王宮の夜8
複雑な曲線を描いて陣形飛行訓練をしていた集団は、やがて掛け声と共に解散した。ほとんどのグリフが小山のてっぺんにある小屋へと高度を落としていく中、空中で止まって私たちを待っているものがいる。
「ギル!」
「よお」
軽く手を上げたギルは、見るからに疲れていた。あちこちに生傷を作り、隊服もさらにボロボロになっている。鞍の後ろに着けた獣槍の柄にも傷があった。
「アデル、久しぶり」
「ローチャ?」
ギルの少し後ろにいたのは、同じ中央訓練部隊飛獣教育隊だったローチャだ。長くて綺麗だった金色の髪が、男みたいにバッサリ短く切られている。彼女の頬にも擦り傷があり、こちらに振った手にはよれた包帯が巻かれていた。
「ローチャも槍獣第一部隊だったの? なんで?」
「バカお前ローチャだって成績優秀だったろうが」
「2人ほどじゃないけどね。無理かもしれないけど希望して、ワズルド部隊長に訓練を見て判断してくださいって頼み込んだの。大変だったけど、どうにか及第点を貰えたみたい」
「何それ私も頼む!!!」
「バカお前は配属を上から決められてんだバカ! 大人しく近衛で遊んどけバカ!」
「うるさいほんとは首席になったあんたが行くはずだったんでしょバカギルの方がバカ!!」
「バカはおめーだ!」
「バーカバーカ!!」
革袋に残っていたクルミの殻を投げ付けると、向こうは中身が入ったままのクルミを投げてきた。受け取っては投げてを繰り返していると、ローチャがくすくす笑う。
「なつかしい、教育隊の頃みたい。アデル、元気そうで嬉しいわ」
「こんなバカとのやりとりで懐かしがってほしくない!!」
「こっちのセリフだバーカ。バカアデル!」
「バカギルバカ!!」
「私たちはこれから休憩だけど、アデルはどこかへ行くの? 剣を持ってるってことは護衛か何か?」
ギルが投げたクルミをミミの口に放り込んで、私はローチャの方にミミを移動させた。バカギルに付き合ってると疲れる。
「これからパルダシス侯爵って人に会いに行くの。総夜会っていうやつに第四王子の護衛で出ることになったけど近衛騎士の正装が必要で、私は持ってないから借りれないかお願いしに行く」
「総夜会! すごい、一番大きな夜会だよね? 綺麗なドレスや宝石とかいっぱい見れるよ! 行ってみたいなあ。それにアデル、王子様の護衛だなんてすごい!」
「ぜんっっっっぜんすごくない」
「侯爵にお願いしに行くなんて、貴族の世界だね。憧れるなぁ〜。やっぱり王宮のご飯って美味しい? 豪華なんでしょう?」
ローチャの質問に、私は黙って頷いた。
槍獣第一部隊にいるローチャに羨ましいと言われても、なんだかひねくれた言葉が出てきそうになる。私が行きたいのは、総夜会なんかより前線なのに。
あちこちに怪我を作るほど、目の下にクマを作りながら必死に手綱を握るほどの訓練をできていない。なるべく鍛えようと思っているけれど、ひとりじゃ限界があるし、近衛の教育もある。どんどん置いていかれるような焦りを感じた。
深呼吸して背を伸ばす。
「そっちはどんな訓練してるの? ワズルド隊長は?」
「隊長は今はいないの。前線から連絡が来て、一時的に戻ったんだって。また戦況が変わってるみたい。噂じゃ、相手の部隊が増えてるとか」
「そうなんだ。やっぱりあっちも竜の訓練を増やしてるんだね」
「まあ俺らも負けるような訓練してねえ。前線に出たら、接近戦ならグリフの方が強いってわからせてやるよ」
「そんなこと言って、オーフェンに振り落とされないようにね。左脚の第二ベルト外れてるけど?」
「あ? うわ切れてら! こっちも替えたほうがいいな……また給金が消えるのか」
「もはや革屋さんに貢いでるものね、私たち」
ギルは貴族の生まれだけど、さほど裕福なわけじゃないと前から話していた。激しい訓練をしていれば、それだけ装備の消耗が早くなる。それなのに給金は少ないのだから、近衛の給金を貰っていることがちょっと後ろめたくなった。
鞍に座って、左右の第二ベルトを外す。抜き取ったものをギルに投げ付けた。ぱっと手を上げてギルが受け止める。
「あげる」
「お前……何企んでるんだ」
「バカギルのせいでオーフェンが主落としたグリフなんて言われたら可哀想なだけ!! じゃあね!!」
「言わせねーし!!」
ローチャに手を振って、ミミに滑空させる。背中に声が降ってきた。
「おいアデル!! パルダシス侯爵は実力派だぞ!! 格闘だと足腰狙ってくるから倒されないようにしろよバカ!!」
「されるかバカー!!」
振り向くと、グリフたちの影が手を上げながら反対方向へ進んでいく。
ちらほらと明かりが点き始めた街へ近付きながら、ミミは機嫌よくクルミのおかわりを要求した。




