様々な人々7
「近衛第四部隊の騎士アデルさんはおられるか? 格闘の腕が一流だと聞いた。相手願いたい」
「騎士アデルさんという人間が実力者との手合わせを望んでると聞いたんだが」
「あなた方が近衛第四部隊か? 剣を持ってくると例の女性騎士と戦えるらしいな」
「近衛騎士が格闘の指導をしていると聞いて来た」
夕食の席に着いた私に、先輩たちが気遣わしげな視線を向ける。その背後に体格も態度も大きい人間がヌッと現れた。
「おい、騎士アデルってのはどいつだ。最近調子に乗ってるらしいじゃねえか」
私は先輩たちに「失礼します」と言ってから席を立ち、男を見て顎で外を指す。拳のデカさの割に弱かったそいつを10秒で倒してから、私は席に戻った。座ると同時にスープが置かれる。私が食べ始めると、ローナン先輩が口を開いた。
「……大丈夫? 騎士アデルさん」
「食事の邪魔をする奴は、ミミのおもちゃにすらなれないドアホであります」
「う、うん……あ、ほら! 今日は豚の重ね煮だよ! 騎士アデルさん重ね煮好きだよね!」
「そうそう、たくさん食べるといいよ! ここの料理は美味しいものね!」
教育隊宿舎の雑な料理や、街の庶民的な料理とは違うけれど、確かにここの料理も美味しい。私が頷くと、先輩たちは喜んで「デザートには果物もあるよ」「うちの領地で採れたものが」となごやかに話し始める。叫ばないと注文が通らないような食堂とは違うけれど、私はここの音量を落とした話し声にも慣れてきたようだ。
「……それにしても、最近、騎士アデルさんに会いにくる方々が増えてきたねえ」
「会いにくるっていうか、手合わせしろと言われるんであります」
「噂を聞きつけた相手に勝つと、また噂が広まるから。騎士アデルさん、負けなしの女騎士だなんて言われてるよ」
「相手が弱っちいだけであります」
「騎士アデルさんが強いって思う相手なんて、大陸でもひと握りじゃないかなぁ……」
近衛第一部隊に呼び出されてからというもの、昼夜を問わず知らない人間から呼び出されて手合わせをしろと言われることが多くなった。王宮の作法も大体覚えたし、そもそも第四部隊はヒマだ。空き時間はひとりで訓練していることも多いので、相手がいるならそれもいい。けど、数が多い。
「今日はえーと、5件だったかな?」
「6件だよね騎士アデルさん。警邏部隊に呼ばれた後、また第一部隊の人が声を掛けてたもの」
「じゃあ、今声を掛けてきた騎士で7件……騎士アデルさん、疲れない?」
「手合わせ自体は疲れないんでありますが、その前後が面倒なんであります」
どう見てもコネ騎士みたいな冷やかしの人間が増えてきたとき、私は「私が勝ったら金をもらう、ひとり最低1リブレ」と条件を付けた。貴族だとそれでも気前よく払って面白半分に相手をしろと言ってくる人間もいるけれど、お金を貰えるならそれはそれで悪くはない。
面倒なのは、格闘や戦闘の心得がある人間だ。負けを認めず何度も再戦を求めたり、どうしてそんなに強いのかなんてしつこく聞いてきて時間を無駄にしてしまう。一回負けたらそれは負けで、強くなるには訓練すればいい。そうちゃんと答えてるのになかなか帰ることを許さないような人間は少なくはなかった。一昨日も捕まっていたら、次に約束していた人たちが乱入してきて言い合いから取っ組み合いに変化したのでそっと抜け出してきてやっと昼食にありつけたくらいである。
「でもこんな日々が続いたら、騎士アデルさんが可哀想だよ。騎士アデルさん、断ってもいいと思うよ」
「でも相手は俺らよりも目上の方が多いし、断りにくいなぁ」
「どんな噂が広がっているのか、この間、20リブレ出すから私邸騎士の指導をしろと迫っていた貴族の方もいたよね。騎士アデルさんが使者の方を10回くらい投げ飛ばしたら帰ったけど、ああいうの、どこまで断れるか……」
「私も、流石にそういう面倒なのは嫌なんであります。ミミと遊ぶ時間も減るし」
蒸し野菜を食べながらみんなでため息を付いていると、ウダン先輩が口を開いた。
「殿下に相談してはどうだろうか」
「殿下か……最近お忙しそうだけれど、確かにいい案かもしれない」
「そうだね、一言お手紙でも頂けたら断るのには充分だし」
「王宮の騎士に関しては、上から釘を刺していただけるかも。騎士アデルさん、今からお伺いを出してはどうかな? 頼むだけならすぐにすむだろうし」
確かに第四王子は権力者だ。
私は騎士として一応目上には逆らえないけれど、それは他の騎士だって同じ。そして殿下は王族という目上も目上。殿下が正式に一言発したものに逆らうのは、大袈裟に言えば王家へ逆らうこととも言える。
「確かに、最近手合わせのせいで勝手に出かけたりしてるんで、その辺りについても許可とっときたいんであります」
「僕らの外出で今まで咎められたことはないから大丈夫だとは思うけれど、騎士アデルさんの場合、他の部隊の方々も関係しているものね」
「そうそう。むしろ、禁止されたら相手も諦めるかもしれない」
「他の部隊で咎められて、騎士アデルさんのせいにされたらたまらないものねえ」
うんうん頷いた先輩たちはさりげない仕草で給仕の人を呼び、そしてしばらくすると紙とペンが運ばれてきた。
「騎士アデルさん、僕が代筆してしまうね。日時の希望はあるかい?」
「ありません。ありがとうございます、ローナン先輩」
「お安い御用だよ。こういう手紙は慣れが必要だからさ」
「そうそう。手紙のやりとりって難しいからね。もし貴族あてに書くときは必ず僕らに見せてくれると嬉しいよ」
こないだパルダシス侯爵から手紙が来たので、返事を書いているときに全力で止められたのを思い出した。たまたま選んだ便箋が貴族的に失礼極まりないものだったらしい。あんな紙で家に手紙を書いたら一生保存されそうな上等なものなのに、貴族ってやっぱりわからない。
「……これでよし。安心して騎士アデルさん。殿下がなんとかしてくださるよ」
手紙を頼んだローナン先輩が、私に向かって片目を瞑った。ワイズ先輩とルーサー先輩は、その背後を見て顔を引き攣らせている。
白い騎士服、体格細め、筋力なし。
「食事中に失礼。アデルって騎士が1リブレでお相手を探してるって? 3リブレで一晩どうだい?」
私が立ち上がる前に先輩たちが全員立ち上がり、3人が私の視界を遮っている間にウダン先輩がアホを持ち上げて食堂の外まで走っていった。
先輩たち、体の反応が速くなっていて何よりだ。




