王宮の夜15
大きく息を吸う。
左の肋骨がまだ少し痛むけれど、治りとしては順調だ。うちから持ってきた傷薬とリュネの治療のおかげで傷は瘡蓋もない。ミミに乗っての戦闘も、教育隊の演習に混ぜてもらって太鼓判も押してもらった。
回復したといっていいはずだ。
「よし、今日はここまでとする。今夜の用意のために身支度を整えるように」
「ありがとうございました!!!」
「声は小さくしろ騎士アデル。特に総夜会でそんな声は出すんじゃないぞ」
フィフツカ指導隊長は念を押すように言った。どこからか私が総夜会で第四王子の護衛をすると知ってから今まで以上に厳しく礼儀を教えられたけれど、それも今日までだ。
「何度も言うが、総夜会には特に身分の高い方々がいらっしゃる。くれぐれも騒ぎを起こさないように。多少の失礼なことは、殿下からのご指示がない限り無視しろ。殿下自身に対する無礼があったとしても同じだ。いくらこちらに理があったとしても、相手によってはお前が処罰されることになるからな」
「質問であります!! どの程度の無礼であれば動いていいんでありますか!!」
「それは殿下の指示次第だ。たとえ殿下に黒酒を顔に掛ける無礼者がいたとしても、殿下の許可がなければその場は黙認だ。あとで場内の騎士が連行する。お命に関わるようなことがあれば別だが、それ以外はひたすら大人しくしていろ。料理もつまむんじゃないぞ」
「了解であります!! 殿下が酒をぶっかけられようがパイをぶつけられようが知らん顔をするのは簡単なことであります!!」
「知らん顔はするんじゃない。心配はしろ。ハンカチを差し出せ。その前にそんな奴がいそうならさりげなく間に入るとかしろ。護衛するんだ」
周囲に気を配りつつも参加者とは目を合わせるな、玉座が空でもなるべく背を向けるな、話しかけられても一言二言のみしか返すな、飲み物を頼まれたときも殿下から目を離すな、音楽が大きくなったときは端に寄って邪魔するな、殿下が誰かと踊ったとしても絶対に目を離すな。
面倒なことばかりをひたすらに詰め込まれたけれど、なんとか覚えた。たぶん。
フィフツカ隊長も「万が一わからないときは他の護衛に目で助けを求めろ」と言っていたので、礼儀やらなんやらを忘れたとしても先輩たちを頼ることにする。先輩たちも初めての総夜会でマナーを必死になっておさらいしていたので、みんながわからない状態にはならないはずだ。そもそも護衛は影みたいなものらしいので、黙ってついて歩けばそれで終わるだろう。
フィフツカ隊長に礼をしてから部屋を出る。廊下の窓の外で、ミミがうまく壁に前足を引っ掛けながらこっちをジロジロ見ていた。私が歩くと付いてくる。かわいい。
「おいお前!」
振り返ると、同じ礼儀の授業を受けていた騎士グルスが小走りで追いかけてきた。止まってそれを待つと、騎士グルスはずかずか近付いてきて私を指さした。指さしも総夜会では禁止だったなそういえば。
「誰にどれだけ握らせたのかわからんが、庶民のくせに総夜会に出るなんて図々しいぞ! 場違いだと怒られる前に辞退しろと言っているだろうが!」
「だから嫌だって言ってるんであります。あと出ろと言ったのは殿下であります」
「お前なんかどうせ騒ぎを起こして殿下の顔に泥を塗る気だろう! 今夜のお前の行動は全て包み隠さずフィフツカ隊長に報告してやるからな!」
「騎士グルスも出るんでありますか?」
「もちろんだ! 俺は白の貴族第十三タフィトス家の生まれだぞ! 護衛騎士なんかじゃなく正式に出席するんだ! お前は羨ましくてしょうがないだろう」
そんなもん知らんと思ったけど、適当に頷いておいた。近衛のコネ騎士は貴族ばかりなので、地位が高い人は招待客として出席するらしい。騎士の正装でも高すぎるのに、騎士服じゃない服を着ていくなんて金がいくらあっても足りなそうだ。
騎士グルスはふんと鼻で笑うと「さっさと帰るんだぞ庶民」と言い置いて先に行ってしまった。まあいいか。
「騎士アデルさーん! ちょうどいま届いたよ〜」
下に降りると、ローナン先輩たちがいた。3人で大きな箱を運び、ウダン先輩は一人で細長い箱を抱えていた。
「はい、きみの正装だよ。間に合ってよかったね」
「安心したであります。早速着替えてもいいでありますか」
「うん、じゃあいつもの休憩室で集合にしようか」
「よーし、じゃあゆっくり渡そう。ルーサー、もう少しそっちに」
「騎士アデルさん、気を付けて持つんだよ。誰か呼ぼうか?」
頷いて、箱を受け取る。服にしては重かったけれど、3人で持つほどじゃないなとも思ってしまった。




