴もいる
喧嘩を止める教師はいない
止めれば自分が殴られるから
遠くから教師たちが叫んで言う
「静かにしなさい!」
「喧嘩をやめなさい!」
「一列に並びなさい!」
騒ぐのに飽きた生徒たち
暫くしてようやく静かになった
朝礼台に消防署の男が立った
男が朝礼台から生徒たちを見回した
男が拡声器を口に当てて腕時計に目を遣った
「ええ、火災の非常ベルが鳴ってから
みんなが校庭に集まって
静かになるまで
九十分掛かりました………
お前たち全員焼け死ね!」
男はそう言って朝礼台を後にした
教師たちは全員俯いていた
朝礼台に向かう教師はいなかった
私の友達が私に言った
「ゲーセン行く? ボーリング行く?」
「ゲーセン行こうか」
生徒たちは騒ぎながら
散り散りに校庭から出て行った
『社会勉強料』
高一の春
学校の廊下を歩いていた
背後から肩を叩かれた
振り向くと知らない先輩が立っていた
彼は色白でロン毛でハンサムだった
彼は右手に見慣れた財布を持っていた
「いい財布を持ってるね
ズボンの後ろのポケットに入れない方がいいよ
入れるならチェーンを付けな」
私はズボンのポケットに手をやった
財布が無い
擦られたことに驚いた
財布には八千円が入っている
取られたらどうしよう……
先輩なので返せと言えない
黙って彼の言動を見守った
彼は微笑んで財布を返してくれた
「ありがとうございます」
私は安堵して彼にお礼を言った
彼は悠然と廊下を歩いて行った
『カッコいい人だなあ』
私は少し彼に憧れた
財布の中を開けて見た
五千円札が盗られていた
翌日に私はチェーンを買った
私の財布を擦った先輩は
ハンサムで色白でモデルのようで
悪い人には見えなかった
『追試験の無い学校』
不良の集まった高等学校
テストで赤点を取っても追試は無い
追試を受ける生徒がいないから
追試を受けても結果は同じことだから
そのため特別な規則があった
赤点を取った生徒は校舎の清掃
居残りで清掃を行えば
合格点が取れたことになる
国語で赤点を取った私は白のペンキを渡された
「これで廊下の落書きを消しなさい」
担任の女性教師が私に言った
廊下に出て作業を開始した
男子のAは教室の落書き消しを命じられ
数分経って私のもとにやって来た
「終わったから帰るわ」
「もう終わったの!?」
「あたりめえだよ」
彼はそう言って帰って行った
男子のBは廊下の清掃を命じられ
バケツに水を汲んで来た
彼はバケツの水を廊下にぶちまけた
私は水を避ける為にジャンプした
水が川のように勢いよく廊下を流れて行った
私は爪先立ちで着地した
水が流れて行く先に女子が三人歩いていた
彼女たちは慌てて教室に飛び込んだ
教室の中から女子の一人が叫んで言った
「てめえ何やってんだよ!」
水が流れて行く先に女性教師も歩いていた
女性教師がこちらに向かって歩いて来た
早足で水の中を歩いて来た
水をぶちまけたBを叱るのかと思いきや
小走りに教室の中に入って行った
Bは笑って帰って行った
教室の中から女子たちの声がした
「ババア来んじゃねえよ!」
「ババアうぜんだよ!」
教室の中から女性教師の声がした
「あなた達そんな格好で歩くのやめなさい!
あなたは上に何か羽織りなさい!」
「うっせんだよババアッ!
指図すんじゃねえよ!」
女子が反抗している声がした
丈の短いスカートを履いている彼女たち
いつもパンツが見えていた
反抗した女子はタンクトップの隙間から
赤のブラジャーが見えていた
二時間かけてペンキを塗り終えた
ペンキを置きに教室に入って壁を見た
白の線が一本ジグザグに引かれていた
その線は落書きを消しているどころか
新たな落書きになっていた
それでもその線を引いた生徒のAは
合格点が貰えたことになっていた




