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王宮の夜5

 貴族の家に殴り込みに行ってはいけない。貴族じゃない家にも殴り込みはいけない。平和に、揉め事なしで、和やかな雰囲気で頼み、そしてお礼を言い、さらにご迷惑にならないうちにお暇する。

 私は貴族の家訪問についてのアドバイスを寄ってたかって教え込まれた。


「じゃ、これから行くでありますか?」

「えっ?! いやダメでしょ!」

「少なくとも先触れの手紙を出さないと失礼にあたるからね」

「先触れの手紙って、前線に就く将軍みたいでありますね」

「うんまあ将軍も貴族の方だから間違ってないかな……!」


 総夜会は来週だ。寸前に頼んで慌てさせるよりも早め早めの行動をしたほうがいいと思ったけれど、貴族はそうでもないらしい。


 一般的には、まずご挨拶の手紙を書く。ここで訪問したい旨をほのめかす。相手に招待の意志があれば、手紙でお誘いの返事を出す。次に相手が正式に招待の手紙を送るので、返事を出す。このとき花などを添えるとよし。そして前日か招待が夜なら当日に先触れの手紙を出し、配達人が相手に渡したと報告したらいよいよ訪問する。訪問した後はお礼の手紙とちょっとした何かを贈るのも忘れずに。


「……いやめんどくさっ!!! なんでそんな何度も手紙出すんでありますか!! そんなん書いてる間に会えばええんじゃ!! 花もいらん!!」

「相手の都合もあるだろうし、不快にさせてはいけないからね。花は、たとえば普段赤色がお好きならマデリアの花を添えるだとか、誘ってくれてありがとうの意味も込めてるんだよ」

「ありがとうって思ってたらありがとうって言え!!!」

「落ち着いて、騎士アデルさん落ち着いて」


 なんで貴族はなんでも遠回しに伝えようとするんだろうか。前にどっかの部隊の近衛騎士から「君は花畑が似合うね」と言われてなんだこいつと思っていたら、本意は「肥溜めみたいな臭いがするぞ」という嫌味だと後でルーサー先輩が教えてくれた。臭いなら話しかけなければいいのに、わざわざ寄ってきて言われたんだからそれも意味不明だ。

 こんな七面倒くさいやりとりをしてたら、そりゃやる気がなくなって騎士だってダレてしまう。この国が滅ぶとしたらこのめんどくささが原因になるはずだ。


「騎士アデルさん。うちの家はそれほど形式を気にしないから、挨拶の手紙などは省いてもいい。父が青の宮に一室いただいていて、用事がなければ日中はそこに詰めている。今ならそこへ手紙を書けばいいだろう」

「いやそのまま行けばいいのでは」

「騎士アデルさん。申し訳ないがそういう世界なのだよ貴族は」

「まあ落ち着いて。青の宮ならすぐそこだ。俺らはお茶でも飲んで待とうじゃないか」

「飯食ってすぐになんでまた茶を飲むんでありますか」

「まあまあ、まあまあ」


 そうしてウダン先輩が手紙を書き始め、他の先輩は部屋を移して本当にお茶の準備を始めたので、私は中庭でミミと遊ぶことにした。太くてくすんだロープを見せると、ミミは嬉しそうに鉤爪の前脚を上げて翼を揺らす。端をクチバシで咥えると、さっそくぐいぐい引っ張り始めた。私も腰を落として踏ん張る。


「ミミ。貴族ってめんどくさいよ。王都の端に住んでたって、ミミに乗れば昼前に帰ってこれるのにね」

「ピャッ!!」

「そうだね。ミミなら太陽が指一本分も動く前に行けるよね」


 ロープを振り回そうとするミミに対抗するのは、かなりの力がいる。動かずに筋肉を使えるので昼間の王宮に向いている運動だった。たまに通りすがりの騎士やそうでない貴族なんかが窓からこっちを眺めたりするけれど、ミミはそんなことで集中を乱すようなグリフじゃない。

 ギチギチとロープを噛み締めるクチバシの隙間から、舌が揺れてるのが見えた。随分余裕なようだ。私は力を込めてこちらから揺らすことにした。


「王宮で遊ぶな」

「殿下」


 2階の窓から、偉そうな声が聞こえてきた。声の方を見ると、黒ローブにゴテゴテ宝石を付けた第四王子がこっちを見下ろしている。


「遊びは遊びでも、ミミと私の訓練になっているんであります」

「どう見ても遊んでいるだけだろう。仕事がないならないなりに礼儀でも勉強しておけ」

「王宮の礼儀作法で教えられたものは全て暗記しているであります。フィフツカ隊長のお墨付きであります」

「フィフツカも優しくなったものだな」


 礼儀を覚えるたびに追加で教えられるので辟易してきたけれど、最近は新しく教えられるものが減ってきた。ギルに負けないためとはいえ、なかなか知識が増えてきたと思う。


「殿下こそ何やってるんでありますか。ちゃんと訓練しないとミミに顔すら覚えられないままであります」

「訓練はきちんとやっている。生憎私は筋肉だけを考えていい身分ではないのでな」

「筋肉だけじゃダメなんであります。ミミと引っ張り合いをするんだって、相手の力加減や向きの変え方をちゃんと考えながらやらないとすぐに負けるんであります。殿下なんかがやれば一瞬で勝負がつくんであります」


