新しい訓練1
「このまま一緒に前線まで逃げよう……」
ふかふかの首元に抱きつくと、ミミはピャーッと鳴いた。
「イヤだ……魔術師なんかをミミに乗せるなんて……ミミの腰が悪くなったらどうするんだ……翼が疲れて飛行距離が落ちたらどうするんだ……」
ぐりぐりと頭を擦り付けると、畳まれていた翼が浮いてグイグイと引き離すように押してきた。
「ミミだってイヤだよね。あんな非人道的魔術王子乗せるのなんて」
ね、と念を押すと、黄色いクチバシが開いてピャーッ!! と大きな音を響かせる。そしてそのクチバシはそのまま、カパッと私の頭を挟み込んだ。
「ちょっとーっ!! なんでよミミ!!」
「おらー早く行かんかー。訓練に行かないでサボってるような騎士はグリフに食われても知らんぞー」
「サボってるんじゃないし!!」
「ミミの方がやる気出してるだろうが。さっさと鞍載せて運動させてやれ」
餌樽の上に座った親父さんが、新聞を開きながら面倒臭そうに言ってくる。こっちは地獄へ向かうくらいの気持ちなのに、人の気も知らないで。一日中グリフの世話をする楽しい人生だからって。羨ましい。
「グリフを王族に会わせるのに乗り気な飛獣騎士なんかいないっ!!!」
「ンなこというなよ、不敬罪で首が飛ぶぞー」
「王様の方が不敬でしょっ!! グリフに対してあ ん な扱いしておいて!!」
新聞が折れて、親父さんがこっちを見る。
「……まあ、お偉いさんはあんなもんだ」
「あんなもんがお偉いさんだなんて許せん!!」
「ここでお前がキレてたってどうしようもねーだろうが。せいぜい第四王子に気に入られて偉くなったらご注進しろ」
「イヤダアアアア」
地団駄を踏むと、ミミが遊んでないで早くしろと言わんばかりに手綱を咥えて私に押し付けてきた。器用に自分で鞍を背負いこむと、留め金の方を私に向けておすわりしている。尻尾は急かすように柱を叩いてバシバシ音をさせていた。
「ミミのバカッ行ったらあのクソめんどくさ弱近衛でクソ腹立つ王子に引き合わせないといけなくなるのに!」
立ち上がったミミが、アグッと私を深く咥え込んだ。顔面に舌が当たって息ができない。
「バカはお前だ、アデル。グリフに悪口言うと根にもつぞー」
窒息寸前になった私は、ベトベトの顔のままで手綱を引いて王宮へと向かうことになったのだった。
「……汗ばむほど暑い道のりだったか?」
王宮の裏側、無駄に広い庭やらなんやらがある空間の端に行くと、既に第四王子が陰気な黒マントを着て待っていた。読んでいた本をマントの内ポケットに仕舞い込んでいる。
本を内ポケットに入れて持ち歩く奴がいるか? しかも固い表紙の分厚い本。黒マントの内ポケット、どれだけ頑丈なんだ。
「これは汗じゃありません。ミミの唾液です」
「そうか」
タオルで拭いただけなので、まだ前髪がべとついている。けれど第四王子は興味なさげに頷いただけだった。興味ないなら聞くな!! と心の中で威嚇しておく。
相手は上司で王族だ。心を鎮めなければ。
「それが貴様のグリフか」
「はい。ミミといいます」
「貴様には2ヶ月後を目標にミミを訓練してもらう。目標は、私を乗せて西の前線まで飛行することだ」
「……そんなの無理にきまってんでしょーがっ!!!」
無理だった。もはや敬語を維持するのが難しいほど無理だった。
第四王子、なんでこうまで飛獣騎士の神経を逆撫でするのが上手いのか。やっぱり魔術師は無神経で無理解で無愛想すぎる。
「無理を可能にさせるのがお前の仕事だ」
近衛隊の先輩の前にこいつも殴ればよかった。私は思わずそう思った。