様々な人々3
「その汚らわしい手を放しなさい!!」
首根っこを掴まれた魔術師は、腕を振り回しながら喚いた。言われた通りに手の力を抜くと、黒いローブを被った魔術師は地面に倒れ込む。
「何するのよこの下郎!!」
「放せって言われたんで放したんであります」
「騎士アデルさん、騎士アデルさん、お手柔らかに……相手はご婦人だから……」
もちろん手加減はしている。しているけれど、着地すると思ったのに転ばれたんだからしょうがない。そして手加減しようと思っているというのに、この背の低い魔術師は懐から木の棒を取り出して振りかぶってきた。
動きも遅く隙も多い。木の棒はただの円筒形だったので、そのまま掴んで引っ張った。女魔術師の握力は弱く、棒はあっさり抜ける。
「ああ、危ないっ……あれ?」
「こんな感じで、武器を持ってても使い方を知らないと丸腰と同じであります。そもそもこの短さの棒でこんな風に振り上げるのはバカの所業であります。長さがあれば相手によっては警戒して怯むこともありますが、戦い方を知ってるならこの振り上げて甘すぎる脇腹をこう肘で押してから自分の武器で刺せば一発であります」
左手で魔術師の手首を掴んでさっきの位置まで持ち上げ、隙だらけな部分を棒で指す。
「半身が出るので肋骨辺りを狙うと確実でありますが、こっちから鳩尾や首を狙ってもいいし、足を引っ掛けて手前に引けば自分から膝打ちされに倒れ込むんでラクであります」
「き、騎士アデルさん……うん、わかった、勉強になったから、とりあえず放してあげようか」
「怒ってるからさ。かなり怒ってるみたいだから」
ワイズ先輩の言う通り、魔術師は掴まれて怒っているようだ。反対の手や足を使ってむやみに攻撃してくる。けれどそもそも筋力がないので全部丸見えだし、暗器を仕込んでいるわけでもないので当たっても全く痛くない。
魔術師のくせに騎士に肉体勝負を挑んでくるあたり、大胆というか世間知らずというか。
「触るな筋肉馬鹿!! 役立たずなあなたたちのせいで殿下の生活に支障が出ているのよ! 高貴な手を煩わせることばっかりしかしないくせに!」
「殿下の生活に支障が出てるのは、殿下の筋肉が足りないせいであります。いまだに腕立てして手が震えるのは私の責任ではないんであります」
「騎士アデルさーん、筋肉痛のことじゃないんじゃないかなー」
「たぶん、多分だけど、昨夜の総夜会で不審者を捕まえたりしたことじゃないかなー」
少し離れたところから、先輩たちが小声で叫んでいた。器用だ。
「護衛は守るのが仕事であります。仕事をしない方が役立たずなんであります」
「もっと柔らかい言い回しをしようよー」
「うるさい! あの程度、殿下はご自身で対処されるのが普通なの! 本当に危機が迫ったなら、私たちが命に代えてもお守りするんだから、余所者は消えなさい!」
「オメーみたいなくそ弱人間が命張って何になるんじゃ!!!」
「騎士アデルさーん! 落ち着いて!」
ミミの方に棒を放り投げて、私は魔術師の襟首を掴んで持ち上げた。正直、片手でも持てる重さだ。あっさり掴まれた上に揺さぶられるがままになっている奴が何を守れるのか教えてほしい。
「こんなひょろひょろのくせに命張ったところで、殿下も5秒後にやられるじゃろが!! 魔術しないならしないでせめて護身術くらいは身につけとけ!!!」
「ごもっとも! ごもっともだから騎士アデルさん!」
「降ろしてあげて! 彼女すごい揺れてるから!」
先輩にしがみつき懇願をされたので、私は魔術師を足がつく高さに下ろした。目を回しながらもまだ怒っているらしい魔術師が、何か悪口を繰り出そうと一生懸命口をパクパクさせている。悪口が攻撃力になったら力はあるかもしれないけれど、それだってキャンキャン言うだけなら他の奴に負けるだろう。
殿下は今まで、近衛隊を付けずこういう魔術師をそばに置いていたらしい。
なぜなんだろう。他の態度と昨夜の状況からして、ああして襲われるのは珍しいことではなさそうだったけど。ひょろい殿下が自分で対処できるくらいだから魔術を使ったのかもしれない。でもそうなったら、このお供はますます連れて歩く意味がない気がする。
「騎士アデルさん、ほら、手も放してあげようか。彼女爪先立ちになってるし」
「どうか怒らないで、あと騎士アデルさんを挑発しないでもらえるかな」
殿下の魔術がどれくらいすごいのかはわからないけれど、もし戦争を止めることに魔術が関係するなら、いちいち不審者に対して魔術を使っているのは時間の無駄な気がする。何かしら準備をするなら、なるべく早く済ませてほしいし、そのためにできることは周りがやっておくべきではないだろうか。
「放しなさい! 許さないわよ!」
胸元を握っている私の手を叩いている、魔術師の女を見る。
まだ若いし、威勢がいい。
「……こいつも鍛えとくか」
私がそう呟くと、先輩たちは「ええー!」と綺麗に叫び声を合わせていた。




