王宮の夜10
騎士の敬礼をすると、先輩4人も慌てて隣に並んだ。パルダシス侯爵のゆっくりと階段を降りてくる動作は静かで優雅だったけれど、これは騎士を鍛えまくってきた教官の動きだ。
身長はあたま2つ半、横も倍くらいでかい。何より戦うための筋肉がしっかりついている。体重にしては足音がかなり控えめだ。その気になればほとんど消せそう。筋肉があって柔軟性もあるやつは手強い。
パルダシス侯爵の、少しの隙も見逃さない視線を受けながらじっと待つ。大きい足が最後の一段を降り、ゆっくり近付いて正面を向いたその瞬間、体に染み込んだ動きで私は声を上げた。
「近衛第四部隊騎士、アデルであります!! 本日は騎士ウダンのご紹介により、パルダシス侯爵に近衛騎士正装服をお借りしたいとお願いにあがりました!!!」
「ひっ」
隣でローナン先輩がビクつこうが、ワイズ先輩が「騎士アデルさん」と囁こうが、ウダン先輩がわずかに呼吸を浅くしようが動かない。騎士は上司の命令なく動いてはいけない。そういう常識の中で生きている人だこの侯爵は。
ウダン先輩と同じ琥珀色の目とじっと見つめ合っても、動かない。
「中央か」
「はっ!! 中央訓練部隊飛獣教育隊出身であります!!」
「そこまで実力を磨いておいて、近衛の第四で身を腐すか。求めているのは贅沢か怠惰のどちらだ」
「私が求めるのは前線であります!!!」
王宮では眉を顰められる音量で返しても、パルダシス侯爵は目を細めることすらしなかった。年嵩で貫禄があるとはいえ、近衛の白い騎士服を着ているのが信じられないような落ち着きだ。私が普段使ってる区画はもしかしたらコネを七光りさせたボンボンしか使ってないのかもしれない。
鷹に似た琥珀の目が、横に動いた。ウダン先輩が息を呑むのがわかる。
「ウダン。お前は身体だけでなく脳も回らなくなったのか。これはお前とは違う。まともな騎士は掃き溜めに置かず、正当な評価を受けるべきだ。何故報告しない」
カチンときた。確かに近衛隊はボンボンを掃き溜めたような場所だし、第四部隊はさらに落ちこぼれなのは確かだけど、他人に言われるのはなんか腹が立つ。それに、こんな態度が親子といえるんだろうか。教育隊で同期と暮らすうちに色んな家庭があるのはわかっていたけれど、目の当たりにするとこれも腹が立った。
「……騎士アデルは、王子殿下直々に配属を命じられています」
「何故殿下がグリフに興味を持つ。ウダン、お前を第四部隊に置いたのは情けからではない。不穏な動きあらば即刻報告しろと言ったはずだが」
もう殴っていいかな。
後ろに組んだ指が動いたけど、先輩にこぞって止められそうな気がしたので私はかわりに息を吸い込んだ。
「第四王子は隣国との戦争を憂えておられます!!! 我が国の平和と勝利のため、グリフによる視察をお考えであります!!! 準備が整い次第、私が命を賭して殿下をお守りし、前線の様子を王都へ届ける役割を全ういたします!!!」
「殿下は穏健派の一部として大人しくしていただく必要がある。魔術師が前線に行くなど陛下のご治世に波を立てるような真似は慎まれるよう進言せねばなるまい」
「あのバ……殿下は小言で諦めるような人間ではありません!! その部下たる我々第四部隊もしかり!! 今は殿下のお考えをお守りするのが我が使命であります!!!」
めんどくせーこと言うなデカムキムキ。黙って正装を貸しやがれください。
そう気持ちを込めて言うと、パルダシス侯爵はようやく目を細めた。
「ならばその使命、どの程度の脆さか自覚するがいい」
そもそも第四王子を守るなんていう使命は微塵も感じたことがないけども。
とりあえずパルダシス侯爵が「その気」になってくれてよかった、と内心安堵すると、隣に立っていたローナン先輩がフラついて倒れた。




