王宮の夜12
こいつめちゃくちゃ強い。
最初の一発を当てようとして、まずそう思った。
パルダシス侯爵の強さは、今まで戦った相手の中でも最強に近かった。まず動きが違う。ほとんど手足を動かさないのに、いざ動かすと迷わず急所を狙ってくる。型が違うのもそうだけれど、この人は多分相手を殺すことに躊躇がない人なんだ、と感じた。
一発一発が重くて強い。強いけれど、同時にワクワクする。
これほどまでに躊躇いもなく戦ってくれる相手が、他にどれだけいるだろうか。こいつをもっと本気にさせてみたい。自分の実力をもっと確かめてみたい。ひたすらそう思って体を動かしていたら、興醒めすることを言われた。
「悪くない。明日から第一に移動するといい。陛下の剣に足る実力だ」
「……誰がんなとこ行くんじゃボケェエエエ!!!」
王様だか貴族だかなんだか知らないけど、こんなとこにいるなら自分の身くらい自分で守れ。私は前線に行く。
そう教え込もうと首を締め上げていて、あともうちょっとで勝てる、というところで止められた。
絶対勝てた。あと10秒あれば絶対に落とせたのに。
邪魔をしてきたウダン先輩のお兄さんを睨みつつ形式的に手合わせの礼をしてから、先輩の方に戻る。青い顔をしているローナン先輩は、目が合うと「きゅー……」とグリフのヒナみたいな声を出してまたぶっ倒れてしまった。慌ててそれを抱えたワイズ先輩も口をパクパクさせていた。
「き、き、騎士アデルさん……け、怪我が」
「医者を呼ぶ。中まで歩けるか」
「血が出てるけど大したことないんであります。あっちの血もあるし」
「侯爵の血だって……俺たちクビかもしれないな……」
「牢獄に入れられるかもしれない……ああ、来月にはお抱えの吟遊詩人が帰ってくるのに……」
怪我を見慣れていないらしい先輩たちは、揃って青い顔をしながらもハンカチを貸してくれた。ありがたいけれど、綺麗すぎて使うのを躊躇う。私が受け取りあぐねていると、ワイズ先輩が「いいから! 早く止血しないと死んじゃうから!」と押し付けてきた。鼻血では人は死なないと思う。
「あの、本当に大丈夫なんであります。肋骨にヒビが入ったっぽいので熱が出るとは思いますが、あとは何日かすれば治る程度であります。ちゃんと侯爵の肋骨にも何箇所かヒビ入れといたし」
「どこにも大丈夫な要素がないんだよ騎士アデルさん!! 肋骨折れたなんて死んじゃうよ!!」
「先輩、人間そんなに脆くはないんであります」
「怪我だらけ血だらけで言われても説得力ないんだよ騎士アデルさん!」
ああもう、とワイズ先輩が頭をかいた。
「わかった。みんなとりあえずうちに行こう。こちらはパルダシス侯爵の治療で忙しくなるだろうし。ウダン、失礼だけどお父上方に退出の挨拶をしてきてくれるかい?」
「わかった。馬車を回させよう。後で行くから先に行っておいてくれ」
「騎士アデルさんも、つらいと思うけど我慢して馬車に乗ってくれ。ここからすぐだからさ」
確かに怪我はしたけど、ちょっと激しい手合わせ程度なのになんか大事にされている。まあ休憩はしたかったので、大人しく着いていくことにした。
玄関のところで待っていたミミがピャーッと鳴き、地面に降りるなり私に怒ってカパッと頭を咥えると、先輩たちはさらに悲鳴をあげた。ローナン先輩が失神していてよかった。
「騎士アデルさんが食べられてしまう! 血の匂いが本能を刺激したんだ!」
「ワイズ先輩落ち着いてください。ミミは拗ねてるだけなんであります。私だけ手合わせしてると自分も戦いたかったと文句を言うんであります。かわいいですよね」
「騎士アデルさん、きみのかわいいの概念は随分と難しいよ……」
ルーサー先輩まで倒れそうなので、私はミミを撫でて宥め、許してくれるようにお菓子を上げた。まだ不満そうなミミは、私が馬車に乗ると知るとさらに不機嫌になり、一度どんと馬車に体当たりしてまた先輩たちに悲鳴を上げさせた。
「まあ……まあまあ大変! 誰か! 誰か来て! ロージス医師をすぐに呼んで!」
ワイズ先輩の家に着くなり、出迎えてくれた豪華なドレスを着た女性が両手を頬に当てて騒ぎ始めた。あっという間に人が集まってきて、担架に乗せようとしてきたり大量の布を差し出したりしてくる。
