様々な人々2
「もうだめ……ゆるしてぇ……」
へろへろと地面に横たわったローナン先輩の隣に、ルーサー先輩が並ぶ。ワイズ先輩とウダン先輩はどうにか四つん這いで耐えていた。
全員が息切れしながら呻いている。
「もう……はしれないよぉ……」
「3倍にしては中々頑張ったんであります。やはり体力が付いてきてるようでありますね!」
「き、きしアデルさん……ぼ、ぼくらより……はし……なん……」
ワイズ先輩は、私がもっと走ってるのに疲れてないのはなんでだと訊きたいらしかった。
教育隊1ヶ月目でもないのにこんな距離でへばってたら落第である。これでも治りかけの肋骨のためにゆっくり走ったので、この程度で驚かないでほしい。
「そろそろ休憩を終わらせて、格闘の練習をするであります」
「まだ息上がってるよぉ!」
「騎士アデルさん、少なくともお茶の1杯や2杯出てからが休憩だよ!」
「水は汲んでおいたんであります。どうぞ」
「バケツゥ!」
バケツは飲み水を汲むためのものじゃないとかなんとか貴族発言をしたので、私は仕方なく通りがかったメイドの女性に飲み水を頼んだ。ピッチャーとカップが届けられると、先輩たちはようやくへろへろと起き上がって手を伸ばす。
「呼吸のせいで喉が渇いてると思うんでありますが、大量に飲むと脇腹が痛くなるんであります。ひと口飲むごとに時間をあけて、飲みすぎないのが重要であります」
「なんで難しいことを言うんだ騎士アデルさん……」
「お茶が飲みたい……いや、氷を入れた果実水がいい……」
「既に脇腹が痛むよ……」
先輩たちが壁にもたれかかるように座りながら水分補給をしている間に、私は端に置いてあったものを運ぶことにした。暇をしていたミミがちゃっかり見つけてオモチャにしている。
「ミミ、楽しい? これ使うから貸してね」
ガジガジと噛んでいたミミのクチバシからそれを外そうと引っ張ると、ミミがピャッと鳴いて起き上がった。後ろ足を踏み締め黒い鱗の尻尾を揺らしている。
「いや、ひっぱりっこじゃないから。ミミ、後で遊んであげるから。噛みすぎると壊れるからホラ」
イヤイヤと首を振って離さないので、撫で回してどうにか譲ってもらった。夜明け前に出発して存分に飛び回ったおかげで、今日のミミは素直だ。耳の辺りをかいてやると、ミミはまた木陰に座り込んでリラックスモードになる。
「お待たせしました。どうぞ」
「……騎士アデルさん、それって、武器だよね」
「訓練用であります」
木製の剣が3つと同じく木製の槍がひとつ。フィフツカ指導隊長に頼んで借りたのだけれど、教育隊のものがただ削っただけのものに対して、近衛隊の訓練用武器は無駄に装飾に凝っていた。持ち手に塗料を塗っているし、その塗料がまったく剥げていないあたり、使う人はほとんどいないらしい。消耗が激しすぎてただの木の枝を持って訓練することもある教育隊にこっそり横流ししてやりたい。
「騎士アデルさん……そんなの持って訓練するの?」
「今日はどの程度使えるかを見るだけであります」
「騎士アデルさん、どうしてウダンだけ槍なんだい?」
それぞれ武器を手渡すと、ルーサー先輩が首を傾げなから言った。ウダン先輩も軽く頷いている。
「格闘の際にまず一番大事なのは、相手の攻撃を食らわないことであります。究極、攻撃を避け続けていれば勝てるんであります。長物は攻撃範囲が広いから相手も警戒するし、距離を保ちながら攻撃できるので一番安全なんであります」
「そうなんだ。じゃあ、僕も槍がいいんだけれど」
「僕も」
「俺も」
先輩方は、武器の知識もあまりないようだ。教育中は何を勉強していたのか気になる。
私はウダン先輩に頼んで、槍をルーサー先輩に渡してもらった。それからその正面に立つ。
「攻撃してみてください」
「えっ、ご婦人にそんなこと……いや騎士アデルさんが弱いと思ったわけじゃなくて!」
「大丈夫です。叩くなり薙ぐなり突くなり、思いっきりやってみてください」
「頑張れルーサー! 君ならいけるよ!」
「ワイズ、人ごとだと思って……」
