王宮の夜17
総夜会は、王宮の真ん中あたり、街の大通りへ向けて立つ大きな正門に近い「黄金の間」というところで開催される。
コネ部隊は王宮の端っこにあって、王宮の中は不必要に歩かない決まりだ。ミミに乗って上から見たことはあっても、中を歩いて中央の方へ行くのは初めてだった。
「すごいなぁ……ほら騎士アデルさん。あの金の装飾が美しいドアの向こうが王族の暮らす鷹の宮と呼ばれる区画だよ」
「鷹飼ってるんでありますか? ミミと飛んでても王都の上を飛ぶのは見かけたことはないんであります」
「飼ってると思うけど、放し飼いにはしないんじゃないかなあ。給餌係がいると思うよ」
「そもそも鷹飼ってるから鷹の宮じゃないからね騎士アデルさん。紋章に鷹が入ってるからだからね。王家を象徴してるんだよ」
「自分で餌を獲らない鳥は途端に弱くなるんであります。王家の象徴なら、自分で獲物を探させたほうがいいと思うんであります」
「えぇ……それはそう……なのかな……?」
殿下を待つ専用の間が豪華なことにはしゃぐローナン先輩とルーサー先輩、折り畳んだ小さい紙を眺めながら礼儀の復習をするワイズ先輩、そして青い顔で直立しているウダン先輩。それぞれの反応から、このエリアは貴族でも特別な地位にいないと入れないような場所なのだとわかった。
しばらくして、金のドアの方から固く大きいノックの音が聞こえる。全員が姿勢を正して並ぶと、小姓が入ってきた。
「まもなく、ロンディバル王国第四王子フィンデナルド・アーサー・ロズ・フィンデナルド・ロンディバル様がいらっしゃいます」
小姓は、子供独特の高い声ながら極端に抑揚を抑えたような変な言い方で宣言した。
ローナン先輩が返事をすると、くるりと体を回して金のドアの向こうへと戻る。
「……いよいよだね」
「第四王子の名前、フィンなんとかなんとか様なんでありますね」
「お仕えしてる殿下のお名前を覚えてなかったのかな騎士アデルさん?!」
「うっすら予想はしてたよ騎士アデルさん!」
「そして聞き取れてないね騎士アデルさん!」
ローナン先輩、ワイズ先輩、ルーサー先輩が小声なのにキレのあるツッコミをしてきた。なかなか神経が冴えているようだ。ウダン先輩は相変わらず青いまま固まっていた。
「殿下の名前、初めて聞いたんであります」
「確かに……確かに我々がお呼びすることはないけれども……!」
「そうか、我々は祝賀会に出たりお祝いの贈り物をすることもあるから当然知ってたけど……街の人々はお名前を耳にすることもないんだ……」
「いや冷静になるんだ。近衛隊に入るにあたって、殿下のサインが配属命令書に書いてあったはずだよ。もちろんあれだけ嫌がっていた騎士アデルさんが見ていないのも当然だけれど」
配属命令書、腹立たしすぎてミミにカミカミさせたことは黙っていることにした。
前から知らないなとは思ってたけど、第四王子か殿下で通じるし、知ってる必要がある場面もなさそうだなーと気にしてなかった。高貴な身分なので、むしろ知ってて呼んだ方が不敬罪に問われそうだし。
フィンデナルド・アーサー・ロズ・フィンデナルド・ロンディバル。
フィンデナルドが個人名、アーサーが父王、ロズは母王妃のロザリーからもらった名前で、繰り返しのフィンデナルドは先代の王様の名前。最後のロンディバルは苗字だけど王族なので国名がつくというわけらしい。
めちゃくちゃ長い。そういえば、ギルも本当はギルなんとかな上に他に2つくらい名前がくっ付いていて、教育隊入隊初日の持ち物記名で一番遅かったのを思い出した。貴族って名前を書くだけで時間がかかって大変だ。
そんな長いの、覚えるのも無理。そう思ったら、先輩たちが妙に生ぬるく笑った。
「フィンデナルド王子だということだけ覚えようね、騎士アデルさん。王陛下も他の殿下も違う名前だから、フィンデナルド様だということだけ覚えておけばまず間違いない」
「そうそう。響きだけでも覚えておこう。ほら騎士アデルさんの好きな鴨の産地フィンリーと似てるよ」
「騎士アデルさん、メイフィンのフィンだと覚えるのもいいよ。王都から少し南に行ったところにメイフィン湖があるよ。風光明媚なところだからミミさんに乗って行ってみるといいよ」
「……フィンデナルドだけなら覚えられるであります」
先輩だって、格闘の型は全然覚えないくせに。鍛錬の順番だってうろ覚えなくせに。
ついそう言い返すと「得意分野が違うよね」と笑って誤魔化された。
確かに、王宮のことについては先輩たちは詳しいし、戦うことについては私のほうが得意だ。いつも色々教えてもらうことが多いので、私も格闘については丁寧に教えることにした。
ふと空気の動きを感じて振り向く。私たちが入ってきたドアが音もなく開いていて、そこから黒いものが3体部屋の中へと入ってきた。
「邪魔だ」
「うわっ!」
黒いフードの3人はあからさまにこちらを睨んでいた。わざわざ突っかかってくるように真っ直ぐ歩いてくる。真ん中を歩いている少し背の低い女魔術師の顔は見覚えがあった。薬草臭さが鼻につくくらいすぐ近くまで来た魔術師は、私を見下すように顔を上げる。首に掛けた宝石が揺れた。
「道を開けなさい。殿下のご慈悲で贅を貪る下郎が」
「あああああアデルさん騎士アデルさん落ち着いて揉め事はダメ殴ったらダメ!!」
まだ何も言ってないのに、ローナン先輩が左腕、ワイズ先輩が右腕にしがみ付いてきた。
落ち着いてほしい。流石にここで殴ろうとは思っていない。魔術師はもれなくヒョロヒョロなので、殴らなくても押すだけで倒せるだろうけど、押そうとも思ってない。
ただ、まあ、魔術師に見下されると腹立つのは仕方ない。
「魔術師は人が立っているところは避けて歩くということも教わらないんでありますか?」
私が言い返すと、ローナン先輩がヒィーと喉を引き攣らせていた。




