王宮の夜9
白い馬車のところで、先輩が手を振っている。ミミでそこに降りようとしたら、ローナン先輩が慌てて両手を振りながら走り始めた。足は遅いものの、門のほうへと移動しているのはわかったので、門の外へと目的地を変えて着地する。
ピャーッ!! とミミが鳴くと、門の両側に立っていた守衛がこっちに槍を構えた。
「なんだ?! お前、ここに侵入しようとはどういうつもりだ!!」
「私は近衛第四部隊の騎士アデルであります!!! 侯爵にお願いがあって参りました!!!」
「待ってくれ、待ってくれ〜騎士アデルさんは怪しい人じゃないんだ〜。さっき言った同行者なんだよ〜」
息を切らせた先輩が慌てて説明してくれたので、守衛は槍を戻す。しかし槍をおもちゃの一種だと思っているミミがそれを咥えようと寄っていったので、守衛はまた警戒していた。
ミミを呼んで、手綱を短く持つ。息を整えていたローナン先輩がちょっと困った顔をした。
「アデルさん、グリフはここに置いてはいけない……かな?」
「置いていってもいいんでありますが入りたい時は中に入ってくるし、ここに置いとくとまたおもちゃを欲しがるかもしれないんであります」
「うーん……中に入れてもらえるよう頼み込んでみよう。騎士アデルさん、くれぐれもその、丁寧な態度でね。グリフをいきなり入れろというのはちょっと大変なお願いだからさ」
「はい」
豪華な家から出てきた人に、ローナン先輩がグリフを置いてくれるように頼む。私もお願いしますと頭を下げたけれど、なぜか恐縮された。ローナン先輩によると、この人はパルダシス家の人じゃないからそこまでしなくてもいいらしい。随分上等な服だったので貴族かと思ったけれど違ったようだ。
「ミミ、じっとしてて。じっとできたら後でお肉あげるよ」
ピャッと鳴いたミミは周囲をぐるりと見回した後、先輩たちが乗ってきた馬車の上にひとっ跳びで乗った。馬と御者が動揺していたし乗ることを想定していない天井がミシミシと軋んでいたけれど、ミミはそこで待つと決めたらしい。おすわりをして翼をたたみ直し、それから前足も胸の羽根の中にしまい込んで伏せてしまった。ミミは天才的に物分かりのいいグリフかもしれない。
「はは……うん、そこが気に入ったならそこにいてくれるといいかな」
「すみません、先輩。もし屋根が壊れたら修理するであります。こう見えて大工仕事も得意であります」
「騎士アデルさん自ら修理するつもりなの?! いやいいよ、うちにはまだ予備の馬車もいくつかあるからさ」
御者の人にも「じっと見てくるかもしれないが攻撃しない限り絶対に噛まないので」と説明してから、みんなで玄関をくぐる。馬車のままでも入れそうな豪華な玄関の中は、夕方なのに昼間のように明るかった。
将軍になるほどの武闘派ならもっと無骨な家に住んでるのかと思ったら、貴族のイメージそのままの豪華なお屋敷だ。吹き抜けになっている天井に階段、過剰なほどの照明は王宮と似ている。あちこちにいかめしい肖像画があるのは、個人の邸宅だからなのだろう。ウダン先輩が大柄なのは遺伝のようだ。
王宮にいるような案内役に促されてホールへと進むと、湾曲した階段を誰かが降りてきた。
「来たか」
真っ白な服にマント、あちこちに付けられた金の装飾、腰の華美な剣。そして背が高く足から首まで筋肉のよく付いた体に大きな手。
位置のせいではなく、私たちに見下しの視線を向けている。
この人がウダン先輩のお父さんらしい。
値踏みするような視線を受けながら、私もその全身をくまなく見た。
事前に聞いた通り、普段目にするようなひょろひょろの近衛騎士とは全く違う。本当に強い騎士が持つ独特の雰囲気があった。全身に気を張り巡らせ、いつでも攻撃に対処できるような気構えと能力があるけれど。
……いけるな。