距離をとって応援し始めたローナン先輩たちに眉を下げながら、ルーサー先輩は槍を握り直してこっちを見た。かなり躊躇がある。槍は重心を定めないまま揺れたのち、突きの動きへと変わった。
そもそも攻撃の意思がない動きだ。私は避けずにそのまま槍の柄を握った。そのまま力を入れる。
「あれ、動かなくなっちゃったね」
「ルーサー、頑張れ! そのまま押したら勝てるぞ!」
「いや……」
ルーサー先輩の方から、押したり引いたりする力が伝わってくる。といっても、私が掴んだ槍を動かすほどの力ではない。
しばらくそのままでいて、疲れた先輩が力を抜いた瞬間にぐっと押し込んだ。よろめいた先輩が武器を手放す。
「わぁっ」
「この通り、武器が長くなればなるほど扱うのに力がいるんであります」
槍を上に軽く投げるようにして、先を握っていた手を柄の真ん中へ移動させる。獣槍と比べると、地上の槍は重くて短い。けれど、ほぼ2年間訓練しまくった槍はどんな長さでも手に馴染む。軽く回してみせると、先輩たちはおお、と声を上げた。
「それに今みたいに相手に掴まれたとき、いくら腕力があっても、こっちの体重が軽くて相手の腕力が強すぎると体ごと持ち上げられることもあります」
「そ、そんなこと本当にあるのかい?」
「槍の柄の材質にもよりますが、ローナン先輩、ワイズ先輩、ルーサー先輩くらいの体格で、パルダシス侯爵みたいなのが相手だったら可能であります」
「侯爵……おそろしいお方……!」
「ウダン先輩は背も体重もあるし、筋肉もそこそこあるんで持ち上げられることはないと思うんであります。本当に槍を持つならもっと鍛えないとでありますが」
ウダン先輩に木製槍を返しながら、私は先輩たちを見回した。
「武器は特徴によって有利か不利かはありますが、何を使うか考えるときに大事なのは、どれが自分に合ってるかであります。槍と剣でも、剣で勝つ人間は沢山いるんであります。10人が高所から矢を放っても、小剣で防いだ人間だって見たことあるんであります。自分の能力と、武器の長所を掛け合わせたらそれが一番強いんであります」
教育隊で言われたことをそのまま説明したら、先輩たちの目が輝いていた。興味が湧いてきたようで嬉しい。
「自分に合った武器か……そう思うと、剣だってかっこいいよね」
「小さいナイフをしゅしゅっと投げてみたい! 小説の『騎士ノールダーム』みたいに!」
「僕は弓矢がいいなあ。形が美しいし、精神統一できそうだもの」
「槍で人を持ち上げる……」
流行り物や新しい宝石の話をしているときと同じくらい、先輩たちは楽しそうにきゃっきゃしていた。今まで訓練について話すときはみんな怒られた犬みたいな感じだったので、楽しそうにしてくれてなんか嬉しい。
「先輩方、やりたい武器を考えるのはいいんでありますが、まず基本からであります。特に先輩方は街の女の子よりちょっと弱いくらいの力でありますから、変に武器を触ると死にます」
「死にます?!」
「死にたくないよぉ!」
「剣だって扱いを間違えれば簡単に死ぬんであります。なので、私が大丈夫そうだと思うまでは木のやつで、金属製も刃を付けてないやつなら大丈夫ですが、頭にぶつけたりすると簡単に死」
「木製のやつを騎士アデルさんの見てるとこでしか使いません!」
先輩たちの顔が引き締まった。財力に任せて色んな武器を買いそうな気がしたので、ちゃんと止められてよかった。
「じゃあ、まず素振りから確認するであります……あ、待ってください」
「どうしたの、騎士アデルさん」
「ちょっと持ってくるであります」
私はことわってから、王宮への出入り口の方へと歩いていく。途中まではミミがいる木陰を目指しているフリをして、ドアに近付くとそのまま勢いを付けて中に入った。2番目の窓の下にいたそれを持ち上げて、それから外に引きずっていく。
先輩たちは私が持っているものを見て、顔を引き攣らせた。
「き、き、騎士アデルさん……」
「お待たせしました」
私の腕にいるのは、なんかチラチラ見てきて気になった視線の主。
小さい女魔術師が私の腕から逃れようともがいていた。