 私が言い返すと、第四王子は眉を顰めた後、黙って窓から離れた。仕事に戻ったのかと思ってミミと遊んでいると、今度は1階から「おい」と声が聞こえてきた。


「殿下、何しに来たんでありますか」

「貸してみろ」

「何を」

「それだ」


 それ、と指されたのは、私が握っているロープだ。ミミが上方向に引っ張ろうとしているので、私は脇への負荷が高くなっている。


「……これを? もしかして殿下もミミと遊びたいんでありますか」

「遊びたいのではない。私も筋肉が付いた。一瞬では終わらないはずだ」

「いや一瞬でありますよ」

「黙ってそれを渡せ」


 第四王子が引かないので、私はミミに中止を告げてロープを放させた。ミミは不満そうにピャーッと鳴き、鉤爪で地面を抉る。


「こっちを握ってミミに反対側を向けるんであります。足は開いて腰を落としたほうが安定するんでありますが、殿下は体も固いし無理すると付け根を痛めるんであります」

「余計な一言を付ける癖があるな貴様は」


 殿下が袖を少し捲ってから、受け取ったロープを両手で握る。渡したときに若干腕が下がったので、もうロープだけで重そうだった。それでも殿下は諦めず、握ったロープの先をミミに向けた。

 じっと動きを見ていたミミは、フイと顔を横に向けて翼の手入れを始める。


「……」

「ミミは賢いので、クソ弱い相手は相手にしないんであります」

「なるほど挑発に乗らないあたり貴様よりも頭がいいようだな」

「ミミ! ほら殿下が遊んでほしいみたいだからズタボロにしてあげて!」


 ミミは私の声に耳を貸すでもなく、取れた羽根の軸をガジガジと噛んでしれっとしている。本気の命令じゃないとわかると、グリフは自分のやりたいことを優先するのが普通だ。ミミは特にその傾向が強い。そこも可愛いけれど。


 しばらく第四王子はミミにロープを差し出していたけれど、やがて諦めたように腕を下ろす。

 その瞬間、ミミは3歩近付いて体を低くすると、ロープの端を咥えてぐっと引っ張った。


「うっ」


 不意を突かれた第四王子は引っ張られるままにバランスを崩し、地面に倒れる。ロープを取り戻したミミは機嫌よく鳴くと、器用に咥えなおしてからその端を私に差し出した。


「ミミ〜賢いねえ。私と遊びたいんだねいい子だねー」

「貴様……」

「殿下、ミミに恨みを持つのはダメであります。あと、こけるときは両手を使って受け身をとらないと怪我するんであります。前に倒れるときはこう」

「そんなことできるわけないだろう」

「できます。手を前に。ほらもう一回やってみてください」

「誰がやるか」


 顎に擦り傷を負った殿下は受け身の練習をするでもなく、立ち上がってローブについた砂埃を払い始めた。練習しないとまた怪我をするというのに。


「殿下!! 大丈夫ですか!」


 木戸から、黒ローブが3人ほど走ってくる。うち2人は殿下を気遣い、1人は私に向かってきた。


「お前、殿下に傷を付けるなんて……!!」

「殿下は自分で転んだんであります。もし責任があるとしたら引っ張ったミミであります」

「減らず口を!!」


 黒ローブが構えを取ると、ミミが腰を浮かせてピャーッと威嚇した。声の大きさと急に迫ってきたクチバシに相手が怯える。

 筋肉のない魔術師が殴ったところで痛くも痒くもないのは私もミミも知っている。それでも威嚇したということは、魔術を使おうとしていたのだろうか。ミミはそういう気配に敏い。


「やめろ。余計なことをするな。仕事に戻れ」

「しかし殿下、血が! こんな野蛮な人間と獣に近付くのは危険すぎます!」

「放っておけ。戻れ」


 殿下の声に、反論していた魔術師たちが渋々といった様子で戻っていく。私に相対していた魔術師は、わざわざフードを上げて目を出し、こっちを睨んでから戻っていった。ミミはまだ羽根を逆立てながら目で追っている。


「あの魔術師、前も来たやつでありますね」

「私の身を案じているらしい。これでも重要な身分なのでな」

「体を動かしてりゃ怪我くらいするって教えといたほうがいいんであります。擦り傷であんなに寄ってたかって心配するなんて、幼子の母親くらいなもんであります」

「奴らも仕事なんだろう」


 顎を拭っている第四王子の言葉は、なんだか他人事のように聞こえた。魔術師は結束が固いというけれど、殿下は一線を引いているのだろうか。


「殿下」

「なんだ。笑うなら笑うがいい」

「いえ、擦り傷にはこれを塗っとくといいんであります」


 ポケットに入れていた膏薬を渡すと、殿下が蓋を開けてじっと見つめた。匂いを嗅ぎ、盛大に顔を顰める。


「なんだこれは。どんな処方だ」

「うちの実家で作ってる薬草であります。軽い切り傷と擦り傷にはこれが一番で、他の村から買いに来るほど効果は絶大なんであります」

「本当に図鑑に登録されている薬草か?」


 殿下がまた匂いを嗅ぎ、それから指に付けてから傷口に塗る。次の瞬間しゃがみ込んだ。


「効いてきたでありますか?」

「…………痛みが3倍になった」

「それがいいんであります」

「痛みが増えるより傷が長引いたほうがマシだろうが!!」


 怒った声に、ミミがピャーッと返事をする。

 去り際に殿下が涙目になっていたことは、黙っておいてあげようと思った。






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