王宮の夜16
休憩室のドアを開けると、先輩4人は既に正装に着替え終えていた。ローナン先輩が立ち上がって空いているイスを引く。
「あっ、おかえり騎士アデルさん! 服、とても似合っていて麗しいね! ……あの、どうしてそんな渋い顔をしているの?」
「……用意してもらったものに文句付けるのはよくないとはわかってるんでありますが」
「服がどうかしたのかい?」
不思議そうにしている4人に、私は疑問をぶつけた。
まず、やたらと光沢のある白で作られた上着からだ。
「なんで上着の丈がこんなに短いんでありますか?」
「それは正装だからなのと、女性用だからじゃないかな? 確か、女性騎士の正装はその丈だったと思うよ」
「ああ、そういえば俺たちが入った頃にご婦人の騎士がひとりだけいたね」
「確かどこかの男爵のご令嬢だったっけ」
次にズボン。の、前後に付けられている、上着と共布で作られた謎の布。
「この布は何なんでありますか? 邪魔であります」
「うわあ! めくっちゃダメだよ騎士アデルさん!」
「なんでめくったんだい! 誰かに見られたらどうするんだい?!」
「邪魔なんで外してもいいかなって……」
「ダメだよ騎士アデルさん……多分それはスカートに見せるためのものだよ。総夜会では本来女性はドレス着用が義務だからね」
「動きにくいんであります。蹴りをするときに遅れが出るし掴まれたら戦いにくいんであります」
「戦いのことは忘れるんだ騎士アデルさん。これから君が行くところはね、戦場は戦場でも社交の戦場なんだよ」
「あと会場で蹴りはダメだよ。お願いだから」
先輩たちが慌てて両手で顔を隠したり後ろを向いたりしたので、邪魔な布は手から放した。ルーサー先輩によると、この布があることによって前後から見るとスカートを着用しているように見える、らしい。ものすごくどうでもいい布だった。
最後は服のあちこちにあるこれだ。
「なんでこんなに金具をガチャガチャ付けるんでありますか?」
「それは装飾品を着けるためのものだよ。そして騎士アデルさんの装飾品はここにあるよ」
「ルーサーが姉君から借りてきてくれたんだ」
「かなりシンプルなものにしたから、それほど重くないし過剰な装飾にもならないよ」
渡されたのは、左肩のチェーン、襟元の飾り、そしてベルトの剣に着けるもの。正装にあしらわれた銀糸の刺繍と合わせて、銀の装飾品だった。当然、重い。
「なんでこんなん着けなきゃダメなんでありますか! 左肩にだけ着けたら重心が変わって動きにくいんであります!」
「正装は装飾してこそ正装なんだよ騎士アデルさん。左肩だけなのは、マントの留め具が意匠化されたものだからだよ。似合ってるよ」
「こんなにジャラジャラしてたら、敵に忍び寄れないんであります」
「夜会では誰にも忍び寄らなくていいんだよ騎士アデルさん。後ろから声を掛けるのは失礼にあたるからね」
剣も見た目はやたらとゴテゴテしている上に剣身は細く、触った感じ柔らかい金属っぽかった。切るなんてもってのほかで、鞘ごと鈍器として使う方が攻撃力が高そうだ。装飾についている楕円形の宝石がうまく当たれば一発で勝てるかも知れない。
「騎士アデルさん。僕らがこれから行くのは総夜会なんだ。手足はお辞儀とダンスのために使うものだし、装飾品が音を立てても大丈夫なんだよ。そもそも正装は動きにくいものなんだから、参加している人が殿下に対して襲い掛かるなんてとても無理さ」
「でもローナン先輩、この服、見た目に反して動きやすいんであります」
厚みがある白い布で仕立てられているものの、上着は手を上げやすいよう脇下に少しだけ余裕がある。ズボンも邪魔布は邪魔だけど、足を通している部分は柔らかくて軽い布だ。靴も装飾がついていて見た目はゴテゴテしてるけれど、踵が低めで歩きやすい。
そう説明すると、ああ、と4人が頷いた。
「その服は結局、強行したパルダシス侯爵がご用意してくれたんだったね」
「陛下の盾ともなる騎士の正装として、動きやすさも考え抜かれているんだろう」
「そう考えると殿下でなく侯爵にご用意いただいたのは正解だねえ」
「父が平常時の騎士服にも不満があれば伝えよと言っていた」
頷き合っている4人に、私は続ける。
「少し動いてみたんでありますが、明らかに格闘もしやすいように作られてるんであります。つまり、これは総夜会で誰かを殴ることも想定されているということでありますよね」
「騎士アデルさん妙に察しがよくなってるね?!」
「戦いのことに対しての勘がすごいよね! でもダメだよ!」
「そうそう。仮にそうだったとしてもそれは本当の本当に緊急事態になったときのためとかであって、総夜会で常に臨戦状態であれという意味ではないんじゃないかな」
「父も総夜会で暴れることはない。騎士アデルさんはどうか落ち着いてほしい」
総出で止められた。
私だって、夜会に出てる貴族を片っ端から投げ飛ばそうとは思っていない。王陛下も来るとなると最悪首が飛ぶからだ。
けど、護衛の名目で出るんだから、当然そういう仕事も前提にしておかないといけないのでは。
私がそう言うと先輩方は首を振った。
「大丈夫だから。もしそうだったとしても僕らが暴漢を一緒に取り押さえるから、騎士アデルさんはどうぞ落ち着いて、殿下の身だけ守ってくれたらいいから」
「先輩たちに任せるのはちょっと……」
「気持ちはわかるし俺らもやりたくないけど、騎士アデルさんが暴れるくらいなら骨の一本や二本犠牲にしてもいいからね」
「そうそう。勘当やらお取り潰しやらに比べたら」
慣れてない強盗ひとりでも、先輩たちには手に負えない気がする。殿下に4人で張り付いて私が倒しに行ったほうがどう考えても効率的だ。
けれど先輩たちは本気のようだった。殿下が言っていたということもあって、私がヘマをしないかしっかりと見張らなくてはという気迫を感じる。
「大丈夫であります先輩方。何も起こらなかったら、私も何もしないんであります。殿下は四男だから命を狙われることもないでしょうし」
「しーっ! 騎士アデルさん、しーっ!!」
先輩たちは総出で私に「総夜会では口をつぐんで大人しく」をもう一度言い聞かせたのだった。




