王宮の夜18
「うるさい! 邪魔よ! 体を動かすしか能がないくせに!!」
私を押そうとした手を避ける。すると、魔術師はバランスを崩してこけそうになっていた。動きが遅すぎたんでつい避けてしまったけど、掴むかそのままで待つかした方がよかったかもしれない。転ばせて問題になっても面倒なので、首の後ろを掴んで起こしてあげた。
「……!! 触るなっ!」
「受け身も取らずに転んだら痛いんであります。自分より大きい人を突き飛ばすときは重心を低く、相手の弱そうなところを狙って、掌底で思いっきりやるくらいじゃないと自分が痛い目見るんであります」
「騎士アデルさんそういった解説はいらないんじゃないかな?!」
魔術師を起こすために振り払ってしまったローナン先輩が、眉尻を下げた状態で引き攣った笑みを浮かべていた。
「えーと、あの、ほら、あなた方もここにいるってことは、殿下の護衛をされるんだね。僕らはご存知の通り、近衛第四部隊の騎士だよ。今夜はよろしく」
体勢を立て直した小柄な魔術師は、挨拶をしたローナン先輩を頭から爪先までジロジロ見て、それからフンと鼻で笑った。
「殿下のお付きは我々だけで問題ない。役立たずなあなたたちは消えなさい」
「それはお前が決めることじゃねーんじゃでありますあとどっちが役立たずじゃボケ」
「騎士アデルさんんんんんまずお前じゃなくてあなたって言おうか! ね! そして僕らのことは気にしなくていいから怒らないで!」
「そうそう! ほら終わったら騎士アデルさんの好きな訓練やろうよ! 俺たちも付き合うからさ!」
「みんな落ち着こう。ほら会場の方から美しい旋律も聞こえてきている。こんな夜は穏やかにいこうじゃないか」
ローナン先輩とワイズ先輩、ルーサー先輩は私と魔術師の説得にかかり、ウダン先輩はギクシャクした動きのまま私と黒ずくめ3人組の間に割り入って立った。
このクソ腹立つ貧弱黒虫らを思いのままにぶん投げたい衝動に駆られるけれど、今日は仕事だ。たくさん準備してくれた先輩の顔にも泥を塗るわけにもいかない。
いつか人気のない廊下であったら覚えてろよ……と念じていると、ワイズ先輩が金のドアを指す。
「あっほら!」
ゆっくりと開き始めたドアに、私たちは再び整列した。それを遮るように、魔術師たちは私たちの間をぬってその前へと立つ。真ん中の小さい女魔術師は私にぶつかりながら前に出たけれど、体幹が弱すぎて自分がフラついていた。流石魔術師、第四王子より体幹が弱い。
姿を現した第四王子はいつものローブではなく、騎士服に似た黒い上下に同色の長いマントを着ている。金銀やら宝石やらの装飾を過剰につけているのはいつも通りだった。フードをかぶっていないので、面倒くささを隠さない表情がいつもよりよく見える。
「お待ちしておりました、殿下。準備は全て整えてございます」
魔術師3人は、その殿下にさっと近付いて跪く。さっきの威勢はどうしたと聞きたくなるような高い声に、思わずうげぇと声を出しそうになった。仕事だ仕事。私は6リブレを思い浮かべて直立姿勢を保った。
「殿下、供はいつも通り我々だけで充分かと。あれが不手際を起こすと、殿下の恥になります」
あの魔術師、庭園の池に逆さまに入れてやろうか。
そう思いながらも動かずにいると、第四王子が魔術師を見てからこっちに視線を移した。
「揃っているようだな」
「はい、殿下」
「全員、面倒を起こすなよ。せめてその努力はしろ」
返事をしたのはローナン先輩なのに、殿下はこっちを見て言った気がする。ちょっと腹立ったけど、殿下が「わかったな」と女魔術師に話しかけていたのでちょっとざまあみろと思った。
魔術師3人が先を歩き、殿下が続いて後ろを私たちが歩く。横並びになると邪魔なので、私とウダン先輩、その後ろに残りの先輩がついて歩く形になった。ウダン先輩は4人の中でも一番筋力があるし、反射神経も悪くない。もっと鍛えて格闘も覚えたら、護衛としてはそこそこ向いてる気がする。
廊下を少し歩いて、大きなドアの前に立つ。魔術師らは無言で分かれて殿下の後ろ、私たちの前へと割り込んだ。小姓が中へと申し伝え、ドアの向こうで殿下の入場を知らせる声が聞こえる。そしてドアが開き、夜なのに眩しいほどの灯りで満たされた会場へと足を踏み入れた。
思ったより人が多いし、女性の衣装がでかいので思ったよりも人との間隔が近い。反面、頭上の空間は広くとられていた。大きなシャンデリアの下に立たなければ上からの危険はなさそう。話し声が騒がしくて音楽も奏でられているので耳も期待できない。
あんまりいい環境じゃないな、と思いつつも魔術師もいる。
まあ、魔術師が3人もいれば安心か。
私は一応周囲に気を配りつつ、列に続いて歩いた。




