王宮の夜11
手合わせは庭でと言われたので、長椅子で唸っているローナン先輩を除いて私たちは移動することになった。
ワイズ先輩とルーサー先輩が私を挟んで気を揉んでいる。
「き、騎士アデルさんヤバいよ! ウダンのお父上ってものすごく強いことで有名で、何年か前にも行幸の際に陛下に襲い掛かった一団をひとりで薙ぎ倒したとか」
「見たらわかるんであります」
「見てわかってるのに戦うの?! 危ないよ?!」
「……そんなに落ち着いているということは、何か秘策があるのかい? そうだろう騎士アデルさん?」
「相手の拳を避けてぶん殴ればいいだけであります」
「騎士アデルさんそれ秘策でもなんでもないよぉ!」
こういう状況では、どれだけ策を練っても同じだ。変なことに頭を使う方が隙が生まれやすくなる。戦い方がわかってない相手なら、事前に対策を考えて体の動きを狭めない方がいい。
私はそれよりも、ウダン先輩のご家族が気になった。家の中を通って移動しているときに何人か兄弟っぽい人を見かけたけれど、誰も彼もウダン先輩に話しかけないどころか、ちらっと見るだけなのだ。途中で合流した、父親と同じくらい冷たい視線を投げた長男は強そうだったけど、その他は強さを第一に考える割には私でも軽く殴れそうだ。
人間なんか軽くちぎってしまえる強さがあるグリフは、自分の家族をとても大事にするのに。
ウダン先輩を見ると、視線に気が付いたウダン先輩が深刻な顔をした。
「騎士アデルさん。父は武芸全般に優れているが、特に接近戦には殊更強い。訓練で相手の骨が折れることは珍しくないくらいだ。近付かないように長物を使った方がいいと思う」
「おいおい骨って! 騎士アデルさん、今からでも謝って許してもらおう!」
「そうだよ騎士アデルさん。もしその花のかんばせが血に染まったら、僕らは一生罪悪感に苛まれてしまう」
「相手の不得意分野で勝ってどうするんでありますか。こういうのは得意なもので勝ってこそどっちが上だかわからせる意味があるんであります」
「身分もお歳も経歴もみんな侯爵の方が上だよ騎士アデルさん……そもそも正装をお貸しいただきたいと頼みにきただけでなんで物騒な展開になってるんだい……?」
侯爵が降りてきたときからなんとなくそんな雰囲気だったのに、先輩たちは気が付いていなかったようだ。お貴族の教育隊では、突然教官と手合わせすることってないんだろうか。カミナリハゲなんか挨拶代わりに殴りかかってくるようなやつなのに。
玄関があった方角とは違うところにある庭は、随分簡素な作りだった。花の咲いている花壇は、硬い地面を囲うように配置されている。囲われた地面の大きさからして、一対一で戦うための場所らしい。誰かと戦うためだけの庭を持っているなんて、貴族は謎だ。
前を歩いていたパルダシス侯爵と、長男ユーゼンがこちらを振り向く。体格的には、ウダン先輩だっていいとこいってるのになあ。
「騎士アデル。得物はどうする? グリフ乗りなら槍がいいか」
「拳で充分であります!!!」
騎士アデルさぁんと先輩が声を上げると同時に、遠くの方でミミも鳴き声を上げた。ミミに乗って戦えるなら槍がいいけれど、地上ならどれも同じだ。侯爵も足腰が狙いやすくて好都合だろう。
「父上、救護係を呼んで参ります」
ウダン先輩のお兄さんであるパルダシス子爵ユーゼンは、私たちと同じ白い騎士服。けれど、なんか視線が嫌な感じだ。あの嫌な感じはどうせ第一か第二部隊だろう。あとで一発食らわせたいけど、2連戦は流石にキツそう。
覚えてろよ、と念じながら後ろ姿を見送って、私は腕まくりをする。手足と首を軽く動かしてから、浅めに膝を曲げて構えた。侯爵はマントを脱いだままだ。
侯爵の部下っぽい近衛騎士が屋敷から走ってきて、両者の間に立つ。
「騎士の誇りを賭けて。……始めっ!」
ハンカチが振られると同時に、私は静かに息を吸った。




