様々な人々10
「近頃、他部隊の騎士によって手合わせを依頼されることが増え、多い日では手合わせが1日に5件をゆうに越える事態に発展しているんであります」
「なるほど。支障が出るから止めるよう通達してほしいと」
「いえ、支障になるような仕事もないし手合わせ自体は楽しいのでそれは別にいいんですが」
「では数が多過ぎるから減らせと」
「その程度で倒れるなら飛獣騎士やってないんであります」
腕は後ろに回して足を開いたまま直立し、第四王子の言葉に対して首を横に振る。
すると殿下は片眉を上げて私を見た。
「では例の件か」
「例の件って何でありますか?」
「噂だろう」
「噂?」
噂って何でありますか。
私が訊ねると、殿下は「本当に知らないのか?」と訝しげな顔になった。引き出しから手紙を取り出して私に軽く見せる。封筒と字からするに、ローナン先輩が書いた手紙だ。テーブルに置いたそれに、さらに手紙が重なる。ワイズ先輩の字、ルーサー先輩の字、ウダン先輩の字で書かれた宛名もあった。
「今朝、お前の先輩からこぞって届いた。本人からは言いにくいだろうからと」
「……何が?」
「本当にわからないのか」
「わからんであります」
ため息ののち、殿下は口を開く。
「武芸の手合わせをしているという話が独り歩きして、夜の相手を探しているだのという下らない噂が流れているのだろう」
「あー」
「あーじゃない。知らなかったのか。そうではないように書かれていたが」
「いえ、知らなかったわけではないんでありますが」
未婚のうら若い娘なのに、あらぬ噂を立てられている。本人は悲しみを見せず気丈に振る舞っているが、騎士として弱みを見せぬだけだろう。身分差もあり、高位の貴族から無理に迫られれば悲劇に繋がるかもしれない。この荒唐無稽な噂をどうか否定するお言葉を賜りますよう。
殿下によると、先輩たちの手紙にはそれぞれ、そんなことが書いてあったらしい。
「先輩……」
「仲間思いでよろしいことだ。自分からは言わぬだろうと気を回して手紙を送ってきたのだろう。それぞれが黙って行動した結果、4通も似たようなものを読むことになったが」
訓練の様子を覗きにいったときにも、朝食の席にも先輩たちは何も言わなかった。何でもないような顔をして私が困らないようにと気を回してくれていたのだ。
剣の腕は素振り段階から抜け出せていないけれど、それでも頼りになる先輩たちだと思った。
「この件について言葉にしにくいから諦めて報告しないのかと思ったが」
「いえ……ぶっちゃけ、その辺は特に何とも思ってなかったといいますか」
「それは本心か。騎士の矜持だなんだで隠す必要はないぞ。下劣な噂を立てる方が悪い」
「いやほんとに、下品なことを言う騎士は今までにもいましたし、その全員を寝込むほどやっつけて来たので、悲しいとか特に思ったことはないであります」
「国の婦女は全員教育隊に入れるべきか?」
いいと思う。私が頷くと、殿下は片肘をついてそこに顎を乗せながらなんとも言えない顔をした。
「ならば、何を相談しに来た」
「実は、手合わせの条件としてその……いくらか取ってまして」
「賭博か」
「いえ、手合わせ1回につき、私が勝ったら相手から1リブレ貰うっていうだけの……」
「賭博ではないか?」
「……そうかも」
途端に殿下の顔が渋ーいものに変わった。
「で?」
「で、それをその、禁止せずにいただきたいと」
「負けた相手から金を巻き上げるのを見逃せと」
「ちゃんと事前に伝えてますし、ほとんど1リブレしか貰ってないんであります!」
「ほとんど?」
「数リブレ渡してきた場合は、ちゃんとその数だけ投げ飛ばしてるんであります」
「お前……」
殿下はこめかみを揉みながら深いため息を吐いた。
私だってそもそも、1リブレは「これくらい条件を付ければ諦めるだろう」と半ば冗談で提示したのだ。けれどここには、そんな大金も気軽に払ってしまうような人間がうじゃうじゃしているんである。
気軽に渡してもいいくらいの金なら、貰って有意義に使った方がいいわけで。
そう言い訳めいたものを口にすると、殿下の目がまたこっちに向いた。
「何に使ったのか言ってみろ」
「いえ、ただの買い物でして」
「用途を正直に言えば、優遇措置を考えてやらんこともない」
そうじゃなければわかってるだろうな、と殿下の目が高圧的に告げていた。
騎士は賭博禁止のはずだ。言わずにいれば、殿下直々に処分されてしまうかもしれない。殿下にケツを蹴られようが日中走り込みを申しつけられようが怖くないけれど、無理矢理ミミに乗せろだとか言われたら困る。
「……飛獣の装備品を買いました」
「そんなものは給料で買え」
「ミミのじゃないであります」
「じゃあどこのグリフに貢いでるんだ」
言え、とまた圧をかけられて、私は観念した。
「槍獣第一部隊であります」
「……賄賂か」
「んなわけねーんであります!!!」
金を握らせて前線に行けるなら、私は給金を前借りして払っている。
「ギルたち……友人の装備品が訓練で消耗してたんであります。グリフを使った訓練は、長靴もベルトもあっというまに擦り切れるんであります。教育隊は半年に一回支給があったんで、それぞれ修繕して使ってたけど、支給もなくて給料も少ない、それでさらに一日中訓練してたら革を縫う時間もないんであります」
新人騎士は生き残るだけでも一人前なんていうけど、ベルトが切れて落獣で脱退だなんてせっかくの才能を潰してるようなものだ。ただでさえ過酷な訓練と実践が待ってるんだから、どうでもいいことで気を取られてる暇なんてない。
私の給料だけで賄うなんてとても無理だけど、お貴族様からの寄付なら気兼ねせずいいのをたくさん買える。
「……もう全部前払いで払い込んであるんで、返すのは無理であります」
「わかった」
黙ってじっと私を見ていた殿下は、それだけ言うと黙った。
「わかったってことは、その、見逃してくれるんでありますか?」
「賭博はやめろ。手間賃を取るにしてもひとり最大10タブロまでだ。」
「……それのどこがわかったんじゃー!!!!」
取り分を10分の1に下げておいて、何をわかったような顔をしてるんだ。
窓から投げ飛ばしてやりたい衝動に駆られたけれど、禁止にされても困る。私は怒りのやりどころがないまま部屋を飛び出して、魔術師の巣を後にした。怒りを踏みしめるように歩いて王宮へと戻る。
殿下にかまってる暇があったら、手合わせしまくってやる。10分の1に下げられたら、10倍手合わせすればいいだけだ。
「おいそこの、お前が噂の騎士アデル……」
「手合わせしろやコラァー!!!」
「うおっ?!」