「なんというひどいこと! ワイズちゃん! あなたどういうことなのか説明なさい! お嬢さまにこんな傷を負わせて!」
「母上さま、落ち着いてほしい。彼女は俺たちの後輩なんだよ」
「後輩にだけこんな傷を負わせるだなんて、わたくしあなたを甘やかしすぎましたわ!」
「あの、ワイズ先輩は悪くないんであります」
「まあまあ、つらいのに無理しなくて大丈夫よ。もうお医者様が診てくださいますからね。どうぞ横になって、ああ血が止まらないわ」
朝のグリフよりも騒がしかったけど、ワイズ先輩の家では私が知っている温かみを感じた。騒ぎに他の家族も集まってきたけれど皆心配そうな顔をしたり、ワイズ先輩に怒った顔をしたりしているし、使用人も同じだ。貴族がみんな冷たい家族なわけじゃないとわかってなんだかちょっと安心した。
「あの、手当ては自分でできるんであります。薬と包帯だけ借りられたら感謝するんであります」
「まあまあ、遠慮しないでいいのに……そう、騎士だものね。手伝うことがあったら遠慮なく言ってちょうだい。これでも男兄弟を育てたのですもの、怪我の手当てくらいしたことがありますのよ」
最初に騒いだ女の人は、ワイズ先輩のお母さんだった。豪華なドレスに華奢な腕だけれど、顔色を青くしながらも私の隣に座って怪我の手当てを見守っていた。
「こんなに汚れてしまって……とても悲しかったわね。着替えを用意するから安心してちょうだい。今夜はどうぞ泊まっていって」
「いえ、そこまでしていただくわけには」
「いいのよ! きっと暴漢に襲われたのね。ワイズちゃんったら逃げてばかりだからあなたが戦ったのでしょう? 本当に立派なお嬢さまね。あなたのご両親も誇りに思うわね。お手紙を書かせてちょうだい。傷が残ろうが社交会で何も言わせないわよ」
「母上さま、母上さま! いいから! 騎士アデルさんが困ってるから!」
「わたくしはあなたに困っているわよ! もう、もう、今度こそはお兄ちゃんたちに戦い方を教えてもらいなさいな!」
ワイズ先輩はお兄さんが多くて、皆弱そうだったけどそれぞれにある程度鍛えてはいるようだった。お母さんから小さい子みたいな扱いをされて困っているワイズ先輩もちょっと面白かった。
道具を借りて手当てをして、心配する医師に問題ないと話し、強く勧められて広くて豪華な風呂まで借りてしまった。着替えにドレスを着せられそうになったのが今日一番焦ったことだ。
なんとかワイズ先輩が持っている予備の騎士服を借りて戻ると、ウダン先輩が来ていた。
「騎士アデルさん。父が正装を貸すと。また来るようにと言っていた。怪我が長引くなら医者代も出すと」
「よかったであります。ぜひまたお邪魔したいんであります。今度は絶対勝つし、まだお兄さんをぶっ飛ばしてないし」
「母上さま首を傾げないで。空耳じゃありません。騎士アデルさんはこういう人なんだよ」
思いっきり攻撃しまくったのに侯爵は怒っておらず、むしろウダン先輩に対して私のことを褒めていたらしい。ウダン先輩が少し嬉しそうだったのでよかった。
「貸すにあたって必要だと言われ、急ぎ準備の者を連れてきた。もし騎士アデルさんがつらいなら後でも構わないが」
「全然平気であります」
ウダン先輩の後ろにいた人たちは私とワイズ先輩のお母さんに挨拶をすると、部屋を借りて支度を始めた。
「それでは採寸から始めさせていただきます」
「……あの、正装を貸していただくんでありますよね? 採寸が必要なんでありますか?」
「もちろんでございます。お直しも必要でございます」
「……あの、服を直すのに、そんなに腹の周りを何箇所も測るんでありますか? ちょっと袖を詰めるだけでいいんじゃ」
「必要でございます」
「……手のひらの大きさは関係ないんじゃ」
「万事ご指示の通りでございます。お服の白はどれになさいますか?」
「……なんで布の色を選ぶんでありますか?」
服のサイズを直すのに明らかに必要なさそうなことをあれこれと聞かれまくった結果、準備の人は急いだ様子で頭を下げて帰っていった。
……よくわからないけど、とりあえず正装は用意できそうだ。




