様々な人々4
「騎士アデルさん、流石にその……彼女を鍛えるのはどうかな?」
「そうだよ女性だし、あいや騎士アデルさんが男と言ってるわけではなくて!」
「僕らでもついていくので精一杯なのに、無理じゃないかなあ」
「怪我をする」
この女魔術師を鍛えることについて、先輩たちは反対らしい。それぞれの主張を聞いて、私は首を傾げた。
「先輩方もこいつも同じような体力であります」
「ひどい! 騎士アデルさん俺は腕立て10回できるんだよ?!」
「確かに筋力的には少し上かもしれませんが、こいつは度胸があるんであります。戦うときに相手に踏み込んでいく強さからすると、先輩たちよりこいつの方が上であります」
「う……確かに」
「僕ら、騎士アデルさんに立ち向かおうだなんてとても思えないものねえ」
そこで納得してしまうあたり、先輩たちは素直すぎるほどだった。貴族が遠回しな言い方をするのは、争いを避けるためだ。多分先輩たちは、喧嘩だって口喧嘩くらいしかしたことがないのだろう。
「こいつ呼ばわりするな! 私はあんたなんかに従わない!」
「別に私に従わなくてもいいんであります。先輩たちの真似をしてればそこそこ鍛えられるんで」
「えええ! 騎士アデルさんまた僕たちに押し付けるの?」
「待ってローナン、その言葉、殿下のこともそう思ってるのがバレてしまうよ」
私は黒いローブの胸ぐらを掴むのをやめた。その代わり、両手を魔術師の脇に入れて持ち上げる。相手が反応する前に、持ち上げたままぐるぐると回ってみた。
「騎士アデルさんどうしたのー!」
「それ、子供にやるやつだよ!」
「危ないんじゃないかな!」
先輩たちは慌てているものの、私が振り回している魔術師の足に当たりそうで近寄って来れない。
小柄な女性は軽くて回しやすい。私がぐるぐる回し続けていると、魔術師は顔をまた真っ赤にして怒った。
「放しなさい! なんて無礼なの!」
「ほーれほーれ」
「やめろって言ってるでしょうこの馬鹿!」
「馬鹿に好き勝手されてるなんて可哀想でありますね〜体を鍛えてればこの程度、軽くやめさせられただろうに〜ほーれほーれ」
「放しなさいってばー!!」
「ちょーっと鍛えてれば、腕を殴るなり蹴りを食らわせるなりですぐ脱出できただろうに〜自らへの鍛錬を怠る人間というのは無力であります〜ほーれほーれ」
「騎士アデルさん……そ、そのへんで……」
私は「先輩たちに混じって体を鍛えるか?」と問いかけながら、持ち上げた魔術師をぐるぐると回し続けた。根性だけはなかなか侮れない魔術師は、怒って真っ赤だった顔が青くなるまでウンとは言わなかった。でも最終的に頷かせたので私の勝ちである。
下ろした魔術師は、すぐに四つん這いに崩れ落ちる。いつの間にか用意していたらしいワイズ先輩が、レモンのスライスを入れた水をそっと渡していた。
「鍛える気になってくれて嬉しいんであります」
「……そんな馬鹿げたことやるわけないでしょう! やめさせるための嘘よ!」
「ちなみにサボったらその分だけまた高い高いしながらぐるぐるしてあげるんであります。3日サボったら殿下も同じ目に遭わせます」
「汚らわしい手で殿下に触るなんて絶対に許さない!」
「鍛えたら、それも阻止できるんであります。殿下が目を回すかどうかは自分次第でありますよ」
「騎士アデルさん、そのへんで。ねっ」
「……魔術を使ったら、あんたなんか一瞬で殺せるのに!」
「やってみろやボケェお前みたいなヒョロヒョロ腕で魔術だろうが殴打だろうがあたるかぁ!!」
「まーまー、まーまーまー!」
今度は足を持って振り回してやろうかと思った私と魔術師の間に、先輩たちが決死の顔で割り込んできた。私のすぐ前に立ちはだかったウダン先輩は、ぎゅっと目を瞑りながらも両手を広げて防いでいる。
「ほ、ほら、騎士アデルさんは体を鍛えることは自分のためだけでなく、殿下が喜ぶことにもなるって言いたいんだよね?」
「いえ、特にそ」
「あー! なるほどなるほど! 騎士アデルさんによると、殿下をお守りするためにはみんなが色んな状況に対応できたほうがいいって! なるほどね!」
「うんうん! 魔術もすごく大事だけれど、武術があればいざというときに役に立つというわけだね!」
「体力があると、勉強にも集中できるのだとか。体を鍛えるってすごくいいことだねえ!」
先輩たちは交互に振り返って私に「ちょっと黙って」と人差し指を立てながら、魔術師に対してわざとらしいほどに笑顔を向けていた。
「僕らも少し前に鍛え始めたばかりなんだ。大変だけど、できることが増えると嬉しいよ」
「そうそう。毎日やってたら、少しずつ体力ついてくるからさ」
「みんなで励まし合えば乗り越えられるよ。一緒にやってみないかい? 朝と晩、ここに来るだけでいいんだ」
魔術師は先輩たちを見回した後、何かを言おうとして、そのまま口を閉じる。そして急に立ち上がり、そのままズンズンと王宮の方へと歩いていってしまった。ドアの近くに座っていたミミがピャーッと急に鳴いたのでビクッと飛び上がったあと、走って中へと入っていってしまう。
「あれ……ダメだったかなあ」
「どうだろう。怒ってなかったから、考えてくれたかも」
「あとで手紙を送ってみようか。花も添えてさ」
見送りながら3人が頷いている。ウダン先輩を見ると、私を見ていた先輩も黙って頷いた。
「反対してたのに、誘ってくれるんでありますね」
「だって騎士アデルさん、諦めそうにないんだもの」
「どうせなら楽しくやった方がいいからね。俺たちだって一緒なら励ませるし」
「そうそう。だからね騎士アデルさん」
ドアの方を向いていた先輩たちが、今度は私を取り囲んだ。4人の目が穏やかに私を見ながら頷いている。
「絶対に絶対に、殿下を持ち上げてぐるぐる回したりなんかしちゃダメだよ」
「あの子のことは、俺たちがちゃんと説得するからさ」
「王宮で殿下を高い高いした日には、ぐるぐるした日には本当に首が飛ぶかもしれないからね、騎士アデルさん」
先輩たちは静かに、しかし根気強く説得を続け、とうとう私を頷かせたのだった。




