様々な人々5
ミミと自身の体調管理、そして周囲の戦力増強。なかなか思い通りにはいかないときもあるけれど、先輩や魔術師は少しずつ体を動かすことに慣れている。有事の際に物理的に戦えるようにはならないとは思うけれど、反射的に動く体作りや武器を持った相手に怯まない訓練は必ず役に立つはずだ。
その他に欠かせないものといえば、第四王子。
「ローナン先輩、第四王子見ませんでしたか?」
私がいると魔術師が逃げるか飛び掛かってくるかなので、最近朝は少し遅めの時間に顔を出すようにしている。走り込みと素振りを終えて体を伸ばしている先輩たちは、銀の刺繍が入ってゴテゴテしたハンカチで額を拭っていた。肌がちくちくしそう。
「おはよう、騎士アデルさん。殿下ならここしばらく、朝の早い時間に走られているようだよ。魔術師のお仕事が忙しいのかな」
「おはようございます。ちゃんと練習やってるんでありますかね」
「しっかりやってらっしゃるみたいだよ。一昨日走ってらっしゃるところを見たけれど、前よりも早くなってらしたから」
「そうなんでありますか」
殿下とは日中まれに遭遇するけれど、公務やら魔術師の仕事やらで忙しいのか朝晩は顔を合わせる機会が少ない。私も朝晩はミミの食事や寝床の世話をすることが多いので、すれ違いになっているらしいこともあった。
体力作りは自分でやってもらってかまわないけど、ミミに好かれるためにはミミと顔を合わせないと始まらない。
前線に行くからには、殿下には先輩たちよりも覚えてもらうことが多い。格闘や森で過ごすための知識をどのくらい知っているのか確かめないと。
時間を取ってほしいと伝えるために王宮内を歩いていると、見知らぬ騎士に声を掛けられた。
「そこの騎士、名は」
「はっ!! 近衛第四部隊騎士アデルであります!!!」
「では君が噂の騎士アデル殿か。私は近衛第一部隊第三班班長ワシリスだ。もし許されるならば、少しお時間を取ってもらいたい」
体格からして、ちゃんと仕事をしているタイプの近衛騎士だ。胸板が厚く、やや重心が上だけど態度に余裕がある。
何かの用事だろうかと頷いて後ろをついていくと、王宮内でもいつもいる区画から少し離れたところへと案内された。大きな扉を開けると、中はかなり変わった空間が広がっていた。
広さはそこそこだけど、王宮では見ない木板の床だ。無骨な武器棚があるくらいで、絵画も花も飾ってない。窓もガラスではなく木の鎧戸。そして鍛錬場の匂いがするその空間には、5人ほどの近衛騎士が集まっていた。全員の視線が集まる。
ここにいる騎士は全員、私よりも年上の男性騎士だった。20代中盤から30代のように見える騎士たちは、きちんと鍛えている体と目をしている。
私が見上げると、ワシリス班長は軽く頷いて口を開いた。
「騎士アデル君。君がパルダシス侯爵と一戦交えたというのは本当のことだろうか」
「はっ!! 一戦というほどではなく、格闘の指導をしていただいた程度のことであります!!!」
「謙遜はしなくていい。パルダシス侯爵の顔に傷を付けた件は皆に広がっている。その体格であれほどのアザを残したというなら、よほどの実力者なのだろう」
「恐縮であります!!!」
「ついては、我々とも試合をしてもらいたい。噂では中央の飛獣教育隊出身と聞く。第四部隊では教育隊の頃のような訓練は難しかろう」
見回すと、5人全員が私を見てそれぞれ頷いた。
つまり、全員と手合わせらしい。
「君の実力が噂通りなのであれば、第四ではなく第一部隊への移籍も夢物語ではない。その腕を活かす場を作り上げるような気持ちで戦ってもらいたい」
「あのー、第一部隊への移動は希望しないんであります」
「ほう? 君はその実力を王宮の端で腐らせる気なのか?」
それぞれの目が、訝しげなものへと変わる。確かに、国でもっとも厳しいと評され、事実そうだと確信できるような厳しい中央訓練部隊のさらに厳しい飛獣教育隊を卒業したのに、近衛第四部隊にいるのは不思議なのだろう。そういう目で見られるのには最近慣れてきた。
中央教育隊の各部隊を卒業した首席のものは、自身が希望した部署への配属を確約される。ワシリス班長は自己紹介のときに家名を言わなかったので、もしかしたら彼も中央教育出身で近衛に入った人なのかもしれない。近衛を希望する上位者は、大体が王家を守るために力を磨いてきた人だ。そういう人からすると、お茶の時間が3回もあったり読書や観劇の感想を言い合う時間がある第四部隊への配属は意味不明だろう。私も意味不明だった。
けれど、私にとっては第一部隊も第四部隊もおんなじようなものだ。
「その代わり、私が全員に勝ったらお願いがあります」
「……いいだろう。ただし、願いを聞けというのなら、日数をあけての手合わせは認めない。1日1人ずつ毎日戦うというのはどうだ。もちろん、我々も無情ではないからな。武器は君の好きなものでかまわない」
1日に複数人は相手できないだろう、と言いたいらしい。第四部隊だからだろうか、随分舐められたもんである。
とはいえ、侮ってくれるならありがたい。油断は一番美味しい急所だ。
近衛隊は高級取り。願いも聞かずに承諾するだなんて、よほど余裕があると見る。私は顔が緩みすぎないように気を付けながら頷いた。
「では、剣でお相手願います」




