王宮の夜24
「殿下はバカなんでありますか?」
「人払いしたことに深く感謝してほしい発言だな。不敬罪で首を切られたいのか」
殿下の物言いがいつも通りに戻った。
「不敬も何も、戦争を止めるなんて無理なんであります。そんなもんできるなら最初から戦争なんて起こらないんであります。子供じゃないんだから……」
「そうやって諦めて民の命を無駄にしているのはどちらだ。大人として振る舞って国力を削るより、私の考えはまともだと思うが」
「だからぁそもそも無理だっつってんであります!!」
ビフェスタは東西南を山と海に囲まれている。高い山は隣国との距離を遠ざけ、豊かな恵みをもたらす海は地形が複雑で慣れた者しか船を寄せられない。残る西側だけが隣国と地続きになっているけれど、広大で深い森とそこに住むグリフがそれを阻んでいる。
森の木々は固く丈夫な家を作るのに適していて、多様な植物が多様な動物を擁している。森に住んでいる人間は狩りをして果物を採るだけで生きていけるし、森に接している村は家畜を連れて森へと入る。東に近い王都はその恩恵が薄いけれど、国の半分に住む人間は森のものを口にしているし、残りの半分だって森の木々を使った家に住んでる。
生活を支える大きな森に、賢くて強いが仲間にできるグリフが住んでいる。狙われないわけがない。だからロンディバルはビフェスタとの争いが絶えないし、ビフェスタが隣地を征服する前、国名がトイカだったときからずっと森を守ってきた。
槍獣部隊とグリフは敵国の侵入を防ぐだけではなく、森がもたらす豊かな恵みも守るためにいるのだ。森の恩恵を受けるためには、それを狙う人間と戦い続けなければいけない。
なんでそれがわかんねーんだこの殿下はと思いながらテーブルを叩いて説明すると、殿下は「人間らしくしろ」と嗜めてきた。また投げ飛ばしてやろうか。
「ビフェスタの侵攻が止められるんなら、誰だって苦労しねーんであります!! でもできねーから戦ってるんであります!!!」
「ならば視点を変えろ。もしできたらどうする」
「だからできねーっつってんだろであります」
「お前の頭には石でも詰まっているのか。もしでも夢想でもなんでもいい。その方法があるならどうするか考えてみろ。戦略科の成績を見るに、想像力はある程度あるはずだろう」
頭の中で殿下を投げ飛ばしまくりながら、私は口を閉じた。
もし戦争が止められたら。
「……そりゃその方がいいけど」
「止められると知っていてやらないのはどうだ」
「それはアホでありますが、だからそれは『もし』の話であって」
「もしも、じゃない。やるんだ。私とお前で」
理屈屋の魔術師である殿下が大真面目な顔をしてとち狂ったことを言っていると、まるで本当のことのように思えてくる。その黒い目が真剣なので、特にそう感じてしまうのかもしれない。
「……そんな方法が本当にあるんでありますか?」
「可能性は低いが、ある」
「だから、だから殿下は前線に行きたいって言ってるんでありますか?」
荒唐無稽な話だ。教育隊の宿舎でそんな話をしたら、寝ぼけてるか疲れて見えないものが見えてると言われて頭を叩かれるだけだろう。
けれど、第四王子は私を手元に配属させた。パルダシス侯爵によると、私の配属は、まともな近衛部隊の人たちには知らされていなかったらしい。一番グリフに乗るのが上手い私を隠すようにコネ部隊に置いたのは何故なのか。どうして格闘の心得どころか、走るのにもヒーヒーいうようなヒョロヒョロの体で、グリフに乗って前線へ行くと言い張っているのか。
「信じ始めたか。その目は雄弁だな」
「本当に、本当に戦争を止められるんでありますか」
「お前たちの騎士が老いて使命を終えた後も国を守れる。うまくいけばの話だが」
「やります。やらせてください」
もし、もし本当にそんなことができたら、どれだけの人間が救われるだろう。どれだけのグリフが戦わずにすむだろう。
そんな方法があるなら、今すぐにでもやりたい。こんなとこで話している時間すら惜しい。
私がそう言うと、殿下は落ち着けと手を上げた。
「まだ準備が整っていない。そして、この話は誰にも告げるな。王宮はお前のような者ばかりではない。戦争をしていた方が好都合だと考える者は少なくはないからな」
「そんなん全部ぶちのめしてやりたいんでありますが、黙っとくんであります」
「ローナンやお前の同期にも告げるなよ。私が陸路を選ばないのは、行動を寸前まで悟られないためだ。今回のことについてはアデル、お前とグリフなしでは成功しないと言っても過言ではない。誰よりも早くグリフを駆るその力が必要だ」
「……わかりました」
可能性が低かろうが荒唐無稽だろうが、殿下は本気でやろうと思っている。誰にも言わず、誰にも悟らせずに。
そんな計画を隠していたなんて、考えもしなかった。今ここにきて初めて私は、殿下の本心に触れた気がした。それを許されたのだと思えた。
これが信頼というものだろうか。
「騎士の名にかけて、誰にも言わないと誓います。で、具体的にはどういう計画なんでありますか」
私が声を潜めて訊ねると、殿下は眉を顰める。
「言うわけないだろう」
「…………そこは言えやああああー!!!!」
「なっ」
私はテーブルをひっくり返し、そのまま殿下を投げ飛ばしたのだった。
信頼なんかクソくらえ。




