悪夢の配属8
「こちとら中央訓練部隊飛獣教育隊出身なんじゃ!! 仮に、仮に最低の成績だったとしても地上部隊のトップ取れるくらいには地獄生き抜いて来てんじゃ!! せめて地獄の土舐めてから言え!!」
「い、いや……第四部隊に配属されるくらいだし、」
「だからぁこっちだって納得いってないんじゃああああ!!!」
「お、落ち着けアデル嬢! 手を離すんだ!」
「飛獣騎士アデルって呼べええええ!!!」
胸ぐらを掴んだまま揺さぶって問いただすと、同じテーブルの先輩方が揃って私を止めにきた。
教育隊での日々は、1秒たりとも安らぐことがなかった。汗と涙と鼻水にまみれ、多くの脱落者をおいてがむしゃらに卒業に漕ぎ着けた代わりに得たのは、どこよりも厳しい訓練を耐え抜いた実力と誇りである。他隊にも知れ渡るほど過酷な訓練だからこそ、飛獣騎士をバカにする奴なんていない。そう思っていた筈なのに。
それを落ちこぼれ呼ばわりしくさって舐めとんのかこの先輩。
3人がかりで押さえつけてくるけれど、自称、落ちこぼれというだけあって、先輩方の力は合わせても脅威と思うほどではなかった。私の腕を掴む手にはろくに力がこもっていないし、袖を引っ張られたところであっさり振り解ける。軽く押しただけでみんな尻餅を付いてしまった。
いやそれはそれでどうなんだ。この人たちは本当に訓練隊を卒業したのか。
「近衛隊、よわっ!!」
「おい庶民の新入り、ひとまとめにしないで貰おうか。そいつらが落ちこぼれなだけで我々は選び抜かれた人材だ」
つい出てしまった呟きに、何故か隣の列の人たちが近付いてきた。私をじろっと睨むだけではなく、尻餅を付いている先輩方にまで軽蔑したような顔を向けている。
そんな様子を見て、私はちょっとムッときてしまった。私も先輩に対してキレた立場ではあるけれど、この人たちは同じ近衛隊にもかかわらず、第四部隊に仲間意識を持っていないらしい。そんな状態で、もし連携が必要な事態に追い込まれたらどうするんだろう。我が国、崩し放題なのでは。
「お言葉ですが、そちらの方々も我が部隊の先輩と似たり寄ったりとお見受けします」
「ほう? 庶民は恥を知らぬらしいな。我々とて騎士、婦人であっても戦いとなれば容赦はしないが」
「他部隊とはいえ後輩だからな、少しここの礼儀を教えてやらねばなるまい」
赤髪の騎士が目くばせをすると、同じテーブルの3人が頷いて私を囲んだ。
お貴族様の中にも、どうやら「後輩教育」という文化はあったようだ。
よかった。ちょっとは知っている世界だ。
と、思ったら、そうでもなかった。
一刻後。
「…………もうしわけありませんでしたー」
私は、第四王子執務室で正座をする羽目になっていた。
隣にはフィフツカ上官が立っている。向かいにいるのはもちろん、第四王子殿下その人だ。埃くさい部屋に本がうずたかく積み重ねられ、謎の文字と変な瓶と羊皮紙で満ち満ちている不気味な空間である。座っている床にも何か文字が書き込まれていてなんだか落ち着かない。
「重ねて、私からもお詫び申し上げます。まさかあの場の半数以上の騎士をねじ伏せてしまうとは」
「私もまさか近衛隊があんなに隙だらけのヒョロヒョロだと知らずすみません……」
「貴様は黙って頭を下げろ」
グリフに乗って槍で戦うならともかく、地上で素手の組手はさほど得意ではないと思っていた。いくら大猿と言われていようとも私は女だし、筋肉のついた男には力負けすることも多かったからだ。だからまあ、先輩に反抗しているうちに体力が尽きてそのうちボコボコにされるような気がしていたんだけども。せめて1人でも多く勝ってやろうと思っていたら、挑んできた先輩を全部やっつけてしまっていた。
私が強すぎたんじゃない。先輩方の体幹が弱すぎたんだ。たぶん。
流石に戦いの何たるかを知っている第二部隊の人は近寄ってこなかったけれど、倒した中には王を守る第一部隊の騎士もいた。
王家は飛獣騎士ひとりに倒されるような騎士に守られている、という重大な秘密を握ってしまったわけである。
これは懲罰ものだ。
少なくとも除隊になるだろう。秘すべき事実を知った者として、合法的に闇に葬ろうとしてくるかもしれない。具体的には前線送りになったりしないだろうか。
「お叱りは覚悟しております。本当に申し訳ありませんでした。今回の責任を取り私は近衛隊を辞して……」
「ああ、そんなことはどうでもいい」
「は?」
思わず顔を上げると、席に座って本を読みながら全く興味がなさそうな第四王子が見えた。
ちらっとこっちを見た後、また本に目を落としてページを捲る。
「それより、お前のグリフを連れてこい。私を乗せる訓練をしろ」
「はあ? イヤです!!!」
「バカ貴様殿下に口答えするなっ!」
ぎゅうぎゅうに頭を押さえられながらも、私は盛大に拒否をした。
こんな魔術師のど素人を乗せるなど、奇跡が起こったとしても無理だ。
絶対にイヤです無理ですと繰り返すと、パタンと本が閉じられる。
ニヤリと笑った顔にイヤな予感を覚えた。
「なら、これが先の揉め事の懲罰だと思え」
「…………イヤだあああああ!!!!」
「効果がある懲罰で何よりだ」
私は盛大にイヤダムリダと叫んだものの、例によって命令が覆されることはなかった。