悪夢の配属6
たっぷり肉を食べた後、水浴びもしてさっぱりしたミミを連れて戻り、騎士食堂に戻る。なんとか間に合ったようで、私は人混みに飛び込んで骨付き肉が大きい皿を確保できた。
ガヤガヤと騒がしい長テーブルに挨拶しながら空いている席を探す。
「よぉアデル」
「ギルじゃん」
声を掛けられて振り向くと、ギルがニヤニヤしながら肉にかぶりついていた。ソースまみれの手で向かいの席を指すので、そこへ座る。隣に座っていた真新しい制服の訓練生が、恐縮したように距離を空けてくれた。
「槍獣第一部隊様ともあろうお方がこんなとこで何やってんの? 前線行かないなら変わってあげよっか?」
「第一部隊は入隊後に王都支部で訓練期間があんだよ。前線は王都と違って危険だからな、厳しい訓練に訓練……かぁ〜飛獣騎士はつれぇなァ〜」
わざわざ王都にあるのが支部だと強調して喋ったギルは、全然つらそうじゃない顔で嘆いてみせた。腹が立ったので脛を思いっきり蹴飛ばす。
「いってぇ!」
「あーごめんごめん、厳しい訓練を重ねた騎士様がこんな攻撃も避けられないなんて……オーフェンも誇り高いグリフなのにこんな騎士乗せるなんてかわいそう〜」
「てめぇ、近衛騎士なんかに配属されたからって僻むんじゃねえ」
「うるさいバカギル」
蹴り返されそうになったので、こちらも応戦する。朝飯を食べながらテーブルの下では蹴りの応酬をすることなど、騎士にとっては朝飯前だ。訓練生がまた距離をとっているけれど、あの初々しいのも3ヶ月すれば立派に蹴り合っている仲になる。
「ってぇ!」
「私の勝ちっ。ねえどこで訓練すんの? 上官誰?」
「ワズルド部隊長だ」
「えっ?! 第一部隊長の?! 前線で勝ちまくってる人がなんで?!」
西方の守護神と呼ばれているのが、生きた戦神ワズルド部隊長だ。焦げ茶の髪に日に焼けた肌をした偉丈夫だから、グリフの化身とさえ言われている。背も高く筋肉が付いた重い体を持つ男は普通飛獣騎士に向かないのに、ワズルド部隊長の手綱さばきは格別だと有名だ。千本の矢の雨を無傷で潜り抜けたという伝説だって、あながち嘘じゃないらしい。グリフとの信頼関係と武術の腕があってこそ、20年以上も前線で部隊長を務めていられるのだろう。飛獣騎士なら誰もが憧れる存在といって間違いない。
「毎年新人の訓練に顔出すらしいぞ。敵との臨戦状況に耐えられる騎士かどうか見定めて、ダメなら他に配属させるとか」
強さと共に、ワズルド第一部隊長はその厳しさでも有名だ。ほとんど笑わず、常に部下を厳しく統率し、少しでも不備があるものは後方へ下がらせる。噂では、たくさんの同胞を亡くしてきたからこそ、少しでも隙のある騎士は連れていかないと決めているとか。
入隊したばかりの新人騎士なら油断も多い。厳しい環境でやっていけるのかを自らの目で確かめ、実力があると認めたものだけを連れて前線に戻るつもりなのだ。
ってことは、ワズルド部隊長に認めてもらえれば前線異動も夢じゃない…のでは。
「おい、またアホなこと考えて目を輝かしてるとこ邪魔するけどな」
希望を見出し世界が明るくなった私の目前を、ごつい手がひらひら遮った。それをはたき落とすと、ギルがニヤニヤ笑いながらソースのついた手でこっちを指してきた。
「そもそもお前、食堂間違えてるぞ。近衛騎士は王宮内に独自の騎士食堂があるんだよ。お前以外白い制服いないの気付かなかったか?」
「……それ早く言ってよー!!!」
「西の廊下から入って左奥突き当たりだぞー」
朝食は騎士食堂で、と説明されていた。騎士食堂っていったら総合隊舎のすぐ隣、訓練生だの他部隊だのごちゃ混ぜ使うこの騎士食堂を思い浮かべるのが普通だ。他に同じようなところがあったなんて知らなかった。
食事の時間は終わりに近付いている。私は急いでスープを飲み干すと皿を戻し、王宮へと走った。
騎士食堂は、食事時間に間に合わなければ容赦なく片付けを始めてしまう。遅刻すれば食事抜きが確定するのだ。間違えていた先が同じく食堂でよかった。配膳には間に合わなかったけれど、昼まで空腹は免れた。
賑やかな集団にこっそり滑り込み、しれっとついていって点呼に並べば遅刻したこともバレないだろう。
そう油断してドアを開けた私に待っていたのは、さっきいた騎士食堂とは全く違う空間だった。
「………………」
狭苦しく並んだ古い長テーブルにガタつく椅子が限界まで並べられているのではなく、広い空間に真っ白なクロスがかけられた丸テーブルが点在している。ひとつひとつに、夜でもないのに長ロウソクが3本ずつ灯されていて、儀礼用としか思えない椅子が4つでひと揃いだった。騎士たちの手元には銀のナイフとフォーク。誰もゲラゲラ笑うことなく怒鳴ることなく、静かな音量で会話している。
なんだここ。
なんで皿に皿を重ねているんだ。
なんで晩餐会みたいに、配膳する人間が別にいるんだ。配膳係の騎士じゃないのか。
「新しい近衛騎士様ですね。第四部隊のお席はこちらです。どうぞ」
「え……」
金の刺繍が入った白い背広を着た初老の男性が、丁寧にお辞儀をしながら私に話しかけてきた。指を揃えた手で窓際の方を指しつつ、ちらりとこちらを見る。
「そちらのお料理は、温めてのちほどお出ししましょうか?」
「は?」
そちら、と指されたのは、私が握ったままだった骨付き肉だ。大きくて筋張った水牛の肉を大量にぶつ切りにして大鍋で煮込んだ騎士料理である。そちら、と上品に指さすようなもんでもない。
「いえ……」
「では、取り皿とお手拭きをご用意いたします。お席にてお待ちくださいませ」
じろじろと見られる視線を感じながら、じいちゃんくらいの年頃の人に頭を下げられて居心地悪く席に座る。あっという間に似たような白い背広の若い男がやってきて、私の席に皿とカトラリーとガラスのグラスを並べた。
何が起こっているんだ。朝飯を食いたいだけなのに。これが騎士の食堂なのか。
私はとりあえず、持っていた骨付き肉に齧り付いた。
いつもと同じ、煮込んで味の染みた美味しい味がした。