悪夢の配属4
「あんな片手腕立て伏せすらできないような!! 逆立ち前進すらできないようなヒョロッヒョロのフニャッフニャのペシャッペシャのグネグネの!! 日陰で育った細白ネギみたいなやつのくせに!! デカいツラして飛獣を語るなー!!!」
「はいはい、声が大きいわよ」
同じ白い服でも、こっちは柔らかで繰り返し洗って清潔に保たれている白だった。訓練生のときと同じ服を着ているリュネが羨ましくて嬉しくてぎゅうぎゅう抱きつくと、意外に力の強い細腕にぐいっと押し返された。邪魔、と無慈悲な言葉付きで。
「グリフに近付いたこともないくせに……馬ですら落ちそうな体幹のくせに……頭でっかちの魔術師だからってえらっそうに……」
「偉そうじゃなくて、実際偉いのよ、王子なんだから」
おっとりした垂れ目のリュネは、相変わらず冷静だ。騎士に見合わぬ柔らかな佇まいに白衣の天使だ慈悲の女神だと心酔する男は多かったけれど、実際はどんなエグい怪我でも顔色ひとつ変えない鉄の心を持っている。見習いの頃から抜きん出た実力を見せ、医官としては首席で卒業した才媛だ。友達として誇らしいけれど、こういうときはちょっと薄情に感じる。
「第四王子って王位とは無縁だけど、頭脳明晰で有名な殿下でしょう? まだ幼いときにもういずれは宰相へとか言われたけど、政治には見向きもせず魔術師としての研鑽を積んだとか」
「宰相に〜とか子供に言う? おべっかでしょどうせ」
「魔術の開発をどんどん進めてて、教科書も全部殿下が書いたものに変わってるんですって。隣国の魔術師がこっそり持ち帰ってるとか。魔術師見習いの友達が言ってたわよ」
「ぎええええ頭に辞書でも詰め込んでんのかっ!!!」
「医務室では声を小さくしなさい怒るわよ」
「ごめんなさい」
小さな手が強い握力で私の両頬を潰しにかかった。
机と診察用のベッドしかない小さな診察室で、私とリュネの他には今は誰もいないけれど、医務室の中では医官がルールだ。私が素直に謝るとリュネは手を離してくれた。
「でもいいじゃないの。飛獣騎士を探してたってことなら、飛ぶ仕事が与えられるんじゃない? 魔術師は薬草探しにもよく行ってるから、飛び放題かも」
「あんなどでかい荷物乗せてノロノロ飛ぶなんて屈辱の極み!! ミミが可哀想!!」
外から黄色いクチバシを使ってガタガタ窓を鳴らしていたミミが、私の声に反応してピャーッと鳴いた。さすがミミ。以心伝心だ。
「大体、人を運ぶ飛獣騎士なんて、同期に知られたら……」
「おいオメー王子様の御者になるんだってなぁ?!」
「うぎゃああああ!!」
聞き慣れた声に振り返ると、色黒の大男がゲラゲラ笑いながら入ってきた。この下品な笑い声、上から見下ろす視線、硬い手でこっちを指さして笑う無礼な態度。
誇り高き赤い騎士服を身に纏っていても、ギルは訓練生のときと同じのままだった。
「いやー昨日から笑いが止まんねーわ。近衛騎士の話蹴ってよかったぜ」
「なんで蹴った?! 本来なら首席のあんたが行くはずでしょうがーっ!!」
「そういえばそうね。いくら首席でも、訓練生ごときが蹴りたいからで蹴れる配属じゃないと思うけど」
「そりゃまあ、俺は一応貴族の端くれだぞ。親父殿から根回ししてもらったからな」
「おおおおおまえのせいだったのかー!!! この横暴領主のボンクラ息子ーっ!!」
「どう見てもボンクラじゃねえだろうが。お? 俺の方が首席、お前は次席だぞ?」
「近衛騎士になりたくなかったから手抜いただけだから!!」
「今となっては何とでも言えるよなあ?」
手合わせで何度もぶちのめしたというのに、卒業試験で勝っただけでこんなに鼻の穴を膨らませやがって。おまけに、おまけに私がわざと手を抜いてまで欲しかった槍獣第一部隊への入隊をちゃっかり決めやがって。
「交換して!! 何でもするから!!」
「イ〜ヤ〜だ〜ね〜。アデルは王宮で王子様のお守りでもしながら俺が前線で活躍して大勲章貰うのを見とけ」
「ころすうううう!!!」
ニヤニヤしているギルの足を蹴り、拳が返ってきて応酬が始まり、最終的にリュネから追い出されてしまった。音を立てて閉められたドアの前で、ギルが私の肩を叩く。
「おいアデル落ちこむなよ。貴族の立場から言うと、王宮暮らしもいいもんだぞ。俺は嫌だけどな」
「…………」
こんなやつ、グリフに嫌われて乗せるのを拒否されてしまえ。
向こう脛を思いっきり蹴飛ばしてギルを涙目にさせたのち、私は新しい自室へと戻ることにした。