王宮の夜20
その人物は、あからさまに挙動がおかしかった。
誰と話をするでもなく、誰と目を合わせるでもなく、けれどふらふらと会場を動いている。そして動きながらも、常に第四王子の方をチラチラと確認していた。
怪しすぎるけど他の人は何もしないんだろうか。
「ローナン先輩、あそこの男、なんか怪しいんであります」
「え? どれ? どうしたの?」
指で人物を指してはいけないのが王宮ルールなので、方向と特徴を告げるも、ローナン先輩はそもそも方向を探すのに戸惑っていた。
パルダシス侯爵は王様と一緒に帰ってしまったし、他の有能そうな人もそれぞれ王族に付いていて注意を払っていないようだ。
確かに、不審な人物は、不審だからという理由で排除はできないけれど。
第四王子から一定の距離を保ちつつ反時計回りをしていたその男は、殿下を正面に見たかと思うと人ごみを掻き分けるように近付いてきた。
中肉中背、顔色が悪い。前髪がやや長めで視界が狭そう、筋力も弱そう。動きにくそうな正装に、首元に締めてある装飾タイ。
一応威嚇程度に睨んでみたけれど、男の目には殿下しか映っていないようだ。殿下との距離が8人分にまで縮まる。
6人分、4人分、3、2、1。
なんで誰も動かんのじゃ。
男が懐から魔術師の宝具を出し、金属製のそれを第四王子の腹部に向ける。ローナン先輩の手を避けて殿下に近付き、襟首を掴んでウダン先輩の方へと押す。反対の手で法具を叩き落としてから間を開けずに、鳩尾に右、喉元に左の掌底を突き出す。
「カッ……」
急所に入り、前のめりになって息苦しさに喉を抑えた男の首に、首の後ろから左腕を回して軽く絞める。振り向くと、ローナン先輩、ワイズ先輩、ルーサー先輩、ウダン先輩、が目と口をまん丸にした同じ顔で私を見ていた。ウダン先輩に受け止められていた殿下も驚いた表情をしている。
とりあえず小声で報告した。
「武装解除であります」
「ぶ……え……」
ローナン先輩は、まん丸な口をパクパクして何かを喋ろうとしていた。しかし言葉になっていない。周囲からも視線を感じて、私はつま先で蹴り上げた法具をズボンの後ろに突っ込んで両手を不審者にあてた。
「急病人であります! 殿下、この方を外へご案内してもよろしいでしょうか」
「……許す。付いてこい」
体勢を立て直した殿下が、頷いて歩き出す。私を睨みつけた魔術師たちがそれを追い、私もそれについていった。あんぐりしていた先輩たちはそれぞれ顔を見合わせたものの、ローナン先輩が私の反対側から犯人を支え、ウダン先輩が視線を遮り、ワイズ先輩は周囲に声を掛けながら道を開けてくれる。
「グ……うぅ……」
「大丈夫でありますか! 抵抗したら殺すぞ」
「きききききしアデルさん……!」
敵を脅してるのに、なんでローナン先輩が蒼白になっているのか。そもそも支え方が本当に急病人を支えるようなやり方だ。もしかして不審者だって通じなかったんだろうか。
ローナン先輩を攻撃して逃げられたら困るな。
私は左腕の力を込めつつ、半ば引っ張るようにして殿下が出ていったドアへと歩く。
背後では優雅な音楽が流れていた。
両脇に花の咲き誇る外廊下を歩いてしばらく。人気の少ない噴水のところへとやってきたので、私は思いっきり息を吸った。
「お前誰じゃボケェオラ殺すぞ不審者確保ーっ!!!!」
「ああああ騎士アデルさん静かにーっ! その会場まで聞こえちゃうから! お願い!」
「誰何してから間髪おかずに攻撃体勢に変わりすぎだよ! てかそもそもいきなり攻撃してたよね?! ちょっとウダン手伝って!」
不審者を締め上げていると、ローナン先輩とワイズ先輩が左右にしがみ付いてきた。しがみついてきただけで締め上げるのに支障はなかった。
「王族に手出して無事に帰れるわけないんじゃぁああー!!!」
「騎士アデルさんー! 気持ちはわかる! 気持ちはわかるから落ち着いてー!」
「あーなんでだ全然止められない! 腕立て伏せ11回できるようになったのにどうして!」
「おい、静かにしろ。それが王族に手を出す気ならお前たちは王族に恥をかかせる気か」
「もっ申し訳ありません殿下!」
ローナン先輩が涙目になりながら「静かにしてよう」と頼んできたので、口は閉じる。
すると黒ローブがつかつかと近寄ってきた。小さい女魔術師が顔を真っ赤にして震えている。
「殿下に恥をかかせるなんて! この程度、殿下ならおひとりで対処なさるのよ! 何も知らないくせに! この役立たず!」
震えた手が、法具を掴んで振りかぶる。私はワイズ先輩がくっ付いたままの腕でひょろい手首を捻り上げて法具を落とすと、そのまま黒い胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「そもそもてめえらが対処しないから私がやる羽目になるんじゃボケーッ!!!! 上司なら!!! それがどれだけ嫌なやつだろうがめんどくさかろうが!!! 守るのが騎士の仕事ってもんなんじゃーっ!!!」
「……喧嘩を売られたようだが?」
「騎士アデルさんんんお願いぃ全方向に噛み付くのはやめてぇ!」
「その人騎士じゃないから! ほら浮いちゃってるから下ろしてあげて! ウダン手伝ってよー!」
3人で羽交締めにされ、騒ぎを聞きつけたミミが王宮の厩舎からやってきて文句を言いつつ頭を咥えたので、私は不審者を締め落としてからようやく落ち着いたのだった。




