王宮の夜22
「騎士アデルさん、騎士アデルさん、睨んだらダメだよ」
「見てるだけであります。睨んでるのはあっちであります」
黙って私を睨んでいる魔術師の2人組に、言いたいことがあるなら言えと思いながら見つめ返していると、ローナン先輩がお茶をすすめてきた。
「それはそうなんだけどほら、どう見ても彼らってその……僕たち寄りだからさ、強い騎士アデルさん相手だと目線でも敵わないんだよ」
「先輩、自分のことを枯れ枝みたいに弱いなんて卑下するのはよくないんであります」
「そこまでは言ってないよぉ……」
「騎士アデルさん、俺らは枯れ枝よりは強いよ! 腕立て伏せを11回もできるからね!」
「ワイズ先輩、腕立て伏せは片手でやるのが本当の腕立て伏せであります。あと先輩は顎を床につけてないし」
「片手のやつ、昨日やってみたけど全然できなかったなぁ。ウダンならできるんじゃない?」
「無理だ」
「そういえばさっき笛も演奏してきたけど、格段に音が響きやすかったよ! 毎日走ってるおかげだなあ」
「騎士アデルさんに感謝だね」
常時貴族のとぼけた空間を作り出してくる先輩たちの能力も、魔術師には効かないらしい。憎々しげに睨んでいた2人組は、とうとう席を立ってこちらに近付いてきた。
まとめて胸ぐら掴み上げてやる。
そう思った瞬間、すかさずローナン先輩が「騎士アデルさん落ち着いて! 後で夜食のおやつがあるから!」と謎の牽制をしてきた。私は空腹のグリフか何かだろうか。
近付いてくる黒い2人組に、ワイズ先輩が立ち上がる。
「やあ。先程はどうも。何か用事かい? お茶が冷えたなら新しく頼んで……」
「フィリアの法具を返せ」
ワイズ先輩の笑顔に一瞥もくれず、私に話しかけてくる。先輩全員の目が「穏便に」と懇願しているので、私は黙って立ち上がり、持っていた小さい女魔術師と不審者の法具を両方とも投げ渡した。ゆっくり投げたのに、魔術師はそれを取り落とす。手のひらから少しはみ出るほどの複雑な形状をした棒みたいな宝具は、金属でできているのでやや重い。ゴトンと音を立てると、2人はいきり立った。
「お前、どこまで魔術師を侮辱する気だ……!!」
「すいません、まさか受け取れないとは思わなかったんであります」
動いたらまた先輩がしがみついてきそうなのでここから投げたけれど、それがいけなかったようだ。拾おうと思って一歩踏み出すと、魔術師は2人ともが自分の宝具を取り出してこちらに構えた。
「わああ、あの、落ち着いて! すみません! 騎士アデルさんに悪気はなかったんです! あのほら、もし傷ができてたらうちで磨きに出すので!」
「魔術も使えないやつが法具に触れるな穢らわしい!」
「てめえ先輩にどんな口使っとんじゃー!!!」
「騎士アデルさんー! 俺らは彼らの先輩じゃないからー!」
ウダン先輩が私を後ろから羽交締めにしようとするけれど、私の方が力が強いので問題なかった。私の前を塞ごうとするワイズ先輩も同じく。魔術師を宥めようと向こうへ手を広げているローナン先輩は、魔術師たちに突き飛ばされてよろめきルーサー先輩に抱えられた。
「人を突き飛ばすのは突き飛ばされる覚悟ができてるやつだけじゃー!!!」
「黙れ! 野蛮な人間が近付くな!!」
枯れ枝の徒手ならまだしも、法具を振り上げたらそれはもう暴力だ。振り上げた腕の内側に手刀を叩き込むとあっさり当たって、法具はもうふたつ床に落ちる。私よりも背が高いけれど、胸ぐらを掴むと簡単に引き寄せられた。
「野蛮なやつに!! 負けたくなかったら!! 鍛えとけ!!! 魔術でもなんでも使ってみろ!!!」
「……誰がお前みたいなやつに使うか……!」
「私みたいなやつだけじゃなく、いつでも使ってねえだけじゃ!!! 魔術も使わんやつが魔術師名乗るな!!!」
「き、騎士アデルさんー! お願い落ち着いてー!」
「魔術師の方々も離れて! 騎士アデルさんが強いのは見たらわかるんだから自分からかかっていかないで!」
先輩たちにしがみつかれて、私は魔術師たちを手放した。よろめいて膝をついた魔術師たちは、それでも私を睨んでいる。
「騎士アデルさん、落ち着こうよ。ねっ。騎士アデルさんが魔術師をよく思わないのは知っているけれど、ここは穏便に」
「よく思わないんじゃなく、大っ嫌いなんであります」
「え……そ、そんなにはっきり言わなくても……」
物事を遠回しに言うのが癖になっているローナン先輩は、魔術師の顔色を窺いながら私を宥めた。
「ほら、魔術師の能力ってすごいじゃないか。魔術師の方々が作ってくれた便利な道具って沢山あるし、命に関わるような怪我でも治してくれたりするんだよ」
「こいつらはただの腑抜けであります」
「ふ、腑抜けだなんてぇ……」
「騎士アデルさん、どうしてそう思うの? 魔術師って誇り高い人々だと思うけれど」
ワイズ先輩の言葉に、私は胸がムカムカした。
なんで魔術師はそうやって無駄に評価されてるのか。
「戦える能力があるのに戦わず、人を癒せるくせに戦場に行かず、王都で固まって生きてる奴らが腑抜け以外のなんでありますか?」
血に濡れたグリフの翼を思い出す。
「ビフェスタの魔術師は戦ってる!! ビフェスタの竜騎士の2割は、魔術師であります!! グリフの方が竜より早くて強いけど、槍の届かないとこから魔術を使われたら守りに入るしかない!! いくら矢が上手くても、魔術で防がれたら落とせない!!」
「そ、それは」
「グリフに乗るのは難しいから、魔術師がなれなくてもしかたない。でも、怪我人の手当てくらいせんで何が魔術師でありますか? ビフェスタの戦線には骨を折ったはずの騎士が2日後には戻ってくる。地上にも魔術師がいるのはあきらかであります」
もう一度2人の胸ぐらを掴んで引っ張り起こす。それでも私を睨めるほどの根性があるなら、せめて後方に行って怪我人の療養の世話ぐらいしてみればいいのに。
「お前らが魔術を使わんせいで、騎士が死んどるんじゃ。なのに騎士を見下すな」
「……何も知らないくせに……!」
「やめておけ」
静かな声は、威厳を持って響いた。全員の視線がドアの方へと集まる。
「殿下……」
「アデル。来い。他の人間は全員下がれ」
真っ直ぐに私を見た殿下は、そう言ってこちらに背を向けた。




