様々な人々8
正午に魔術師塔最上階へ来るように。
第四王子から返ってきた手紙には、そう記されていた。
「騎士アデルさん、本当に大丈夫?」
「魔術師塔はあの黒い塔だからね。あれの一番上に行けば殿下がいらっしゃるみたいだから、他の階には行かず最上階に行くんだよ」
「途中で何か変なものを見たり気に障るような人間がいても、気にせずに行くんだよ。ねっ」
「このハンカチを持っていくといい。腹立たしいときはこれを引き千切って耐えられる」
子供の使いかなにかを見送るような先輩たちに手を振って、私は正午に魔術師塔へと向かった。
普段過ごしている王宮の区画と、魔術師塔はそれほど離れていない。王宮の中で独立した建物として存在している魔術師塔は、黒の塔と呼ばれる通り炭を塗りたくったような黒色をしている。先輩たちの話では、内側に一切光を入れないように黒く塗っているのだとか、魔の力を集められるように呪いが掛けられているだとか、カラスの血を何層も塗り重ねてあの色になっただとか、色々噂があるらしい。魔術師は黒いローブを着てるし、ただ陰気で黒が好きなだけな気がする。
私は黒鉄で縁取られた大きくて重そうな扉のノッカーを掴み、何度か叩く。
「…………」
応答がない。
10回くらい叩いてみたけど、誰かが出てくる様子もなかった。近くにある窓を覗くと、カーテンの隙間から、あの女魔術師と目が合った。見下したような笑みを浮かべ、さっとカーテンが閉め切られる。
あいつ今度また噴水に落とそう。
「なんでドアを開けないだけでグリフ乗りを閉め出せたと思うんだ」
飛獣騎士だけじゃない。近衛騎士ならまだしも、中央教育隊で訓練した騎士ならこの程度で侵入を諦めるような軟弱者はいないと思う。
私は閉め切られた窓枠の下側に右足のつま先を掛け、伸び上がって壁の凹みに手を掛けた。ゴツゴツした石を積み重ねて作った壁は、手足を掛ける凹凸が豊富にあり、頑丈で崩れにくい。両手両足が使える状態で登るのは、崖花を取りにいくよりも簡単だ。
2階の窓に手を掛けて押し引きしてみるけれど、開かない。
3階まで登って試してみても鍵がかかっていたので、私はポケットから針金を出して鍵を外し、ドアを開けた。
風で揺れるカーテンを手でまとめて部屋の中を見ると、本棚で囲んだような、紙だらけの部屋だった。その中心に置かれたテーブルにも本が積まれ、さらにごちゃごちゃと瓶が置かれ、その隙間から女性の顔が見える。唖然とした顔をした金髪の女性は、私よりもやや年上のように見えた。緑色の目がこぼれ落ちんばかりに見開いたままで固まっている。
私が窓枠に手をついて中に着地すると、その女性は猫みたいに飛び上がった。
「ひゃああっ……!」
「驚かせてすみません。私は近衛第四部隊騎士アデルであります」
生成色をしたローブをゆったり羽織っていた女性は、後退りながら腕をむやみに振り回したせいでテーブルの上の瓶を何個か倒した。そして女性が魔術師にありがちな貧弱体幹で後ろ向きに転んだので、赤や青の液体がローブに染み込む。
「大丈夫でありますか」
「あ……あなた……誰なの……」
「近衛第四部隊騎士アデルであります」
「え……騎士……? 強盗じゃなくて……?」
「騎士であります」
怯えの顔から混乱の顔に変わった女性は、わけがわからないと言いたげにしながらも、私が差し出した手に自分の手を乗せた。立ち上がらせ、やたら頑丈なハンカチを差し出すと、何度もまばたきしながらも受け取る。
「あの……ありがとう……ございます……」
「驚かせてしまってすみませんでした。ここの最上階に用があったんでありますが、入り口が開いてなかったので」
「最上階……殿下の? ああ、近衛って……」
髪の毛から目、腕、声量まで全てがか細い女性は、何か納得したように頷いた。受け取ったハンカチでローブを拭こうとしているものの、上の空なせいかほとんど違うところにあてている。指摘しようかどうか迷っていると、女性の方が先に口を開いた。
「……あの、フィリアが失礼をしたようで……申し訳ありません」
フィリアというのは、あの小さい女魔術師の名前だ。知り合いのようで、代わりに謝られてしまった。この人、魔術師にしてはまともな価値観をしているらしい。
「そのドアを出て、廊下を左にいって突き当たりを右、もう一度右に行きますと、昇降機があります。それに乗れば、最上階まで行けますから」
「ご案内、感謝いたします」
「ここに普通の方が来られるのは珍しくて……失礼をしてしまい、本当に申し訳ありません」
「いえ、こちらこそいきなり部屋に侵入してすみませんでした」
お互いに頭を下げ合う。顔を上げると、女性は少し緊張がほぐれたように微笑んでいた。なので私がハンカチのことを指摘すると、ちょっと恥ずかしそうにしながら慌ててローブをポンポン叩いている。
「ハンカチをありがとうございます……あの、お礼を……」
「いえ、それには及びません」
ふと足音に気がつく。軽い音で近付いてきた足音は、この部屋の前で止まった。私は姿勢を正して静かにドアに近寄る。
勢いよく入ってきたのは、私が予想していた人物そのものだった。
「ねえねえツェリッ! 今日の実験の……」
「閉め出すにしてもやり方が中途半端なんじゃっ!!!!」
「きゃあああああっ!!」
驚いて腰を抜かした女魔術師を、私はまた高い高いの刑に処した。




