王宮の夜13
朝、ミミと散歩に行ったあと王宮の裏庭でストレッチしていると、第四王子が珍しく驚いた顔で近付いてきた。
「……その顔はどうした」
「パルダシス侯爵に手合わせしていただきました!!」
「パルダシス侯爵? まさかお前陛下に楯突いたんじゃないだろうな」
「流石にそんなことはしないんであります!!」
「怪我人とは思えない声量からみるに、なかなか元気そうだな。総夜会には行けそうか」
「全く問題なしであります!!」
この庭にも慣れいつもの場所で砂浴びをしていたミミが、起き上がってピャッと鳴く。それをチラリとみて、第四王子は「グリフは無事なようだな」と言った。もしもミミも手合わせに参加してたら、あの半分の時間で勝ってたはずだ。
「パルダシス侯爵は武人に鼻がきく。いずれお前のことを見つけると思ったが、自ら手合わせするとはな」
「私がウダン先輩に頼んだんであります。総夜会に出る騎士の正装服を貸してもらえないかと思って」
「……貸してもらう?」
黒い目が訝しげになる。
「まさか貴様、身支度を自らどうにかしようとしていたのか。準備するに決まっているだろう。平民に払える額ではないぞ」
「…………なんでそれを先に言わんのじゃーっ!!!」
「普通は尋ねるものだろう……」
思わず崩れ落ちた私が遊んでいると思ったのか、ミミが背中にクチバシを突っ込んできた。
確かに、先輩たちに言われるまで服装のことを考えてなかったこともあるけれど、確かに流れでそのまま侯爵のところに行くより第四王子に言うべきだったのかもしれない。でも魔術師がうじゃうじゃするとこなんか行きたくなかったし。侯爵強かったから楽しかったし。でもなんか徒労に感じる。
「服がないから貸してくれと言いに行ったのか。侯爵に」
「パルダシス家は……近衛騎士が多いから……余ってるかもって……」
「確かに、第一にはパルダシスが多いようだが、流石に他人に古いものを貸すとは思えない」
「えっ?! 貸してくれるって言ったのに?!」
「おおかた仕立てるつもりだったのだろう。貴族の会話をもう少し学べ。……侯爵には私の方から連絡しておこう。それと、次に暴走するときはせめて私に一言言え」
「努力するであります……」
余ってたら貸してほしいくらいの気持ちで行ったのに、侯爵はこの短期間で新しく作ってくれる気だったようだ。どうりで採寸が細かかったしなんか布とか選ばされたわけだ。これは謝りに行ったほうがいいかもしれないな、と思っていると、私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「騎士アデルさーん! やっぱりこんなところに!」
「朝起きたらもういないって言うんだもん、焦ったよ」
「おはようございます、ローナン先輩、ルーサー先輩、ウダン先輩」
慌てて走って庭へ出てきた3人は息切れしていた。あの遅さで息切れとは走り込みが足りないようだ。
「おはようございますじゃないよ! どうしてここにいるんだい? 怪我人なんだから寝てなきゃ!」
「そうだよ! 今日1日はうちで休んでもらうつもりだったのに、母上さまが慌ててたよ」
「熱があるなら流石に体を休めたほうがいい」
いつもきちんと身嗜みを整えている3人は、慌てたように寝癖が付いたままだった。私がいないと知ってすぐに追いかけてきたようだ。
「ちゃんと出るときにお礼と挨拶はしたんであります。執事の人しか起きてなかったけど」
「引き止めたでしょう? 騎士アデルさん、お医者様に診てもらわないとダメだよ」
「ミミの世話もあるし、この程度で休んで体をなまらせたらそれこそ総夜会に出れないんであります」
「肋骨折れてるんだよぉ……なまる以前に寝てなきゃだめだよぉ……」
「折れてるんじゃなくてヒビであります。肋骨のヒビはじっとしてても動いててもあんまり変わらないんであります」
3人はそんなことないと言い張る。そんなことあるのに。
私は第四王子を見た。魔術師は人体を解剖したりもしているとか噂なので、きっと私のほうが正しいと言ってくれるだろう。
「おい待て。お前、肋骨を折ったのか」
「だからぁ折ったんじゃなくてヒビであります! 咳やくしゃみで痛い程度で、ほっときゃ治るんであります!」
「殿下、騎士アデルさんはこう言ってきかないんです。昨日は侯爵と死闘を繰り広げて、今も熱があるはずなんです。どうか休ませてください」
「死闘ってほどじゃないんであります。ていうか私もいつもより大人しくしてるんで大丈夫であります。グリフ乗りは肋骨折るなんて日常茶飯事でありますし」
「殿下! 騎士アデルさんが死んでしまいます!」
「死なんわ!」
珍しく意見を引っ込めない先輩と言い合っていると、殿下がすっと手を上げて制した。私たちは黙って判決を待つ。
「……アデル、医務室へ行け。少なくともその顔の腫れが引くまでは早歩き以上の運動は止めろ」
「なんでじゃーっ!!」
「確かに肋骨のヒビはそのまま治癒を待つしかないが、一般の日常生活とお前のそれは運動量が違いすぎる。痛めた状態で全力を出せる訳がないのだから、大人しく完治を待て。痛みが残るようなら総夜会も見送らせる。役立たずを連れていく趣味はない」
6リブレが闇に消えていく幻覚が見えた。
ヒビくらいでサボるな、と言われてきたのに、ここでは寝てろだなんて。教育隊の頃はサボりたいと思っていたけど、いざそれを強いられると何より拷問だ。
「……全力なんか出せなくても、私は充分強いんじゃー!!」
黒いローブの襟首を掴み、私は体を捻って第四王子を持ち上げ、そのまま投げた。取り押さえてきた先輩たちも投げた。
呆然としたのちに立ち上がった第四王子は、「命令だ、今日は医務室から帰ってくるな。でないと本当に総夜会に出さんぞ」と反撃してきた。これだから権力はずるい。




