王宮の夜19
総夜会が始まってすぐはよかった。
王族はホールより3段ほど高いところにあるイスに座り、挨拶のときにその場に立つくらいで動きもない。近寄ってくる人間も正面から少数ずつ。王様の騎士が多いのと警戒心を出しながら立っているおかげで不審な人物もいなかった。
パルダシス侯爵は玉座の一番近くに立っていて、位置についたときに目が合った。目礼をすると軽く顎を上げ、侯爵はそのまま前を向く。ウダン先輩にも目配せすればいいのにと思ったけれど、侯爵は近寄ってくる人間にばかり注視していた。
挨拶が終わって王様が去り、再び音楽が始まると、王族も下へ降りて会話に混ざり始める。第四王子は無愛想だし偉そうだし魔術師なのでそういうことをしないかと思ったら、普通に社交をしていた。微笑みこそないもののいつもより喋るし、声を掛けてきた人間の名前もきちんと覚えているらしい。
お付きの魔術師3人組は総夜会にも慣れているらしく、殿下に話しかける人間がいるとさりげなく距離を取る。黒いローブを目立たせながらも会場にうまく溶け込んでいた。
「あ、ご令嬢方、失礼しました。どうぞ」
不慣れが丸出しだったのは私たちの方で、殿下の背後に立っていると会話の相手が気にするようにこっちを見る。離れて立とうとする先輩たちは、他の人とぶつかりそうになって頻繁に謝ったり、挨拶をしたりしていた。総夜会に出ている人間は誰かのために道を開けるということを知らないのか、私も膨らんだ女性のドレスや、攻撃力の高そうな女性用の靴の踵を何度か避ける羽目になった。やたらと踏もうと近付いてくる人はもう酔っ払ってるんだろうか。
「あら、あなた、どなた?」
急に話しかけられてそちらを見ると、顔をやけに白く塗った中年の女性がこっちを見ていた。先輩の方を見ると頷いてたので答える。
「第四王子殿下の護衛であります」
「だから、どこのどなた? お酒を持ってきてくださらない?」
護衛に酒を頼むな。
そう思ったけれど、言い返す前にローナン先輩が手と目線で給仕を呼び、ワイズ先輩が両手を水平にして下げる動作をしながら口の形だけで「落ち着いて」と私に伝え、ルーサー先輩が優雅に胸に手を当てながら会話に入ってきた。
「彼女は騎士アデル、我が近衛第四部隊きっての有能な騎士。そしてわたくしはルーサー・ロズマリンです。ハデェナ夫人」
「あら、なんだか聞いたことがあるわね」
「私の名前に聞き覚えがあるとは、もしや音楽にお詳しいのですか? ああ、愚問でした。女神像が動き出したと見紛う女性に、芸術の才があるのは当然ですね」
「まあ」
女性は女神像というよりは教官室に置いてあった石膏像に似ているけれど、ルーサー先輩はそんなことを一切態度に出さずに女性を褒めちぎっていた。過剰過ぎて嫌味に取られるんではと思うほどだけれど、女性は機嫌よく頷いている。巧みな話術で女性の興味が完全に私から逸れたようなので、少し距離をとって視界に入らないようにしておいた。ウダン先輩は背の高さを駆使して、会場にいる給仕や侍女に目配せをして周囲の人を遠ざけていた。
貴族社会についてどれだけ学んでもよくわかっていない私には、こういう場での会話は不向きだ。対照的に先輩たちは、総夜会に不慣れとはいっても会話や気の使い方はさすがだ。先輩たち自身が貴族なので、立ち居振る舞いや周りに馴染むという点では黒ずくめたちよりも勝っている。
これほど頼り甲斐のある先輩たちの姿は初めてだ。格闘もこれくらい自信を持ってやってもらいたい。
先輩たちと、私では得意分野が違う。私は静かに呼吸して、自分の得意なことに集中することにした。
時間が経つと、雰囲気に慣れてくる。王族と話がしたいと機会を狙っている視線、飲み物や軽食を持って回る給仕の抑えられた声、殿下の相槌、他の王族の笑い声、会話を邪魔しない音量で奏でられる音楽、こっちを睨んで「ばーか」と小声で呟く女魔術師、いろんな料理が混ざった匂い、背後を通る女性の集団、巡回する護衛騎士の足音。
静かな意識の中に流れていくそれらにじっと集中していると、不意に変な視線を感じた。




